第17話 お嬢とゲームセンター 前編

 それから数日、祐一は様々なジャンルのレトロゲームを生徒にプレイさせていた。

 その中で彼はあるデータを眺めていた。それはレトロゲームクリアにかかったトータル時間、取得スコアである。

 当然クリアにかかった時間が短いほど得意分野と言えるので、祐一は三人それぞれの得意ジャンルのゲームを探そうとしていたのだ。


「委員長はパズル系が得意だな。多分頭の回転が速い奴はこういうの得意なんだろうな。アンジェは……うーん……強いて言えばスポーツ……か?」


 今のところアンジェが地力クリアできたレトロゲームは一つもない。

 この点は持ち前の器用さなども関係してくるので、スカートを穿き忘れるアンジェにはかなり苦しい戦いになっているようだ。

 もうこの際コンピュータゲームを離れて、花札やトランプからやらせた方がいいのでは? と思ってしまう。


「生徒会長が結構上手いんだよな……。アクション系のクリアタイムなんかほぼ一般人とかわらんのでは? と思うし」


 直感系のアクションゲームに関してはかなり数字が良い。

 もしかしたら一番最初に実況デビューするのは生徒会長か? と思っていると、不意にライン通知が来た。

 家庭教師用に作った祐一と響風、それに生徒会メンバーを含めた5人のグループチャット。そこにメッセージを送って来たのはアンジェだった。


『祐一さん明日お暇でしたら、どこか出かけませんか?』


「そうかゲームのやりっぱなしだしな。たまには外に出た方がいいか」


 そう思うとすぐにいろはからメッセージが飛ぶ。


『それは当然全員でってことよね?』

『げっ、グループチャットに送ってしまいましたわ』

『なにか間違ったのか?』

『い、いえお気になさらず。オホホホホホホ』


「ラインでオホホホって笑う奴初めて見たな……」


 それなら野外学習ってことで、少し冒険して――



 キュンキュン、ピロリロリピロリロリ、ドーン! ファンファンファン! ダラララ~♪ ジャンジャカジャンジャカ。


 土休の商店街の一角。虹色の電飾が輝く店舗前に、明らかに浮いた少女達がいた。

 一人は黒のキャミソールの上に革ジャケット、ブルーのチェックスカートを着た、ゴシックパンクのような装いをした理知的な少女。

 もう一人は真っ白いミニ丈のワンピースを着て、軽く肩を落とす金髪縦ロールの少女。

 最後は黒地に金のラインが入ったブラウスに、タイトスカートを穿いた大人びた少女。


「はぁ……本当なら祐一さんと二人で……」

「ラインでデート誘おうとしてグループチャットで誤爆って、副会長ちょっと詰めが甘すぎでは?」(←同じくデートに誘おうとした瞬間、アンジェのメッセージに気づきインターセプトに入ったいろは)

「うぐ……け、けしてデートなんかではありませんわ! わたくしは少し皆さんより遅れていますので、個人授業をお願いしようとしただけです!」

「個人授業ね……」

「うぐぐぐ八神さん、あなた生徒会とではかなり印象違いません!? それに服装も不良みたいですわ!」

「親から与えられた服が、今副会長が着てる服みたいに可愛のばかりで、反発心からこんな趣味になっちゃって」


 嘘である。

 いろははU1の実況を見ている最中、彼がゴシックパンクのキャラを見て「あのキャラすげぇカッコイイな」と言ったのを覚えていただけである。


「おかしいと言えば会長……その服どこで売ってるんですか? 軍服?」

「これは祖父が昔フランス軍で着ていたものを、デザイナーに頼んで作ってもらったものだ」

「とても由緒ある礼服ですわ」

「カッコイイと思うけど私服にするのはどうかと思うわ」


 異彩を放つ彼女達の前に祐一と響風が姿を現す。


「おっ、皆早いな」

「……………」

「なんで委員長とアンジェはふて腐れてんだ?」

「気にするな進めてくれ」


 レオに促され、祐一は後ろのやかましい建物を見やる。


「現地集合にしたけど、ここがどこかわかるな?」

「わかってるわ。ゲームセンターでしょ?」

「正解。ゲーマーならば一度はやって来る場所だ」

「だ、大丈夫ですの? ゲームセンターと言えば風紀と治安が乱れ、店内にはヤンキーしかいないと聞き及んでいますが……」

「ヤンキーなら目の前にいるじゃん」


 響風が祐一を指さすと、皆「ド、ワハハハハ」と笑う。


「お前はなんでついてきたんだオイ」


 祐一は響風の頭を拳で挟み込み、ぐりぐりと締め上げる。


「いだいいだいいだい! 兄者がゲーセン行くって言うから、あたしも久しぶりに行きたくなった」

「まぁ構わんのだが。今日はレトロゲームばっかりやりすぎなので、多少は近代ゲームに近づいて行こうと思う。と言っても、この店はかなり古い店なんで置いてあるものは結構年代ものばかりだ」

「でもファミオンやポケットボーイから比べると10年以上先を行くゲームだけどね」


 響風が付け加える。


「というわけで、今回は家庭用ゲームとは違う体感系ゲームを中心にやっていこうと思う」

「兄者話長そうだから皆で先入ってるね」

「皆で先入ったら誰も俺の話聞かないだろうが。まぁいい、今日は自由行動にするつもりだったからな。全員各自散開。やりたいゲームをやって来ること。わかんなかったら俺か響風のところまで」


 ゲームセンターに入ったことのないお嬢様たちは、おっかなびっくりしながらも店内へと入っていく。

 しかしどうやら前々から興味はあったらしく、ゲーム筐体を珍しそうな顔をして見ている。


「さて俺は皆のフォローに……」


 そう呟いて腕を組むと、早速笑顔のアンジェが声をあげる。


「祐一さーん、これ教えてくださる?」

「無理だ」

「なんでいきなり諦めるんですの!?」

「お前に教えるとか3時間コースだぞ」

「これ、そんなに難しいんですの?」


 アンジェが指さしている筐体は、どこにでもあるUFOキャッチャー。

 景品ケースの中にはやる気なさそうなパンダのぬいぐるみが並んでいる。

 昔から存在する歴史ある人気ゲームだが、お嬢様のアンジェにとっては初めてのものらしい。


「あぁそれは簡単だ。金を入れると中のクレーンアームを動かせるようになるから、それでパンダを掴んで景品口まで持ってこれたらパンダが貰える」

「こ、これ貰えるんですの!?」

「ああ、そういうゲームだ。景品があるってのは家庭用ゲームにはない楽しみだと思う」

「で、では挑戦してよろしいかしら?」

「その為に来たんだ。存分にやるといい」

「で、では失礼して」


 祐一はアンジェのことなので、何をしでかすかわからないから最初の方は見ておこうと思った。


「ゆ、祐一さん……お金が入りませんわ」


 アンジェは硬貨投入口に、真っ黒い強そうなカードをガシガシとぶつけている。


「うん、やると思った」


 祐一は予め用意していた500円硬貨を20枚手渡す。


「3回500円だから、それ使って。100円の台もあるからその時は両替するんだぞ」

「あ、ありがとうございます」


 アンジェはいざ500円硬貨を入れてみると、UFOキャッチャーのクレーンがピカピカと光り軽快なBGMを流す。


「1と2のボタンがあるだろ? 1を押すとクレーンが横に動くから、まずそれで横を移動させるんだ」

「わかりましたわ!」


 アンジェは1のボタンを押し、横軸を合わせる。


「おっ、いいんじゃないか? じゃあ次は2を押して奥行きを決めるんだ」

「はい!」


 タン! と力強く2のボタンを押すと、クレーンが奥へと向かう。

 しかし狙った位置が甘く、降下したクレーンはパンダの横腹を軽く引っ掻いて上がってきた。


「むぐぐぐ。これボタンから手を離すと調整できないんですね」

「そういうゲームだからな。奥行きは筐体の側面から見た方がわかりやすいぞ」

「なるほど、聡明ですわ」

「いや、誰でも気づくと思う」


 アンジェは言われた通り筐体側面で奥行きを確認しながらトライを繰り返すが、何回やってもふてぶてしいパンダを僅かに移動させるくらいにしかならなかった。


「も、もう一回行きますわ!」


 チャリンチャリンと500円玉を湯水のように追加するアンジェ。

 しかしいいとこまでいってもアームの力が弱く、パンダはポテりと落ちると深淵のような真っ黒な瞳で彼女を見返す。


「もう一回ですわ!」

「お、おい、あんまり熱くなるなよ」

「もう少しなんです! もう一回!」

「おい、そろそろ冷静になれ。完全にUFOキャッチャーのカモにされてるぞ!」

「ここで諦めたら今まで使ったお金が無駄になりますわ! ここで勝たないと!」

「お前今後ギャンブルだけは絶対やるなよ」


 UFOキャッチャーに夢中になるアンジェ。すると後ろの方でヤンキー二人組が彼女のプレイを若干前かがみで見ている。

 そんな見ていて面白いもんでもないだろうにと思っていると、筐体に前のめりになるアンジェのスカートからパンツが見えそうなのだ。


「こいつガードゆるゆるのくせになんでこんな短いスカート穿くんだよ」


 祐一はさっとアンジェの後ろに立つ。すると後ろのヤンキーが「パンツ見えねぇぞ、どけ彼氏ぃ」「デヒャヒャヒャヒャ」と頭の悪い笑い声と共に煽って来た。

 祐一は後ろを振り返ると悪魔の形相でヤンキーたちを睨む。


「見せもんじゃねぇぞオラァ(超小声)」


 そのあまりにも恐ろしい顔にヤンキーたちは恐怖で震える。


「ひ、桧山だ! 砂倉の悪魔じゃねぇか!」

「奴の女かよ!? 逃げろ殺されるぞ!」


 違うそうじゃないと訂正する前にヤンキーたちは走り去っていった。

 そんなことは露知らず、無防備な態勢でゲームを続けるアンジェ。


 都合30回目のプレイ。見かねた店員が、パンダを景品口に近づけ落ちる寸前までに移動させてくれる。

 あと一回アームでちょんと押せばとれる位置。


「良かったな」

「ま、まぁちょっとなめられてる感ありますが」


 5000円も使って言うセリフではない。

 勝ちを確信して再度プレイ。

 しかし――空ぶる、空ぶる、空ぶる。そして――空ぶる。

 店員の厚意が意味を成さない。


「ん~~……」


 捨てられた犬みたいな声をあげるアンジェ。

 店員もさすがにこれ以上は無理だぞ……彼氏なんとかしろ。みたいな目で祐一の方を見やる。


「しょうがねぇ。アンジェ、俺が合図するからその通りにボタンを押せ」

「は、はい」

「行くぞ、1はチョイ押しな。押したと思ったらすぐ離せ」

「はい!」

「押せ、離せ!」

「は、はい!」


 クンと一瞬だけ動くアーム。


「次2行くぞ」

「はい」

「押せ!」

「はい!」

「そのままー離せ!」

「はい!」


 ちょっと外れてるがアームはパンダ目掛けて降下していく。

 アームはパンダの顔をちょんと押すと、コロりと景品口から落ちてきた。

 アンジェは大事そうにそれを抱きあげる。


「や、やりましたわ!」

「おー良かったな」


 ラジコンになるかと思ってあまりアドバイスしなかったが、これだけ喜ぶなら最初からアドバイスしてやれば良かったと思う。


「こ、これ貰ってもよろしいんですの?」

「あぁ自分でとったもんだからな」

「自分で……」


 キラキラした目でやる気ないパンダを見つめるアンジェ。

 ゲームでの成功経験が少なかった彼女は大きな自信になったようで、パンダをキュッと抱きしめる。


「それただの縫いぐるみかと思ったらリュックなんだな」

「そうみたいですわ」

「そんじゃ背負っとけよ。お前スカート短いからさっきから何度もパンツ見えてやばそうだったんだ」

「んな!? ……み、見えました?」

「お前黒好きだよな。しかもエグいの」


 カッと顔を赤くしたアンジェは、パンダリュックをお尻の位置に来るように調整して背負った。


「気合い入れてきてよかったですわ」

「なんか言ったか?」

「い、いえ何も」

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