俺の官能小説が未来で新興宗教の聖書になっていた件
成瀬初
プロローグ
童貞陰キャと変態未来人
「はぁはぁ♡ 師匠の師匠が……熱いのぉ♡」
十八歳の俺は大学進学に合わせ一人暮らしを始め、いろいろあって弟子を自称する美少女と二人で暮している。
「こんなの……私、簡単にイかされちゃうっ」
寝ぼけた俺の上に馬乗りになっている彼女は、初々しく頬を紅潮させ子犬のように愛くるしく腰を擦りつけるように動かしている。
彼女は熱い吐息を漏らしながら縋るように弱弱しく呻く。
「らめぇ、それ……やめっ♡ やめてぇ、師匠ぉ♡」
純粋な、それでいて妖艶な眼差し。それを理解しないまま、本能のままに縋りついてくる。獣のようでいて暴力的ではない。まるで愛玩動物が愛でて欲しいとすり寄ってくるかのよう。
「なにもしてないが……」
数日前まで性欲などという言葉一つ知らず、今でさえ完全には理解していなかったとは信じられない淫らな行為。
「えへへ♡ わっ、きゃぁ♡」
彼女の押さえつけてくる力よりさらに強い力で押し返し、そのまま無理やり押し倒す。彼女は力を抜いて弱弱しく急所を晒すようにして、ベッドに寝て誘惑するように見つめてくる。
俺がじっと見つめると潮らしく、こくりと頷いて目を閉じる。頬に触れれば、小さく震え、ぴくっと身体を震わせ甘い熱い吐息を漏らす。
つーっと顎まで指を伝わせれば、堪えるように唇を噤んでそれに合わせて愛らしく震えた。
「いくぞ……」
「は、はい……♡」
俺は少しだけ、少しだけ、本当に少しだけ葛藤し、本当の本当に少しだけ躊躇し、もしかしたら一瞬その気になっていたかもしれなかったが、もちろん余裕で正気を保ち、静かに右手を上げ、そして……
「こんの、変態未来人がっっ!!」
「ふげええええっ!!」
――――脳天に手刀を振り下ろした。全力で。
仮にも美少女が上げてはならない悲鳴を上げている美少女同居人を尻目に洗面台に向かい、寝ぼけた頭を叩き起こすように水を顔にぶっかける。欠伸を一つ、伸びをしながら洗顔を終えリビングに戻る。
「師匠酷いですよ! 暴力反対!」
その頃には、立ち直った同居人がぶーぶーと文句を垂れながら朝食を食卓に並べている。
「寝起きを襲おうとして良く言えたな変態女」
「んなっ! あれはキスする流れだったでしょヘタレ童貞!」
「ヘ、ヘタレじゃねーし!! 童貞は認めるがヘタレではないっ! 好きな女子と会話できないのはヘタレじゃなくて慎重すぎて言葉を選び過ぎてるだけだ!! ヘタレじゃねーし!!」
城ケ峰エマ。緩くパーマの掛かった明るい髪が良く似合う年の割には少しばかり幼げな顔つき美少女。今時の女子大生といった華やかな格好。動作の節々に緩めのシャツの隙間から覗く谷間が非常に目に毒だ。大人しくしてて……黙ってさえいれば完璧なんだけどな。
「と言うかさ。師匠はなんでそこまで童貞を守りたいの……?」
おいおい、俺がヘタレかヘタレじゃないか論争は終わってないぞ。まだ俺は納得してないぞ。まあ良いだろう。陰キャな俺は心が海のようで広いので今回はこのくらいで許してやる。
なぜ童貞を守りたいか? 笑止ッ、性に関するあらゆる知識が乏しいだけでなく、その程度のことも分からないと言うのか、この女は。
「馬鹿がっ!! 何度も何度も何度も言っているだろう!! ラノベ作家は童貞じゃないといけないんだ。童貞の妄想力こそが傑作ラノベを生み出す。分かるか? 非童貞にラノベは書けないんだ!!」
うわあ、と呆れるような視線がエマから向けられる。やめろ、仮にもお前は美少女何だから冷たい視線はやめろ。やめてくれ……死ぬぅ。
「師匠! 安心してください!! 師匠にラノベの才能はありません! デビューしたのは官能小説です!! 諦めて官能小説を書いてください!! そして未来の日本人に新たな希望をください!!」
「だから俺は全年齢のエロは書いても年齢制限のあるエロは書かないって何度も言ってんだろっ!!」
「そんなこと言わずに書きましょーよ! 未来で師匠の官能小説は誰もが欲しがる大人気超大作なんですよ!!」
何を隠そうこの変態美少女。城ケ峰エマは俺の官能小説を求めて未来からタイムトラベルしてきた未来人なのである。俺も正直信じられない。だが、絶望的に性知識がない癖にラノベ作家志望の俺の童貞を奪いラノベの道を諦めさせ、官能小説を書かせようとしてくる。電波なのは変わりないがこれがただの電波だったら怖すぎる。せめて訳ありな電波なら許容範囲ギリギリアウトだ。正直、なんだかんだで家に居座らせているの怖い。皆も戸締りはちゃんとしとこうな。してても入ってくるけど。
「お願いですよぉ! 師匠~!! えっちなの書いてくださいいいい! なんでもしますからぁあああ!! 童貞貰ってあげますからぁ!」
「だから童貞は死んでも守るって言ってんだろ! きゃー、馬鹿!! えっちっ!! 変態っ!……おい待て。待てお前、きもって顔すんな……待ってくれ。陰キャは女子にそういう視線を向けられると死ぬ生き物なんだ。……わかった、わかったから……」
朝食を食べ終え、作業机の前に座り直す。座り心地の良いソファーのようにふかふかの椅子に少し古いが元々は高性能だったので普通くらいのノートPC。今は夏休み。大学生の夏休みは宿題なんてものも無いし、帰省は既に済ませ後はゆっくりと一人の時間を謳歌するだけだ。
「きゃー! やっと書いてくれるんですね師匠!」
「夏休みで暇だしな! 書くぜ、ラノベを!」
「…………」
エマはうるっと涙を滲ませたかと思うと、不機嫌そうに頬を膨らます。
「な、夏休み暇なんて友達がいないんですねー!!」
「ば、ば、ば、ばかやろうっ! 俺は付き合う友達を選んでるだけだ!!」
「選ばれてるの間違いでしょう! 間違えました! 選ばれなかったでしょ!!」
俺は、なぜか……なぜか涙が零れてしまっていた。
そして……エマも涙を流していた。
「そういやお前も……夏休み予定ないからタイムスリップ試してみたんだったな……」
「ひぐっ……ぐすっ……友達いるもん。学校休んだ時に委員長のユキちゃんがプリント届けてくれたし……小学生の時……うぅ……」
「…………」
ノートPCの画面に視線を戻し、涙を拭う。エマも未来のパソコンのようなもの――――空中にモニターとキーボードが投影される未来でのスマホのようなものに向き直りる。
「よし……今日も書くか」
「うぅ、ぐすっ……はい」
童貞ラノベ作家志望の未来の官能小説作家とエロの存在しない未来から来た変態美少女のとある夏休み。俺とエマとの出会い。
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