第23章 二ヶ月分の成長



 緑花が拳を打ちだす。


「りゃあああっ!」

「っ!」


 距離をとっていても、かなり迫力がある。

 空を切る音が聞こえてくるくらいなのだから、攻撃が当たったら軽い怪我では済まないだろう。


 分担的は姫乃が緑花で、啓区が選、エアロがミルスト。

 幸いずれだのはなく、それぞれが考えたと通りの相手をする事ができた。


 繰り出される拳の攻撃から距離をとりながら姫乃は水の魔法で相手を拘束しようとする。

 だがなかなか捉えられない。


 すばしっこく位置を変えながら来る緑花。

 その攻撃は、目を回すような速さでイフィールさん達の動きを見慣れていなかったらとっくに負けていただろう。


「びっくり、本当に強くなってるのね。まさか姫乃がアタシの拳をこんな風に避けられるなんて思わなかったわ」


 私も驚きだよ。

 マギクスに来る前は別世界の人みたいに思えてた緑花と、ケンカみたいな事をしてこうしてまだ立ってられてるんだから。


 それに、


「ずっと強い人とばかり戦って来たからかな」


 この世界に来てからの戦闘では例外を除いて、戦いの相手は常に強い相手だった。


 初めて戦う相手からはとにかく慎重に、攻撃に当たらないようにするっていう行動が身に染みこんじゃってるんだよね。


「成長できてるって考えると嬉しいけど」

「できてるわよ。ちゃんと。それでもって、ちょっと前向きになった感じがするわね。こんな形で戦いたくなんてなかったって思えるくらい」

「だったら、今すぐその手を降ろしてもらえないかな?」

「ごめん、それは無理」


 やっぱり駄目か。

 ちょっとやそっと言葉を尽くしたくらいじゃ説得できないみたい。


 振るわれた拳を避けて、アクアリウムで閉じ込めようとする。

 すばしっこい緑花だけど、まき散らされた水にたまに滑ってくれるから、どうにか逃げられている。


 距離をとったついでに他の仲間たちの様子を見たっかたけど、そんな余裕はなさそうだった。


「ああ、もう床が滑るんなら滑らない床を走ればいいんでしょうっ」


 緑花が助走を付けて、壁を走り始めた。

 姫乃との間にある壁を、だ。

 それは壁であってけっして床なのではないのだけど、緑花達にとっては床も同然なのかもしれない。

 強くなった意識のある姫乃だけど、あらためて彼女たちの規格外さを見せつけられた。


 ともあれ、躊躇してられる余裕は無くなった。


「ルーンさんはともかく、フォルトって人の事はよく分からないから何も言えないけど……ファイア! 少なくともここで私達が戦う事は駄目な事だよ!」


 緑花の眼前で炎を弾けさせる。

 威力はできるだけ弱め、になるように意識したがやはり予想よりは強い。

 威嚇目的だったのに。


「私達は仲間を助けたいの、お願い。早く助けないと、未利とコヨミ姫様が大変かもしれないんだよ」


 けれど、緑花は姫乃の魔法を避けた。 

 天井に飛び上がってだ。


「コヨコの事は心配だわ、これで騙されてたらって思うといてもたってもいられない。けれど、私達は考えないって決めてるのよ」


 天井を足場にして、こちらに落下してくる。

 体重の乗った拳を構えてだ。


「扇央流、落日拳!」

「わっ」


 そんなものをくらったら気絶どころじゃすまなくなりそうだったので、慌てて避けた。


 床(壁でも天井でもない)に着地した緑花は、今気づいたという風に声を上げた。


「あ、手加減するの忘れてたわ」


 ……それは忘れないで欲しかった。


 かなり重要なところだろう。

 二人と違って姫乃達は体の方はあまり鍛えてないのだから。






『啓区』


 一方、姫乃と緑花が戦っている場所から離れた場所では、啓区は選と向かい合っていた。

 

「おりゃあああっ」

「おっとー、危ないー」


 繰り出される選の件の斬撃を啓区は間延びした声を発しながら、するりと避ける。


「何か、余裕だよな」


 選びは空振りに終わった剣を肩にかついで不満げな顔を見せた。


「そうかなー、当たったら真っ二つになっちゃうからー、内心冷や冷やしてるよー」

「そうか? そういう風には見えないけどな」

「僕ってほらー、こんな表情がデフォルトだからー、分かりにくい人なんだよー」

「それは確かに」


 普通だったら、馬鹿にするなとでも怒りそうなセリフを言ったのだが選は大真面目に同意した。

 染めた金髪の不良みたいな容姿をしてるのに、中身は真面目で良い人間なのだ。


 だから今でも裏切る事ができずに、律儀に頼み事を遂行しようとしている。


「友達が悪い事やってたらー、止めるのが友情だって聞くよねー」

「ん? ああそうだよな」


 で、普通だったら「だから選を止める」って会話は進んでいくのだろうけど、生憎それは啓区のキャラではない。別の話題についてだ。

 気になった聞きたい事を聞くだけ。


「もし、ルーンさんやフォルトって人が悪い人だったら選はどうするのー」

「そりゃもちろん止めるだろ」

「わー、すがすがしいほど王道だねー」


 味方でいたいと言った口でこれだ。

 別に悪い意味でそう思ったわけではない。

 単純明快、これ以上ないくらい分かりやすい性格だと思っただけだ。

 そういうスパッとした性格の人間は嫌いではないが。

 今はそれでは困る。


「もうちょっとだけ考えるのはできないー?」

「無理っぽいな」

「わー、即答だー」


 まあ、仕方ないだろう。

 選には選の得手不得手、強み弱み、役割があるのだから。


「弱点を克服するよりー、長所を伸ばして育てるタイプだよねー、選達ってー。苦手克服しよーって訓練室で瞑想したりー、限界回廊に入ったりー、祭りに参加したりしてたこっちとは大違いだー」

「なんか難しい事言ってるな」

「そうでもないと思うけどー」


 思わず苦笑を漏らす。

 たぶん内容がどうこう以前に聞きなれない言葉が理解できなかったのだろう。

 そうだと思う。

 さすがに、全部理解できなかったとは思いたくない。


「まー、勝機があるとしたら弱点をプッシュするくらいだよねー」

「ん、勝つつもりなのかー」

「口調移ってるよー」

「あー」


 まあ、必要があるなら頑張って物理的に勝てるかどうかは別として、勝たなきゃと思ってるけど。

 今回はそういう必要はない。

 何せ目的は勝利ではないのだから。


「まあ、説得まで粘る方向で頑張るよー」






『エアロ』


「エアロちゃまー、がんばるのー。がんばってるのー、がん……ぴゃ、舌かんじゃったの」


 なあの声援の矛先が向けられたのを意識しながら、エアロの方はというと最初から全力を出していた。


 杖を持っている事から、相手は魔法を得意とするものだという事が察せられる。時間を与えてはならない事は明白だったからだ。


「やああっ」


 調査隊に所属している身ではあるが、自分とて城の兵士の一員だ。

 訓練を受けていない一般人を圧倒するなら魔法よりも適切な力がある。


「はぁっ」


 杖ではなく、兵士に支給される短刀を振り回しながら、相手に肉薄。


「わぁっ」


 驚く相手に追撃をかけ、思考する余裕を奪っていく。

 兵士として訓練された力。

 魔法を得意とする相手に魔法を使うのは、手の読み合いになるし時間もかかる。

 ならば、純粋な力勝負に持ち込むしかない。


「せいっ」


 相手の足を払い体勢を崩し、倒れた相手の首筋に刃物を突き付ける。

 

「これで、私の勝ちですね」

「うう、ごめんなさい。緑花さん、選さん……」


 戦闘開始早々、数分後。

 エアロは、決着をつけ終わっていた。


「そもそも僕の魔法は高威力の爆発しか出せないですから、こんな屋内じゃ戦闘にならないんですよ……」


 めそめそと敗北を引きずるミルストだが、今はそんな事に付き合っている場合じゃない。


「私達は姫様を助けに行かなくちゃいけないんです、今すぐ戦闘を止めてここを通してください」

「ですって、華花さんどうしますか」


 なあの応援プラス説得にならない説得の声を聞いていたり、状況を見渡していた華花が視線を向けてくる。


「どうしましょうね。貴方達はともかく、他の人達はよく知りませんし未利さんやコヨコさんに危害を加えないとは限りませんし」

「そ、そんな事しませんよ。イフィール隊長は、真っすぐな人です。たとえ罪人であろうとも不要な暴力を振るったりはしない人なんですから」


 自分の尊敬する隊長をけなされている様に思えて思わず声を荒げる。


「ごめんなさい。でも貴方のような真面目な人がそう怒るのなら、そのイフィールという人の人柄は保証できそうですね。こうして接してみれば分かります」

「わざと言ったんですか」


 怒りはあるが落ち着くように自分に言い聞かせる。

 感情的になっては駄目だ。

 どうにも最近は姫乃達のせいで調子が壊されるばかりだが、もともと自分は自分を律する事が出来ていたはずだ。


「確認します」


 華花は、自分達が置かれている立場を述べ始める。


 内容はこんな感じだ。


『……私達は後夜祭の後、ルーンさんに連れてこられてこの屋敷に着ました。

 そこで、フォルトさんに出会い協力を要請されています。


 フォルトさんは私たちに事情を話し、明星の信光がコヨコと未利を攫った犯人で、領主を引き釣り降ろそうとしている事を伝えて来ました。

 それをどうにかしたいと言うフォルトさんは私達に協力を求めましだが、彼らの仲間として潜り込んでいる己の微妙な立場を重い、他の者達に伝えないようにと言い含められました。


 その後、

 フォルトは自分達が明星の信光イブニング・ライトから未利を助けたと言って、私達に面会させました。

 その後で、彼はこういいます。

 屋敷の中の構造をなるべく覚えて置く事。いつか絶対にその知識が必要になるから、と』


「屋敷の構造を……?」


 それで数日経った今日。

 フォルトに、言われたらしいのだ。

 詳しい理由は言えないが屋敷に攻め入って来る者達と戦てほしい、と。


 華花の話を聞き終えて、呟く。


「……やってる事が滅茶苦茶です」


 フォルトという人間は一体何がしたいのかまるで分からない。


 明星の信光イブニング・ライトとかいう組織の仲間だろうとは思うのだが、それにしては意味の分からない行動が多すぎた。


 未利を選達と面会させることに何の意味があるのか、明星の信光かれらの仲間ではないと言っているのに、なぜエアロ達と戦えなどと言ったのか。


「ええ、私も混乱してきました。ですから尋ねます。あなた達は誰の味方で、何を目的としているのですか?」

「そんな事は決まってます。コヨミ姫様とあくまでもそのついでですが未利さんも助けるためですよ。いいですか言いますよ。時間がないんですから、ちゃんと理解してください。まったくどうして私がこんな手間てまを、説教してやるんですから……」

「あ、もう良いですよ。今ので分かりましたから」

「えぇっ!?」


 説明するついでに文句が出た口なのだだ、それがどう説得に役立ったのかまるで分からない。

 華花は選達に結果を伝えて、それぞれが武器を降ろしていっている。


「だって、演技をしようとしてる人が助ける人の悪口なんて言わないでしょう」

「そ、それは……」


 確かにそうだが。


「貴方の言葉は本当に、貴方達の友人を大切に思っているように見えました。ならそれで充分です。信じるに値する優しさを見せてもらいましたから」


 ただ、文句を言っただけなのに、そこまで信用を勝ち取るような事になったとはさっぱり分からないのだが。


「説得とは相手を言い任せる事だけではありませんよ。信頼と、誠意を見せる。それも一つの方法ですから」


 にこやかに笑う同じ年くらいの少女を見つめて、思わずその見た目を疑ってしまった。

 この少女は本当に見た目通りの年齢なのだろうか、と。


「エアロちゃま、大丈夫なの?」

「大丈夫ですよ。私の方は皆さん程消耗してませんし、へたっている場合でもありませんしね」


 なあの言葉に答えつつも気持ちを切り替える。

 

 そうだ、戦いを終えたのならここで時間を悠長に使っている暇はない。


「屋敷の構造を把握しているというのなら、案内してください。詳しい説明はその時に」


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