第24章 遠すぎる居場所
何とか選達を説得する事が出来た後、姫乃達は選達の案内で屋敷の中を移動していた。
その際に、吹き抜けになっている場所を通る事もあった。
別に囮で動いていたイフィール達は、それらの役目を余裕で超えるように、屋敷内部を順調に進んでいっているようだ。きっと彼女らもすぐに姫乃達に追いついてくるだろう。その実力があるのだから。
せめてその前に、何とか未利やコヨミ達を見つけて合流しておきたい。
白装束数人を交えた武器を持った人間達に、良い動きで対応していっているイフィール達を最後に一目見て後にする。
ちらりと確認した時には、イフォール達は漆黒という組織のロザリーと戦っているようだった。
こちらは途中でたまに人と遭遇する事はあるが、それらは全て先導する選達が一瞬で無力化するからかなり助かった。
通り過ぎながらも考える。
ロザリーの目撃証言は実は出ていて、レトからも聞いていたことではあるが、こんな場所にいるのをやはり不思議に思ってしまう。
ロングミストで戦った時は、何だか専門の暗殺者という感じで(たぶん実際もそうなのだろうが)、人を傷つけたりするのを仕事に動く人に見えたのだが、その人が領主を辞めさせようとしている|明星の信光(イブニング・ライト)に協力する理由が分からない。
一体なぜなのだろう。
そんな事を考えながら一つの区画を通り過ぎた後、迷いなく先導する選に言葉をかけた。
「同じような場所ばかりなのに、よく覚えてるね……」
「言われたからな。屋敷の構造をよく覚えとけって。えっとどっちに言われたんだったけ、ルーンさん? だからなるべく覚えるよに努力したんだ、苦手だけどな」
「選、ルーンさんじゃなくてフォルトさんの方よ」
「ああ、そうだった」
ここまで移動する間に、選達からも簡単に話を聞いたのだが、そのフォルトって人はどういう立場の人なのだろう。
一見すれば味方の様にも思えなくないが、それにしては選達にした未利の説明が妙だ。
まあ、捕まえてみれば聞く事が出来るのだろうけど。
そうこうしている内に、まずは未利の監禁されている場所へ辿り着く。
中へと声を掛けるが返事はない。
ノブを回してみるが扉は開かなかった。
「ちょっと退いててくれ。うりゃあっ」
分かってはいたが、やはりこういう時の選だった。
体当たりで簡単に扉を破った選。彼に続いて室内に入るのだが、そこに人影はなかった。
「誰もいないわよね」
緑花の言う通りだった。
部屋には誰もいない。
それどころか、
「人がいた痕跡すらない、よねー」
「埃が積もってる……」
そうなのだ、生活していたという感じが全くしないで、使われずに放置されていた部屋と言われた方がしっくりくる。
どういう事か分からないが、とりあえず。
「近くの部屋も回ってみよう」
選達には悪いが、何かの間違い……記憶違いという線も考えて念入りに捜索する方針に決めた。
……のだが。
その部屋も同じような感じだった。
「一体どういう事なんだろう」
人の気配がしない部屋を前に途方に暮れてしまう。
「待って下さい、手紙が……」
落胆する姫乃達をよそに、一人部屋を調べていた華花が見つけた手紙を広げる。
そこに描かれていたのは指示だった。
「バルコニーへ行け?」
心当たりがあるという選と緑花の言う通り、その場所へ向かう。
それは、いつか選達がルーンの作る製作の手伝いをしたという場所だった。
そこで、部屋に人がいない謎が解けた。
離れた所に見える、同じような造りの建物。そのバルコニーに、未利やコヨミ、ルーン、白装束達がいたからだ。
「どうして、あんな所に……」
この屋敷にいるはずの二人がどうしてあの建物にいるのか。
そう疑問に思うと、答えが返って来た。
「そういう事だったんだー。たぶん僕達騙されたんだよー」
「え?」
視線を向けてどういう事か聞きたかったが、代わりに詳しく説明するのは華花だ。
「本当の監禁場所とそっくりの偽物の場所に誘導されたという事です。おそらく、今起きている騒動を察知したあの建物では、コヨコさん達を私達の手の届かない所に隠してしまおうとしているんですね」
視線の先には不自然に倒れた未利と近くにいるコヨミに、白装束達が近づいて行く所だった。
「そんな」
姫乃達はルーンに騙された……?
いや、何かの間違いかも知れない。彼もそう思い込んでいたのかも、それか脅されていたか。
それより、考えなければならない……。
「どうすれば、あんな所に」
友人が今まさに危機に陥っているというのに、姫乃達にはかけつける時間がない。
どう考えても、間に合わないのだ。
焦燥につき動かされるように前に進むのだが、そこから先は空中だ。
手すりを握りしめる。
せめて、空を飛ぶための魔法でもあったら。
「未利ちゃま、コヨミちゃま。なあはまたみんなで遊びたいの……」
横に並んだなあが心配そうな声を上げる。
いつのまに彼女が飛ばしたのか白い鳥のぴーちゃんが向こうのバルコニーへと近づいて行く所だった。
翼がある生き物。そうだ、鳥なら向こうへと向かう事ができる。
でも、魔法が使えると言っても小さな鳥がたどり着いたところで何ができるだろう。
おそらく、事態を打破するような事は出来ない。
なあとは反対側にやって来たエアロは、身を乗り出しながら、宙に向かって言葉をぶつけ始めた。
「もうっ、ここまで来たのに、どうなってるんですか一体! 何なんですか、どうして駄目なんですか。どれだけ私達の邪魔をするつもりですか。運命の女神とやらがいるならさぞ滑稽そうに私達をあざ笑っているんでしょうね!」
その視線は真っすぐに向かいのバルコニーへと向けられている。
「あそこに、いるんですよ。私の主が、友達が……」
悔しそうに、辛そうにエアロは声を発した。
瞳に涙をうっすらとにじませながら。
その時、向かいのバルコニーへと向かっていたぴーちゃんが、何かに行く手を阻まれた。
「あ、ぴーちゃんが大変なのっ」
翼を目に見えない影の様な物に叩きつけてしまい、動きを止めてしまった鳥は落下していく。
けれど、地面に激突する前に空間の揺らぎの様な物に飲み込まれて行って、次の瞬間にはなあの手元に落ちてきていた。
なあが魔法を使ったのだろう。
「……怪我しちゃってるの。すごく痛そうだってなあ思うの。ごめんなさいするの」
かすかに動いている所を見ると、ダメージは負ったもののすぐに危険な状態になるような怪我ではないようだったが、もう当てにする事は出来ないだろう。
だが、
「今のは……」
「結界、だねー」
こちらに邪魔される事を念頭に入れての策。
その事実に相手がどれだけ用心しているのか分かった。
この状況を想定して、計画的に行動しているのは確かだ。
コヨミ姫を間違えて誘拐していった人達と同じ人達が考えたとは思えない。
「私達はここで見てる事しかできないの?」
視界の先では、白装束に取り押さえられている未利達の姿がある。
このまま見逃せば、二人はまた連れ去られてしまうだろう。
今度は手が届かなくなってしまうかもしれない。
「ここまで来て……」
あと少し、もう少しなのに。
運命というものがあるのなら。それを定める者がいるなら、姫乃は問いたい。
どうして、ここまで自分達の邪魔をするのだろうか。
何でそこまで啓区が語ったような結末へ向かわせるのか。
「私達は、助けに来たのにっ。見てる事しかできないの……!?」
今すぐ二人の元へと駆けつけないといけない。
駆けつけたいのに。
結界は何とかできる。
後はこの距離だ。
この背中に翼があれば。
空を飛ぶための翼が。
鳥の様に羽ばたき、風を切り、空を駆ける為の翼が。
「っ」
息を呑む声が聞こえた。
エアロと、啓区。なあちゃんは首を傾げているだけだ。
何か、力が姫乃の体へと集まって来る感じがする。
どこからかやって来たそれは姫乃の体の中へと入り込み、力を蓄えていく。
それは魔力だ。
だけど、魔力のようでそうでないようにも思える。
曖昧で、儚くて、すぐにでも消えてしまいそうで、それでいて内側の深い場所には心を刺し貫くようなエネルギーが存在する。
集まったそれは、黒い光となり姫乃の背中にある形を作った。
いつか魔大陸から落下した時に、友達の背中にあったのと同じ物。
空を飛ぶための翼だった。
「黒い翼……」
そう、漆黒の色をした翼が姫乃の背中に生えたのだだ。
翼は姫乃の意思に応えるように、ばさりと音を立ててはばたく。
体が宙に浮いた。
「わ、わわわ」
どんどん上がって、姫乃の体を持ち上げていっている。
仲間達が色々言っているような気がするが、姫乃はそれどころではない。
だって、飛んでるのだ。人間が、翼をつけて。
不可能だって言われてた事なのに。
驚くなと言う方がおかしい。
どうしてそんな事ができるのか、分からないし。疑問は山ほどある。確かめたい事とか、考えたい事とかも。
けれど、全部後だ。今は感謝だけにした。
「これで、助けに行ける」
「あ、姫ちゃ……」
羽ばたきを強くして、空へ舞い、飛翔。
蒼空の空を、駆けるように移動していく。大空に身一つで浮く様はまさしく鳥にでもなったような心地だった。
だが、浸っているよう余裕はない。
「そのまま先に、結界は僕が……」
背後から啓区の声が聞こえる。
役割こそ違えど、ガーディアンとの戦いの時と、似たような状況になってしまった。
でもおかげで分かる事がある。
あの時きっと啓区は、前に進みながらも姫乃達の事を信じてくれていた。
私達がきっと何とかするって……。
だから、今度は私が仲間を信じる番だ。
姫乃がやる事は一つ、仲間の元へ駆けつけるために、ひたすら前に進む事だけだ。
『啓区』
遠ざかっていく背中を見つめて啓区は思う。
すぐに、結界を解除しなければならない。
けれど、
「……っ」
未だ啓区は行動に移れないでいた。
赤髪の少女を見送りながら啓区は、棘の剣の投擲姿勢に入ったまま硬直している。
ガーディアン戦の時みたいに、雷撃で打ち出す様にして距離を伸ばそうと思い、行動していたのだが体が動かないのだ。
そうだ、しばらく何もなかったから存在を忘れていた。
制限だ。
こんな事されると、本当はこの物語に干渉するはずがなかった事を思い出してしまうではないか。
いるはずがない存在。交わるはずのない存在。
けど、そんな事を言っている場合ではない。
今は仲間を助ける為に何とかしなければならないのだ。
どうしてもそうしたいと決めて、無駄と分かっていても、叶わないと理解していても見過ごすような事は出来なくて、ここに立つ事を選んだのだから。
たとえ、結末が変わらなかったとしても。
何もしないなんて事、選びたくなかったから。
「……っ」
「啓区さん?」
「啓区ちゃま、どうしたの? なあ何だか苦しそうに見えるの」
エアロとなあの声がかかるが、こちらにはそれに答える余裕はない。
助けたい。
変えられないとしても、運命を変えるために努力したい。
何とかしたい。
一体どれだけの運命が、その結末へ物語を導こうとしているのか想像できないが、せめてこれだけは抗うと決めているのに。
それなのに、体はピクリとも動かない。
視界の先で、飛翔する姫乃は本当の監禁場所の、バルコニーへと近づきつつある。
「く……」
やはり、どうやっても抗う事などできないのだろうか
結末は決まっていて、登場人物未満の自分では、それに干渉する事などできないように決められているのか。
「啓区ちゃま……未利ちゃまとコヨミちゃまを助けてほしいの」
挫けそうになる意思を、励ます小さな少女の声。
関わった時間はほんの数か月で、彼女達が思うような数年の付き合いは実際にない。
けれど、失いたくない確かなものを思い出させてくれるには十分だった。
何もできない?
そんなはずはない。
本当に何もできないのなら、啓区は今ここに来る事さえできなかったはずなのだから。
自分は抗わなければいけない。
自分にできる全てを以って、全力で。
「……う、ご……け……っ」
少しでも前に、一歩でも先に、一秒でも望んだ先の未来に。明日に辿り着くために。
萎えそうになっていた意思を振り絞る。
「――――と、ど……けぇっ!!」
そして、閃光が景色を引き裂いた。
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