第2章 状況把握



 シュナイデル城 会議室 『啓区』


 ……まさか、こう来るとはねー。


 朝、窓の外の空は白み切っている。

 勇気啓区ゆうきけいくはつい数時間前、昨夜に起こったことを思い起こしながら、考えていた。


 城へと戻った姫乃達は、互いの情報を離して状況を整理していた。

 部屋の中にいるメンバーは、姫乃、なあ、イフィール、そしてエアロ含むその同僚数名、グラッソ、それに加えてラルドと、何故かウーガナ(たぶん忙しくて放置されている)というおまけが同席している。


 長いテーブルにそれぞれ座って実に固い表情を顔をしていた(約一名ウーガナ除く)。


 後夜祭会場で人々の混乱を抑えた後、城に戻って来た面々は難しい状況に面していた。

 事は、仲間の一人と統治領主一人が攫われた事だけではなかったからだ。


 あの時、浄化能力者とやらの演説があった時、水上レースやショーを見るための観覧席には何千人という人が座っていた。

 その多くの人達にとある魔法がかけられているのが判明したのだ。

 それは爆弾みたいなもので、発動する条件は不明。


 こちらは余計な事……二人を取り戻そうとをすると観客達の身を危険に曝してしまう事になるのだった。


「イフィールさん、お客さん達は今どうしているんですか?」


 静まり返った部屋の中で、声を上げるのは啓区の右隣に座る姫乃だった。

 こんな時でも他人の心配を欠かさない少女の姿に、啓区は苦笑する。

 そんな質問に、立って紙束にメモをして言っていたイフィールは答えた。


「ん……、ああ。会場で待機してもらっている。爆弾を抱えたまま町をうろつかせるわけにもいかないからな」 


 歯切れが悪いのはずっと考え事をしていたからだろう。

 普段の様子を考えれば、顔色も若干悪いようだ。

 後夜祭に来る前に何らかの任務を受けていたと聞いたが、その影響かも知れない。


「爆弾さんはどーんってなるものなの。なあ、難しい事は分からないけど、爆弾さんにしちゃうのは良くないの」


 啓区の左隣に座るなあは話に時々ついていけなくなるようだが、何が起こってるかぐらいはだいたい分分かっているようで、いつもより元気がなさそうだた。


「観客達の様子はどうか分かるかい」


 そして対面に座るラルドが姫乃に続いて質問を続ける。


「入った連絡によると、混乱は起きていないようだ。まだ事態がよく把握できていないようだと聞いていた」

「いきなり、浄化能力者が現れただなんて言われて、その人が姫様を糾弾したら混乱もします。あの人達は一体何であんな事を……」


 憤りの声を上げるのは姫乃の対面に座るエアロだ。

 彼女はその場にいながらも、事態が進んでいくのを止められなかった事に責任を感じているのだろう。

 それは啓区も同じなのだが、彼女は正式な護衛としての立場にあった事を気にしているようだった。


 後夜祭の会場に突然現れた白装束達。

 彼らが一体何を目的としているのかが分かれば、少しはこちらも動きやすくなるのだが。

 コヨミ姫を統治領主の座から降ろすこと、という可能性が一番に考えられるのだが、それにしては観客を巻き込む理由が想像つかない。


「けっ、どいつもこいつも辛気くせぇ面しやがってよ、さっさと俺様をこんなとこから解放しろってんだ」


 そんな空気に悪態をつくウーガナは、一同が座っている位置から離れた所にある椅子にふんぞり返っている。


「私達の前ならともかく、感心しない言葉遣いだな。後で斬るぞ。……それはともかく、彼に統治領主様を王座から降ろす目的だった場合、性格の悪いお前ならどうする?」

「いちいち余計な一言つけんじゃねぇ」


 イフィールはそんなウーガナに人睨み聞かせた後、意見を求めた。

 性格の悪いウーガナは額に青筋を浮かべながらも、答える気でいるようだ。

 テーブルに腕をのせて、身を乗り出す。


「俺だったら、んなめんどくせぇこたぁしねぇ。直接狙ってぶっ殺す。簡単な話だろが」

「話にならんな」

「聞いたのはてめーだろがぁ!」


 立ち上がって椅子を振り回そうとするウーガナだったが、いつのまにか背後に回ったラルドがそれを止めている。


 そこに、ちょとだけやつれた様子のアテナが入室してくる。

 疲労具合を表す様に制服がシワシワになってよれている。


「魔法陣の解析はもうしばらく時間がかかりますです。解除に時間がかかりそうなのは相変わらずですですね。それでです、あのー、面会を求める人がいるんですですけど。ちょっと良いです?」


 そう言ってイフィールを連れて、部屋の外へと出て行く。

 部屋には再び沈黙が満ちた。


 どうすればいいか分からない。

 どこへ向かって頑張ればいいか分からない。


 そんな困惑も交じっているのだろう。


「目標がある事って実はすごく良い事だったんだね」


 そんな中で姫乃が呟く。


「ふぇ? 目標さんがあるのは良い事だってなあも思うの」

「うん、良い事だったんだよ。できない事ばっかり考えてたけど、頑張れるって環境ってすごく大事だったんだなって。頑張る事すらできないのがこんなに辛いなんて思わなかったよ」


 姫乃は俯いて拳を握りしめている。

 こういう時、未利がいれば自分勝手な感じのセリフを言ってツンデレ気味に励ますのだろうが、生憎ここにはいないのだ。


 あれから、白装束達は何も行動を起こしていないし、連絡はしてこない。


 だが、


「姫様も、未利さんも、大丈夫なんでしょうか……」


 エアロの心配そうな声。

 味方からは一応連絡はあったのだ。





 あの演説の直後、啓区は姫乃達と合流して話をしようとした。

 だが、エアロがこちらに見向きもせず更衣室から飛び出してしまったことから察せられるように、その時こちらの存在は姫乃達からは把握できなくなっていたのだ。


 船の上の甲板。

 目の前では、イフィールやエアロを交えて話を進めていく姫乃が、緑花達が見当たらないことに首を傾げている。

 啓区はそれに関わる事が出来ない。


 そもそも自分はここにいるべき人間ではなくて、本来は彼女らに関わるはずがなかった人物だ。

 とうとう間違いが正される時が来てしまったのかと思ったが。


 手にしていた携帯の着信が引き戻してしまったらしい。


『まずい事になったみたいだねー』

『あれ? 啓区……?』


 結局、携帯は碌に会話もできずに切れてしまったが、あれがなかったら危なかったかもしれない。

 この世界との縁が切れるところだった。





 話し合いの滞った会議室の中で、回想から戻った啓区は別の事を考える。

 戦力になるはずの緑花達がいない事実は、何が起こるか分からないこれからには痛いかもしれない。


 それに、何をしているのか祭りの期間中は雪奈先生の姿はずっと見えないままだし。


 と、そんな事を考えていたからだろうか。


 戻って来たアテナとイフィールは第三者を連れてきていた。


 それは白くてもふもふした毛並みの犬に似た魔獣だった。


「あ、お前ら」

「え、レト? どうしてここに?」


 姫乃が驚きの声を上げる。

 レトも同様だ。

 シュナイデの町にいる事は手紙で知っていたが、この城で再開するとは


「イビルミナイでの姫様達、それと漆黒の刃と白装束達の目撃証言があるとのことで、連れてきたのですが、どうやら知り合いみたいですですね」

「レトちゃまなの! 久しぶりなの! なあ嬉しいの!」

「ちょ、おい。獣にするように撫でんなって」


 なあが走り寄ってレトをモフモフして撫でている。


 あー、なんかすごく気持ちよさそー。


「え、漆黒の刃が? どうして?」


 姫ちゃんは、うん。冷静に混乱しているようだ。

 僕もびっくりだよー。気になるよねー。


「それと、途中でこの方も回収してきましたですですよ」

 

 そしてそのレトの後ろから見慣れた姿がやって来る。

 我らが五-二クラスの担任、雪奈先生だ。


「雪奈先生」

「ふぇ、雪奈先生なの」

「ふむふむ、これはこれはお困りみたいね」


 姫乃達が声を上げる。

 修行をつけて祭りへの参加を決めたきり姿を見なくなっていたが、何をやっていたのだろうか。


「ちょっとイフィールちゃんと遺跡の探索してたのよ。その確認も色々ね。さてと、ちょっとお話しましょうか」


 雪奈先生は、イフィールの立っている場所までやってきて人差し指を立てた。


「手っ取り早く結論から言うわね。魔法陣を解除するために、貴方達は近いうちに遺跡に行くことになるわ。そこで姫ちゃん達は……」


 そして今までに何が起こったのか把握してるらしい口ぶりで言う。

 雪奈先生は、しかし途中でいったん言葉を切ってこちらを見た。啓区を。何か含みのありそうな感じの視線だった。


 にやり。


 不敵そうな笑みを浮かべて言い直す。


「皆は……遺跡の奥、宝物庫まで行って紺碧こんぺきの水晶を取ってこなきゃいけないわ」



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