第1章 夜闇の逃走者達



 終わりゆく世界に転移してしまった結締姫乃。

 東の地で調査隊に保護された姫乃達は、コヨミ姫が統治するシュナイデルへ訪れる。

 そこで担任教師である雪奈と再会し、修行に励みつつも気分転換にと、シュナイデルの町を挙げて行われる祭りへ参加するのだが……。

 二日目の夜、姫乃達の予想を上回る形で、兼ねてから抱いていた不穏な空気は現実となってしまった。

 舞台上でコヨミ姫を糾弾する浄化能力者の少女は、仲間の一人……未利だった。





 イビルミナイ 『未利』


 その日の夜、後夜祭の最後に浄化能力者として演説を終えた未利は、白装束等やコヨコと共に、浮島の一つに隠されていた魔法陣を使ってその場を後にしていた。


 白装束達の会話を聞くに、どうやら自分達を含めた彼らはどこかの屋敷へと向かっているらしいが、追手が付くのを警戒して魔法陣での転移を何回か分けて行く様子だった。


 そうして、移動する一回目は後夜祭会場のすぐ外、港にある漁業関係者の施設内に転移し、二回目はどこかの美術館らしき場所に転移した。


 そこで話が少し脇道にそれるが、転移魔法というものは極めて高難度な魔法らしく、扱うには多大な魔力と集中力が必要となってくるらしい。

 当然、そんな魔法を何度も使用していれば、使用者が体力を奪われるのは必然の事。


 三回目の転移を行おうとした時、それに気づいた未利は白装束達の隙をついて彼らの下からコヨコと共に逃げ出しす事にした。


 そして、時間は飛んで結果、未利達はイビルミナイという、このシュナイデの中でも低所得者の住民が住む区画を走る事になった。


 風が吹けば建材やらがボロボロ吹き飛ばされそうな建物を背景にして未利は悪態をつく。


「くそっ、しつこいっっての」


 背後には追っ手が数人。

 白路装束達が暗闇の中を不気味な感じに追いかけてきている。


 こうしていると過去の光景が非常にデジャブった。


「エルケに最初に来た時といい、何かアタシに恨みでもあんの!」


 そう、元いた世界メタリカから、こちらの世界マギクスに転移してきたばかりの当時も同じような事があって、町を逃げ回った事があった。


「なんだか、大変だったのね未利ちゃんって」

「ものすごくね! ほんっと、この手の連中はしつこくて嫌になる!」


 背後で一歩遅れてついてくるもう一人の逃走者、コヨコが同情するように呟けば、未利はむしゃくしゃした気持ちをこめて叫び返すしかない。


 追手の事を警戒するなら声は出さない方が良いのだが、そういう事がどうでもよくなってくるほど連中はしつこかったのだ。


 そうして逃げ回っていると、二人はいつの間にか表通りを抜けて裏通りに誘導されている事に気が付いた。


 もともとボロかった建物達が、光が遮られる事によってさらにボロく不気味に見えてくる。


「しかも、相手の方が一枚どころか二枚も三枚も上手と見た。ああ、もうっ、泣けてくる! 泣かないけど!」


 泣かないが、思わず泣いてしまいたくなる状況の悪さだ。

 実力は相手の方が上。数ももちろん相手の方が上。


 ハードハードな現状に意思がちょっぴり挫けそうになってくるのも無理はないだろう。


「ギルドの近くまで行けば知り合いの人がいるんだけど……」


 走りながらコヨコからあらかじめ聞いていた、ホワイトタイガーとやらの話を思い返すが、未利はそんな当てについて否定する。


たすき達はまだ戻ってないだろうし、知り合いだっていうそいつらって一般人なんでしょ。当てにできるわけないし……」


 ケンカをさせたら学校で右に出る者はいないと言われる獅子上選(ししがみたすき)は、おそらくまだ後夜祭会場にいるはずだった。


 そう思って心なしか荒くなってしまった言葉を返せば、


「あ、そうよね」

「い、いや。今のはそういうのじゃなくって、確認しただけっていうか」


 コヨコの沈んだ声が聞こえる。

 慌てて弁明する未利は途中で後ろを振り返って声を漏らした。


「うげ」


 増えてる。


「また嗅ぎつけられた。曲がるよっ」


 幸いなのは、ここら辺は曲がり角が多くて追手を巻きやすいという点だ。

 相手の方が実力者である以上補足されてしまえばすぐに距離を詰められてしまうのだが、そう言った利点のおかげで未利達はまだ逃げのびられているのだ。


「逆を言えば現在地が分かりにくいんだけどさ。ってかここ前も通んなかった? ちょっと、ループとかホント勘弁してよ」


 駆け抜ける路地の風景に見覚えがある様な気がして呻き声を上げる。

 もしそうだったら、迷路の中をぐるぐるまわっているような感覚で、体力よりも先に気力の方が削がれかねない。


「ここら辺は私も言った事がないから分からないわ」

「くそう……」

「あ、ちょっと待って」

「え、何? 待てないけど、何?」


 足を止めたら死ぬ(様な気がする)ので、止められないと言うのだが何を思ったのかコヨコは未利の背中に手を伸ばして、こちょこちょやり始めた。


「わひゃぁ、何すん……」

「これ、背中の飾り布の下に隠れてたんだけど」


 違った。こちょこちょじゃなかった。

 未利の服の布に隠れるようにしてに張り付いていたそれを手にしたコヨコはそれをこちらに渡してくる。


 それは緑色の物体で、最近マーブル模様の甲羅になった亀ロボットのうめ吉だった。


「あいつ、人を何だと思ってんの!? あたしゃマグネットボードか何かか!」


 こんな時にのんきな友人の笑顔が脳裏に浮かんできて未利は、手にしたうめ吉を地面に叩きつけたくなった。

 が、石ころならともかく生き物な見た目をしてるロボにするのは気が引けたので、かろうじて我慢した。


 カメロボのうめ吉は、いつもなら人の語尾を相槌にして喋り返してくるのだが、今は睡眠中なのか何の反応も無かった。(ロボットのくせに睡眠とってるような素振りをするのが未だに不思議だ)


「そういえば、前に啓区くんに聞いたんだけど。このうめちゃんって困った時に水鏡代わりにできるとかって……」


「どういうことか分かる?」と首を傾げるコヨコの言葉に、いつかの訓練場での事や倉庫部屋でのジャンクパーツ漁りを思い出した。


「そうだ、こいつの中には……あった」


 うめ吉の甲羅をカパッと開け中を覗かせてもらえば、そこには予想通りシューティングゲームの機械が入っていた。


 もう一つの携帯を作るとか言っていた啓区の言葉も思い出し、未利はそれを試しにいじってみる。

 周囲に明るさがない事に苦戦しつつ操作していくと、努力が実った。


 携帯と化したゲーム機を耳に近づけて数秒、未利は声を上げる。


「よっしゃ、繋が……うぉわっ」


 しかし気を取られていたせいで、前方の角から顔を出した白装束に火の魔法を当てられそうになり、慌てる。

 火球がすぐ横を通り過ぎて行った。

 連絡も落ち着いてさせてもらえないらしい。


「このっ、行く先々に現れんな、リアルホラー集団め!」


 脇道にそれようとするが、そこからも追手が来ることに気づき慌てて引き返す。

 今まで通って来た道を逆走。

 背後にいた連中は振り切っていたらしい。

 不幸中の幸いだ。


「もうだいぶ走ってるけど、お姫様って意外と体力あんの?」

「ギルドの活動とかもあったし、こっそりお忍びで町をウロウロしてた事もあったから」

「この世界のてっぺんて……」


 わたくしもう走れませんわ、みたいな事を言われても困るが。

 異世界人逞しすぎる。


 そしてそんな逞しさを応援するかのように、小さな助力が降って来た。


 文字通りに。


 背後、追っ手連中に、水がぶちまけられたのだ。

 上空から、バシアァァッ! みたいな感じに。


「え、何いきなり!? 何か落ちてきたぁっ! びっくりすんだけど」


 叫び驚きつつも足は止めない。

 上空を見ると、建物の居住者が親指を下にしてちょっと上品じゃない罵詈雑言を放っていた。


「あれ、なんて言ってるの?」

「あ、そこは知らないんだ。うん、知らない方が良いと思う」


 心中は複雑だが、イビルミナイの住人たちはどうやら弱い者に対して味方をしてくれているらしい。

 水の魔法を容赦なく白装束達に浴びせかけている。


「そういえば、この辺って前に依頼を受けた所みたいだったわね」


 コヨミの話だと、コケトリーみたいな見た目の人が暴れてて迷惑してたとか言う話だ。

 何それ。


 だが、何にせよ助かるのは事実だ。

 このまま距離を離せば何とか逃げ切れるか……?

 と、そう希望を持った矢先だった。


 行く手にそいつが立ちふさがった。


「な、なんでアンタがここにいんのさ……!」


 それは、漆黒の刃とかいう闇組織のメンバーの一人。

 ロザリー・コクォートスだった。


 ロザリーの後ろには白装束の集団。

 そいつらは周囲の建物へ向けて、魔法を放つ構えでいる。


「はい、チェックメイト。まったく、おバカさんよね。初めからこうしていれば良かったのに」


 約一時間程の逃走は、そんな幕切れであっけなく終わりを告げた。


 話す機会を失った携帯の向こうから、聞こえてくる仲間の声らしきものを耳にしながら、未利とコヨコは再び捕らえられたのだった。



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