第61話 マリオネットの踊る舞台



 後夜祭、船の中は華やかで賑やかな空気だ。

 そんな中、姫乃は着替えに行った未利達が中々戻ってこないことに不安を感じていた。

 エアロが付いているが、やはりもう一人くらい誰かがついて行った方が良かったのかもしれないと後悔する。


 会場の中を見渡してみるが、それらしい人影はない。

 緑花達は料理の方で、大食い競争していて盛り上がってるし、なあちゃんはレースの選手達に囲まれて話に花を咲かせているようだ。


 中々現れない仲間の姿を思い、その場を離れようして歩き出した時、人にぶつかってしまった。


「あ、ごめんなさ……」


 謝りながらその人の顔を見て驚いた。

 彼は本当に神出鬼没だ。


「ツバキ君」


 そこにいたのは漆黒の髪に瞳、浅黒い肌が特徴的な少年だった。

 どうしてここに? とそんな意味を込めて名前を呼べば相手が説明してくれる。


「ここに集まった人間達の様子を見てくるように言われたからだ」

「誰に?」

「俺の製作者だ」


 彼はその人に頼まれてこの場にいるという。

 この会場は、関係者以外立ち入りできないはずなんだけど、たぶん魔法を使って入って来たんだろうな。


「どうして? 何を見てくるように言われたの?」

「分からない」


 分からないんだったら、何を見てくればいいのか見当がつかないんじゃないのだろうか。


「その製作者さんの目的って、一体何なの? ツバキ君にいろいろな事をやらせてるみたいだけど、何がしたいの?」

「分からない。分かっているのは四宝の捜索と、サクラス・ネインの息のかかった者の排除だけだ」


 ツバキはでも、分かっている事は話してくれるようだった。


「サクラス・ネインって確か百年前に終止刻を終わらせた人物で統治領主だった人だよね。生きているの?」

「生きてはいない。だが彼女は新たな魔法を編んで異世界からお前達を連れてきた」

「ちょっと、待って……」


 しかし、油断した途端これだ。

 いきなりすぎるよ。

 もう、ほんと彼の口からは反応に困るような言葉ばかり、毎回聞いているような気がするんだけどな。


「私達を異世界から召喚した人ってサクラス・ネインって人の魔法のせいなの?」


 確か、クレーディアって人を調べた時に少し分かった人だった。

 シュナイデル城の百年前の統治領主で、その時に発生した終止刻を終わらせた人だって。

 それで、大魔導士に匹敵するくらいの魔力の持ち主で、オリジナルの魔法を作るのが得意だったとか……。

 一般的な知識ぐらいだけど。


「彼女は百年前、終止刻エンドラインが終結した最後に、自分の命と引き換えにお前達をこの世界へ呼び寄せた。完全に終止刻を終わらせるために」

「……!」


 どうしてそんな大事な事をもっと早く言ってくれないのだろうか、この人は。

 そう言ったら聞かれなかったから、とか言われそうだな。

 だが、


「それを思い出したのは、最近の事だ」

「思い出した?」


 どうやら姫乃が思ったようなそういう理由ではなかったらしい。


「俺には、俺が経験した事のない記憶がある。その記憶が、アイナという女性の存在を、百年前に起こった終止刻の最後を教えてくれた」

「記憶が……?」


 とりあえず、一つ一つ整理していかなければならない。


「ツバキ君にはツバキ君のじゃない記憶があるんだね」

「ああ」


 そんな事があるのかなとは、思うけど。疑ってたら話が進まないし、何より嘘をつくような人には見えなかった。


「それでツバキ君は作られた……生み出された人で、その親みたいな人の言う事を今は聞いて動いてる?」

「そうだ」


 作られた、なんて言い方は変だし好きじゃなかったので生み出されたって言ったんだけど、ツバキ君からの反応はない。


「四宝っていう特別な物を探してて、サクラさんの仲間……? みたいな人を探してる?」

「その通りだ。サクラス・ネインの魔力の残滓を纏わせたお前達を」

「私達を……って、え。そうなの」


 問えば、首を縦に振られ肯定される。


「じゃあ、私達がその製作者さんに会えば……ううん、それはちょっと」


 危ない気がする。

 どんな相手か全然分かってないし、それにその人は魔大陸を操って町を襲わせた人なんだし。


「俺が受けた命令は見つけたら抹殺しろというものだった」

「まっさ……そ、そうなんだ。じゃあ駄目だね」


 今更だけど、私ツバキ君の近くにいて大丈夫なのかな?

 今まで何度も助けてもらってるし、こうしていても敵意らしいものは感じないけど。


「えと、それで今はここで人の様子を見るんだよね……何だか、それって」


 とっても不穏な事のような気がする。

 わざわざ何にもない場所にツバキ君を向かわせるわけはないだろう。

 だとすれば必然的に、それは遠くない未来ここで何かが起こるという事にならないだろうか。


 周囲を見回すが、特別変わったところはない。

 だが……。


 不安になって来た姫乃は会場を後にする。


「とりあえず皆にこの事を知らせなきゃ。まずは更衣室に行って、それからイフィールさんを……そうだ、ツバキ君。その製作者さんは……」


 何か他にヒントになりそうな事言ってなかったかな?


 そう言おうとしたのだが。


「またいない……」


 姿は忽然となくなっていた。

 そういえば彼は神出鬼没だったと思いだした。


 そんな事を考えながら会場を出ようとするのだが、姫乃は足を止めた。

 なぜなら、


「静かにしろ、大人しくしていれば危害は加えない」


 白い服で体を覆った謎の白装束達が、武器を手にしてなだれ込んできたからだ。


「全員、船の甲板の上に出ろ」


 他の出入り口にいるのも併せて、数はざっと数えるだけでも十人以上がいる。


 抵抗するには非常に難しい数だ。

 それに加えて、


「……人質が」


 参加者らしい一般の人が人質になっているからだ。

 他の所にいる白装束達も、それぞれひとりずつ人質をとっている。


 姫乃達は言われた通りに動くしなかった。

 船の中を移動し、甲板に出る。

 レースコース近くを回遊していた船は港の方へ向かって、そこで停められ出入り口から白装束達が何人か降りていく。


 そして、そこら辺で楽しんでいた人達へ武器を向け、観客席の方へ移動させ始めた。


 一体、何を始めるつもりなのだろう。


 そうしていると、準備が整ったようだ。

 船の中から、一人の白装束の人間と少女が出て行く。


 その姿を見て、姫乃は何となく嫌な予感がした


「あの子は……」


 先に降りていた白装束の集団の中の一人が、ショーが終わった後そのままになっていた舞台に立ち、声を張り上げる。


「注目! これより、我らの希望である浄化能力者様のお言葉をお前達に伝える、心して耳を傾けるがいい」


 浄化能力者。

 その言葉を聞いて人々がどよめく。

 場の混乱に対する白装束達の動向が気になったが、特に咎めるような様子は見られない。


「さあ、その姿を彼らの前に」


 男は大仰な身振りで船の出入り口を指し示す。

 どよめきはおさまり、しんと静寂が満ちた。


 そこから白装束の者を従えるように一人の少女が歩いてくる。

 薄い桜色の儀礼衣に袖を通し、雅やかな装飾のついた錫杖を手にしながら。

 服に縫い付けれられた鈴が、少女が歩を進める度に歌うように鳴り響くのがここからでも聞こえる。


 ゆったりとした足取りで、舞台の下まで来た少女。先にいた白装束が恭しく差し出した手を支えにして、その場所へ上がった。


「浄化能力者様、迷える彼らにお言葉を」


 舞台にいた白装束に、少女はゆっくりと頷いて観客席へと顔を向ける。

 顔は薄布で覆われていて見えない。


「世界は偽りに満ちている」


 その声は、魔法でも使っているのか会場全体に、船の上に響いた。


「混迷する大地に光を、真実を語る時は来た」


 少女は一人一人を見まわす様に、会場へ視線を巡らせる。


「この地には孤独な力なき王女がいます。その手は小さく多くのものを掴みとることが出来ないでしょう。彼女の騙った偽りが白日のもとに曝し出されれば、多くの者が傷を負う事になります。けれど、力なき者に罪があるわけではありません、力なき事にも罪は無いでしょう。ただ巡り合わせが不幸だった、逃れられない負の連鎖があった。それだけの事なのです」


 少女は言葉を区切り、一層声を大きくして続きを述べる。


「偽りに満ちたこの世界に救いを、力なき人々に救済を……。今日を持って、この世界は私が壊します。このような世界は一度壊れてしまうべきなのです。そして新しい世界を私達みなで創り上げましょう」


 一礼。

 そして下がっていく少女の後ろ姿を見ながら思う。


「今のって……どうして」


 顔は見えなかった。

 でも声で分かる。

 彼女は紛れもなく姫乃の仲間だ。


 それが一体どうして、何があってあんな所にいるのか。

 分からなかった。


 ただ、恐れていた事態がついに起きたのだと、それだけは分かった。


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