第52話 貴方の代わりなんていない
賑やかなお祭りの空気の中賑やかしく遊んだ後は、午後のショーに向けてそろそろ移動しなければならない。
しかし、その道のりで……。
右横ではなあちゃんがふらふらと出店に興味をひかれて歩き出しそうになるのを、啓区がなだめながら歩いていいる。
そして左ではエアロが己の職務に忠実に真剣質そうな表情を周囲へ向けていて、未利はたまに空を見上げて何か探しているように見えた。
どうしたのかな。
姫乃は視線の先を追いかけてみるのだが、浮かんでいるのは青い空と白い雲だけだ。
そうしていると、未利に気づかれた。
「何してんの、姫ちゃん。何か面白いものでも飛んでたの?」
「えっと、未利が見てたから何があるのかなって……」
「うわ、見られてた!?」
恥ずかしそうに顔を背けられる。
うーん、ぼーっとしてるときに顔を見られるのと同じかな。
あれって結構恥ずかしいよね。
「何でもないから忘れて、何も別に思い出してたりとかしてなし」
「何か思い出してたんだ」
「ちっ、違うし。そんなこと微塵もこれっぽっちもしてなかったから」
慌てた様子で話す彼女だが、それでは逆効果だ。
何だか喋れば喋るほど「墓穴を掘る」の典型例みたいになってるよ?
教科書があればいいお手本になってしまうかもしれない。
「別に、大した事じゃない。……花火、上がらないかな、とか思ったりして……。だって祭りの最後に花火が打ち上げられたら、何か盛り上がって良いじゃん」
それは、確かにそうだね。
見た目も音も派手で、華やかだし、きっと盛り上がると思う。
「この世界に花火ってあるのかな」
「さあ。……まあ、別にどうしても見たいわけじゃないけど、無いと無いなりに寂しいかも、みたいな。そういうアレだし。ほら別にどうでもいい人間だって、いないとちょっとさみしくなるとかっていう、そういうアレだって」
視線を俯けて、早口になって言葉を立て続けに喋り続ける。
でもちょっと途切れ途切れだから動揺してるのが丸分かりだ。
一生懸命気にしてない風に取り繕ってるけど、あんまり成果になってないんだよね。
姫乃としては、どうしてどこまで必死になるのか分からないのだが。
「必要がない人間でもいなくなると、ちょっとはさみしくなる。そんな感じと、同じだし……」
未利は自分で言って、何やら自分で落ち込んでるみたいだった。らしくないと思う。
「必要ない人なんていないと思うけど」
「そんな事ないし」
あ、そのセリフ。
いつもは私が言う言葉だよね。
「別にいてもいなくても一緒、そんな奴いるじゃん。言われた事するだけの奴とか、決められた事だけする奴とか、マニュアル人間っていう奴? そういうのなんて、ロボットでもできるんだから、いなくてもいいでしょ」
「それは……」
それこそそんな事ない、だろう。
だが、姫乃がそういう前に未利は言葉を続ける。
「立場が上の奴とか、偉い人間に言いなりになってる奴とか、いるじゃん。人形かよ、っていう奴さ」
言葉だけみれば怒ってるように見えなくもないけど、未利は悲しそうだ。
「自分がない奴は、いなくなったってちょっと悲しまれるぐらいですぐに忘れられちゃうんだよ。だって別の人間がいても結局は同じなんだし」
「そんな事ないよ。どうしたの? 今日は何か変だよ」
「別に……どうもしてない。ただ事実を言っただけ」
どうもしてないようにはどうしても見えないんだけどな。
こんな状態が普通だったら、それこそそっちの普通の方がおかしい。
「何かあったの? 朝も元気なかったよね」
「何にもない。……けど、……じゃあ」
姫乃から逃げるように、未利は視線をそむけたまま言葉を紡いでいく。
「啓区とかなあちゃんの良い所とか凄い所、言ってみて」
「良い、けど……」
言われた事の意味が分からないけど、姫乃は考えてみる。
啓区は機械とかすごいし、戦いも結構できる。あと気が利く所もあるかな。
なあちゃんはムードメーカーで、一緒にいると心が癒される、天然でちょっと抜けてるけど、根本的には正しい事とか見落としてる事とか分かってて気づかせてくれるんだよね。
「だいたい顔で分かるけど、啓区すごい、なあちゃんマスコットみたいな事考えてるでしょ」
「えっ、よく分かったね」
「そりゃ、この世界に来てからはけっこう一緒に過ごしたし」
そうだよね、マギクスの一週間とメタリカの一週間を比べて思うけど、本当に全然違うよね。
初めは知らない土地で同じ世界の人間だからって、そんな理由で一緒に行動していたんだと思う。
だけど、こっちに来る前は全然そんなことなくて、姫乃だけでなくなあちゃん以外のクラスメイトと長く一緒にいるとこ見た事なかったな。
そう思い返していると、未利が足元の小石を緩く蹴った。
「そんでさ。姫ちゃんは魔法が凄くて、皆の前に立って引っ張ってく力があるじゃん。……でも、アタシはないじゃん。ほら性格こんなだし、いっつも余計なこと言ってるし、たまに墓穴ほって波風立てたり雰囲気悪くしたりするし。弓矢が得意っていってもプロ並みじゃない。魔法だってそんなに強くないし。人と友好的に接するとか無理だし。ってか喧嘩売ってるようにしか見られないし、何かすれば喋れば誤解のオンパレードだし……」
彼女の口から語られるのは欠点ばかりだ。
「アタシがいなくなってもさ、そりゃ悲しんでくれるかもしれないけど、別に大して困らないでしょ? アタシと同じくらいの腕した代わりなんて、探せばいくらでもいるんだし」
「代わり何ていないよ……!」
そんな風に思ってたの? いつも?
でも違う、そんなの違うよ。
姫乃は並んで歩いていた未利の前に回り込む。
「……姫ちゃん?」
不思議そうな未利の顔。
やっと顔を上げてくれた。
「誤解してるって事は本当は根は優しいし、良い子だって事だよ。辛口な事もあるけど、お世辞とかあんまり言わないし、それってちゃんと本当の事を言ってくれてるって事だよね。それに私からしたら、自分に正直な所とかはちょっぴり羨ましいって思う。上の立場の人とか大人の人とかだとちょっとケンカ腰になっちゃったり、あんまり言葉を交わそうとしないけど、それってみんなと対等でいたいって事だろうし、慣れてくれたらちゃんとちょっとずつ話してくれるよね」
良い所、探せばいっぱいあるよ。
欠点だって思ってること、ちょと見方を変えれば、良い風に見えるんだから。
「……はぁ、何か敵わないなぁ」
ここで否定なんかしたら、「空気読めてないだけじゃん」と未利に呟かれる。
「前に友達に言われたことがあるの。私、たぶん誰かの良い所探すの得意なのかも」
「うわ、それ自分で言う? まあそういう目があるのは今までも感じてたし、事実っぽいけど」
と余裕が出てきたらしい未利は周囲を見回すのだが、その顔が不機嫌そうになった。
「あのやろ、余計な気を回しやがって。まあ助かるけど、助かるけどさ……」
「えっ」
つられて周囲を見回して気づく、啓区となあちゃんの姿、あとエアロもいなかった。ちょっと離れた所で店を見てる。
そういえば、他の皆の事忘れてたよ。
視線を向けると啓区が笑顔で軽く手を振ってた。
後でお礼言わなくちゃ。
未利は……、言えるかな?
「はあ、ったく。くだらない事気にして損した。せっかくの祭りなのに、これじゃあ半分しか楽しめなかったじゃん」
半分でも楽しめたのなら、良かったって思えるけどな私は。
「祭り、好きなの?」
「嫌いな人間の方が少ないんじゃないの? まあ、好きだけどね」
そういえば嫌いって言葉は未利の口からよく聞くけど、好きって言葉はあんまり聞かないな。
「昔さ、なあちゃんみたいな子供達と一緒に言って騒ぎまわった記憶があるし、それに地元でやる祭りの日が、アタシの誕生日って事になってるから。……分かってると思うけどアタシ本当の親分かんないし、施設の人に見つけられた日がその日だったんだよ」
「そうだったんだ」
今まで何となく察せられる所はあったけど、改めて本人の口から言われると反応しづらいかな。態度に出さないようにはするけど。
でも、そんな内心もバレてるみたいで、姫乃の顔を見つめる未利は苦笑をもらした。
「未利っていう名前もそっから取ったわけ、読み方変えればまつりって読めるでしょ。だから結構気に入ってるんだよね。短いし」
短いからっていうのは未利らしいな。
でも、と思う。
未利には方城織香っていう名前があったけど、あれは……?
「もう一つの名前は好きじゃない、だってアタシの名前じゃないし」
「え?」
「方城の家に世話になる事になって、自分のじゃない名前で呼ばれるようになった。それホント、凄い窮屈だった。その名前の人はもうこの世にはいないのに。でも……いいんだ、今アタシはアタシとして生きられてるから満足してる。余計な事とか、悩まなくて済むし」
「……」
姫乃は言葉をかけられない。
つまりは、どういう事なんだろう。
引き取られた家の人には昔子供がいて、だから新しくやってきた子供に、自分達の子供の名前を付けたって事……?
そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
でも、そうだとしたら……。
きっとそれは姫乃では全部は想像できない、辛さを味わったはずだ。
ああ、だからアルル君の事もあんな風に怒ったりしたんだ。
そんな姫乃の顔を見てか、未利が困ったような顔をする。
「えーと、別に困らせたかったわけじゃないんだけど」
「あ、ごめん」
「いや、謝んなくていいし。だからアタシが言いたかったのは、感謝したかったって事。ちゃんアタシの本当の名前で呼んでくれて」
そう言って彼女は笑った。
たぶん初めてだと思う。
姫乃が彼女のそんな笑顔を見るのは。
「あたしにとっては凄く大事な事だったんだよ。だから、……ありがと、姫ちゃん」
ルミナの太陽みたいな笑みとは違う。
春の木漏れ日だ。
冬の間に降り積もった雪が春の暖かな日差しを受けてゆっくりとけていくような、姫乃が見たのはそんな優しい笑顔だった。
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