第42話 脱落
港へと戻って来た姫乃。
整えられた土の上を、相棒であるコケトリーはよく頑張って走ってくれている。
だが、全力を持ってしても先頭との距離はなかなか縮まらない。
やはり、最初の方で距離を大きくあけられたのが響いているのだろう。
先頭集団はすでにラストスパートに入っている。
姫乃はここから逆転できる方法がないかと頭を回転させる
浮島コースを終えて、元の港にもどってきたコケトリーはよく走ってくれてるが、とても普通に走っていては追いつけやしないだろう。
どうすれば良いかな……?
こういうとき、皆だったらどうするかな。
未利だったら風の魔法でズルしようとするかな。啓区はどうするだろう、のんびり変わらずに走ってそうだ。なあちゃんはコケトリーへひたすら声援を送ってそうだ。今も前の方で送ってるし。
「あ、風が吹いてきた」
前からの風ではなく背後からの風に髪が揺れる。気づけば背後から強い追い風が吹いてきている。
『おや、海の方から強い風が吹いてきますね。追い風です。これは選手たちにとっては嬉しい誤算でしょう。後のレースへのペース配分も考えて、ここで体力を温存したいところでしょうし』
風はすぐに止む気配はなく、むしろ強まってきている。
こういうのって後ろから吹いてくると自転車とか乗ってると、ぐんぐん進むんだよね。
買い物に出かけた時のことを思い出す姫乃は、ふと視界の隅に浮かぶものが見つかった。
これ、できるかな。
見るのはレース会場の端に飾り付けられている風船だ。
風でいくつかとんできたらしい。
姫乃のコケトリーは他のコケトリーよりちょっと軽めだ。
「えっと、ちょっといいかな」
姫乃はコケトリーに指示し、それらがある方向へと動かしていく。
『おや、ユイシメ選手のコケトリーが風船をくちばしで集め始めました。どうするつもりでしょう……お、おおお、これはアイデアですね』
風船をくちばしでキャッチしたコケトリーが羽を広げて飛ぶように駆けた。
追い風を利用して、滑る様にコースをかけていく。
というより途中から飛んでいた。
「わっ」
コケトリーの足が地面から離れたかも、と思った瞬間、姫乃の体が何とも言えない不安定感につつまれる。
そしてそのまま、ぐんぐんスピードが出る。
「あ、あれ……? えっと、これ大丈夫かな」
自分が思いついた案の、ちょっと予想外の威力にさすがに戸惑いを隠しきれない。
コケトリーの背の上で姫乃は慌てた。
先頭集団に追いつきそうな勢いなのだが、いかせん姫乃のコケトリーは走るのではなく、飛んでいる。
ルール的に大丈夫だっただろうか。
大会に出場するにあたって基本的なルールは教えられていたものの、時間がなかったのと初めての参加という事もあって、あまり詳しく理解していないのだ。
ものすごく心もとない感覚と共に、飛ぶというよりは飛ばされる状態の姫乃とコケトリー。
宙を飛んでいるみたいで、すごく新鮮な感じだが味わう余裕がない。
そろそろ何とかしないと本当に危ないかも。
そんな風に思う最中も、固まっていた集団からぐんぐんと追い越していくのだが。
「きひひ、会場をふっ飛ばせば……レース、台無し……」
あれ? なにか追い抜いていった選手たちの中からすごく不穏な言葉が聞こえたような気がするんだけど……。聞き間違いかな。
追い抜いていった選手達を確かめようと背後を振り返るのだが、誰が言ったのかは分からなかった。
そうこうしているうちに、今までまっすぐゴールへ向かって吹いていた風が変化した。観客席に近づいてきたので、当たった風にあおられて、進路が変わったようだ。
「わっ、あ……」
飛ばされる状態のコケトリーはコースの外へと移動してしまった。
「これって駄目だよね」
風船を話して、着地したコケトリーが肩を落とす姫乃を慰めるように羽をばたつかせた。
『おしい! ここにきて一名脱落です。審議はのちほどにして意外なアイデアでしたね。すばらしい健闘でした』
第一レース、結締姫乃失格だ。
残念な結果に終わってしまった姫乃だが、
レース自体は進んで行って、先頭集団が次々にゴールしていく。
一番、二番……。
そして、なあちゃんは……三番目でゴールインだ。
長年頑張ってきた人と肩並べちゃうなんて、凄い。
控室に行くと未利と啓区が先にいた。
「お疲れ、何か残念だったじゃん」
「お疲れ様ー凄いねー、びっくりだよー」
「失格になっちゃったけどね。そういえば未利はあの後どうしたの?」
逆走していったところからどうなったのか尋ねるが、起きた事はあまり思わしくない事だったようだ。未利は思いっきり口をへの字の曲げた。
「失格にはならなかったけど、さすがにあんなんで追いつけるわけないし、棄権した。あと、観客に何かムカついた」
「励まされてたり同情されてたよねー」
「うっさい、アタシは笑いものになりにきたわけじゃないしっ!」
むぎぎぎぎ、と余計なことを姫乃に口走った啓区の恨みがましそうに未利が頬をつねくりまわしていく。
いつもより一段と気合と力が入っている。
「ていうかアタシの背中に勝手にうめ吉つけたでしょ。何やってんの? 子供にまで笑われたじゃんかっ!」
「あははー、ついー」
「ついじゃねぇ」
「あー、本気怒りしてるー?」
ひとしきり啓区の頬をつねくりまわしたあと、未利はふと思い出したかのようにポケットの中から円筒形の物体を取り出した。
まるで、飴玉あるから食べる? みたいな感じだ。
「あ、そういえば、何かコース上でコケトリーが凄い勢いで地面を掘りだしたんだけど、こんなもんが埋まっててさ。たぶんレースの仕掛けだと思うんだけど、これってもしかしてアレ?」
円筒形の筒のふた部分には紐がちょろっとかわいらしくついている。
まるでそこにライターで火でもつけてくれと言わんばかりだ。
この世界にライター何てないだろうけど。
「あっ」
そこで姫乃はレース中に聞いた言葉を思い返す。
啓区は姫乃の方を見た。
「どうしたのー?」
「ええと」
姫乃は再び未利の方へと視線を戻す。
「それ、たぶん選手がしかけた爆弾みたいなのじゃないかな……」
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