第21章 観察者ベルカ
場所が切り替わる。またしても屋敷の前だった。
だが今度は感覚がある。
踏みしめている土の感触も、肌を焼く太陽熱も感じていた。
それぞれの人物の立ち位置は同じ。ただし、状況が違う。
胸から血を流している少女を一人の男が抱えていた。
男の傍には痛みの激しい古い本が落ちている。
「なぜ、私を庇った……?」
少女からの応えは無い。
もう永久に喋る事はないのだと、一目みれば分かるような有り様だった。
姫乃達が何かを言いながら集まってくる。
啓区は少しでも情報を得ようとその流れにならう。
「どうして……、どうしてこんな……」
姫乃が涙を流しながら、己の悲しみを言葉にする。
「どうしてこんな事に……」
気が付くと白い空間に立っていた。
目の前には灰色の髪に灰色のドレスを来た女性がいる。
もちろん知らない人間だ。
彼女はこちらの戸惑いを気にもしない様子で、話しかけてくる。
「セルスティー・ラナーは湧水の塔で死んでいた。クリウロネの住民たちも全滅していた。そしてさっき見た彼女も死ぬわ」
「ええと、とりあえず君はどちら様かなー」
「哀れな機械人形クレーディアの魂の残滓、観察者ベルカよ。その姿では初めましてかしらね。傍観者ガイア・クロムレス」
誰だろうその人は。啓区は万年装備の笑顔をうっすうらと困惑バージョンにシフトさせた。聞き覚えのない言葉で呼ばれる姫ちゃんの気持ちがちょっぴり分かった気がする。
「僕の名前は勇気啓区だよー」
「知ってるわ。あなたが今の時点でここにいるはずのない人間だって事も。何でまだ死んでないの。死なないの?」
「僕、何か嫌われるような事でもしたかなー」
不満気そうな顔で淡々といわれた言葉。
まるでさっさと死んでほしいみたいな言い方に聞こえる。苦笑しか出ない。
「君は僕の事を知ってるみたいだよねー」
「ええ。主人公達と出会わないただの数合わせの為だけに生まれた駒……。教えて、一体何をどうやったら、こんな事になるの?」
「それはこっちが聞きたいよー。君は本来の物語の姿を知ってるみたいだよねー」
先ほどからの歯に衣きせぬ物言いの連続に少しだけ不満が募る。
「おかげで大分驚かせてもらっているわ」
「だろうねー。それでさっき言った事って本当なのー?」
「どれ」
「セルスティーさんは本来死ぬはずの人間だったってことー、ってことは生きてるって事だよねー。姫ちゃんそれ知ったら喜ぶかなー」
「はぁ……」
「えっと、ため息つかれちゃったよー」
唐突に人間味のある行動をされてはどう反応を返せばいいのか分からなくなる。
だが、啓区は今までに見せられた物を総合して、これだけは言わねばと思い。感想を言った。
「ここ、趣味が悪いよ」
「そういうものよ」
「それでー、それを言う為にわざわざ君はここに来たわけじゃないよねー」
「理由なんてないわ」
彼女はつまらなそうな表情を見せて踵をかえす。
「?」
「見に来ただけ、さようなら」
言いたい事だけを言って彼女はその場から唐突に消えてしまう。
風の様に自分勝手で猫の様な気ままさを持っている人物だ。
何か、誰かさんと激しく似ている気がするがとりあえずそれは置いておこう。
気が付くと回廊の外にいた。
アテナが心配そうにこちらのことを覗き込んでいる。
「大丈夫です?」
「……」
「あのー、聞こえてますですです?」
「うん、平気ー。とりあえずなあちゃんは見なかったねー」
周囲を見まわす。
扉の見張りの兵士の横に、雪菜先生が立っていた。
「ひょっとして先生が突き飛ばしたから、僕たち中に入っちゃったとかー?」
あの時確かに一歩も進んだ記憶のない身としてはそれしか考えられないのだ事実だ。
「イエッス! なんか面白そうな事してるなーて思ってやっちゃった。ごめんね」
てへ、と頭をこづいて謝罪する二十代の女性教師。
似合ってないわけじゃないけど、痛々しさはすごく感じた。
「うんそうだねー仕方ないよねー雪菜先生だもんねー、ねー」
「あらら、何か背景にブリザード的なものが見えるけど、気のせいよね。気のせいって事にするわ」
それより聞いておかなければならないことがあった。
「他の皆はー?」
「まだ出てきてはいないですですね」
問いにはアテナが答えてくれた。
見て分かっていたが、やはり扉の向こう、部屋の中にいるらしい。
何となく疲労を感じたので、啓区は頼りになる人間の方へと声をかけた。
「そっかー、ちょっと疲れたかもー。座ってていいかなー」
「それはどうぞです。苦労するのは当然ですですし」
「本当にねー」
廊下にしゃがみこみながら啓区は実体験を思いだして遠い目をしているアテナに聞こえないように不安を口にした。
「皆も恐ろしい目にあってないといいけどー」
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