第20章 限界回廊(啓区)
『啓区』
啓区は気が付くと見慣れた場所で一人で突っ立っていた。
いつも放課中に暇を潰す場所、パソコン室だ。
風景に違和感はない。
啓区の記憶する景色そのままの部屋だ。
いつもつまんでいるスナック菓子や、機械改造用の工具が散乱している。
「ここは学校……? まさかとは思うけど」
早足で窓まで歩いていき、そのガラスの向こうに見えるものを確かめる。
だが、景色は存在せずそこには暗闇しかなかった。
「ふぅ、さすがにまさかじゃなかったかー」
まさかな超展開、強制帰還エンドでないことにほっと胸をなでおろす。
こんなよく分からない物語の流れの中で、そんな事されたらたまったものじゃないもんねー。
「という事は限界回廊の力なのかなー。何でもアリのよく分からない場所かー、確かによく分からないよねー」
一体どうやったら、別の世界の景色を再現できるのか。皆目見当もつかない。
とりあえずいつも使っている席に座る。パソコンはすでに立ち上がっていた。
「とにかくー、どうすればここから出られるのかなー」
探し人であるなあちゃんの姿はないようだし。
よく分からないものについて特に深く考えることはせず、脱出の手がかりを求め、目の前の画面に意識を持っていく。
荒い画像のゲーム画面がそこには映し出されていた。
主人公のキャラクターが画面の中央に映っている。
それは、赤みを帯びた髪を後ろでポニーテールにした女の子だ。
「これって明らかに姫ちゃんだよねー」
結締姫乃を主人公としたゲーム、その画面がここには表示されているらしい。
試しにマウスを操作してみれば、キャラクターがマップを移動し始める。
僕が姫ちゃんを操作するとかー、複雑すぎて何も言えないよねー。
己の立場を省みた結果の皮肉を心の内で述べながら、キャラクターを操作していく。
マップはどこかの屋敷の内部のようだった。
途中途中の部屋に入って探索したり戦闘したりして進んでいく。
思いのほかちゃんゲームしている。
驚くべき事は姫乃似のキャラクターは水系の魔法と共に炎の魔法を使う事なのだが。
「どういう事なんだろうねー? 克服できるって事伝えてるのかなー。まあ姫ちゃんならできるだろうとは思ってるけどー」
ひたすら首をひねるのみだが、答えが分からないのでしょうがない。
操作を続けて、キャラクターは屋敷の一番奥へとたどり着いた。
「ここが、目的地かなー」
施設の奥、あきらかに重要そうな場所の扉を開け、中へと入っていく。
おそらくこの屋敷持ち主の私室かなにかなのだろう。
他の部屋とは明らかに豪華な作りとなっていた。
キャラクターは、その部屋を歩いて中央へと向かう。
そこにはイスがあって、人形が置かれていた。
「何だろうねー、何か見覚えがあるようなー。特に何の根拠もないけどー。嫌な感じがしてきたよー」
しかし、いつまでもじっとしているわけにもいかない。
キャラクターは人形へと近づいていった。
そして、
人形を手に入れたところで、ブラックアウトした。
パソコン画面どころではなく、すべてが、だ。
思わず、「あ、死んだかな」と考えてしまったが、本当に死んだのなら考える事すらできないはずだ。つまりまだ生きている。
啓区がそう自覚した瞬間、今度は別の場所に立っていた。
「わー、すがすがしいほど脈絡がないー」
唐突なワープで脈絡はなかったが、関係性はあったようだ。
目の前に屋敷が建っていた。
「たぶんー、さっきやったゲームの場所なんだろうねー」
啓区がいるのは屋敷の外、玄関の前だ。
そこには他に、顔を隠した白い服の集団とその人物に対面している未利、そして少し離れた所に姫乃達やコヨミ姫、イフィールを含めた城の兵士らしき人達がいた。
啓区は状況をよく知るために近づいていく。
この自分の姿は彼等には認識されていないようだった。
空気の流れも、空に輝く太陽の熱も肌は感じていない。
おそらく目の前の光景はただの映像なのだろう。
近づいてよく観察すると、未利の服が普段見慣れているものとは違うことに気が付く。
彼女には似合わない、元の世界にいたころに着ていたような可愛い感じの薄桃色を基調とした服だ。
「町にいる人質達がどうなってもいいのか」
白覆面の中の一人が声を張り上げる。他の者とは違って作りが少しだけ違う、リーダーのような存在なのかもしれない。
それに、離れたところにいるイフィールが悔しげに言葉をこぼす。
「く、せめて紺碧の水晶が我々の手にあれば……」
その言葉の意味は啓区には分からない。
分からないが、状況が姫乃達に不利で進んでいる事ぐらいは分かった。
「きっと、私が統治領主らしくちゃんとしてなかったからこんな事になったのね。もう逃げない。だから、責任をとるわ」
コヨミ姫は一歩前に進み出て目を閉じた。
「貴方達の企みは失敗するわ。私の命をかけてみんなを守るから」
「いけません、姫様! その魔法は……っ!!」
イフィールが制止の声を上げる。だが、彼女はその言葉を聞かない。
「統治領主……、姫だと……、まさか……っ」
戸惑いの声を上げる白覆面立を置き去りにして状況は変化していく。
コヨミ姫の体から魔力が流れ出し、淡い光が彼女を包み込んだ。
「これが、私の星詠の力の本当の使い方。星詠魔法、ステラシェール……っ!」
コヨミ姫の体を包む輝きが増した。あまりの光量に目を閉じるが、それでもなお瞼の向こうから視界を白く染め上げられる。
しかしその光は唐突に途絶えた。
誰かの絶叫が聞こえる。
「生きてる……?」
今ここ無事な姿で立っているのがおかしな事だとでもいわんばかりの様子で、コヨミは戸惑いの声を上げた。
そして彼女は周囲を見回し、地に倒れ伏しているその少女に気付いた。
「そんな、どうして……っ!? どうしてこんな事が……!!」
コヨミの絶叫を残して景色は唐突に切り替わった。
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