第4章 海の男 09



 目の前で猛威を振るう魔獣に意識を集中させる。


 ツバキ君になあちゃんを任せて、未利と共に見張り台にのぼること数分。

 炎は沈静化していて、魔獣は勢いを取り戻しつあった。

 その様子を見て確かめながら姫乃達は頂上にたどり着く。


「ツバキ君に聞いて、魔獣って石が体のどこかにくっついてるらしいんだけど……あった」


 イカの魔獣の頭部に黒く小さな石が埋まっているのが見えた。


「この距離、狙えるか……」


 未利が弓矢を構えるが船がぐらついて、なかなか難しい。

 スピードは先ほど落ちていが、雨粒や風の抵抗もある。

 当てるのは至難の技だった。


「くっ、せめてもうちょい大人しくしててくれれば、やりやすいってのに」

「私が、やってみる」


 弓で狙えないのなら。先ほどの魔法でもう一度と思ったが。


「っ、ぁ」

「姫ちゃんっ!」


 魔獣の身動きによって、船が大きく揺れ動き、傾いた見張り台から体が投げ出された。


「――――っ!」


 すんでのところで、ヘリに捕まったが。完全に足が浮いている。


「今、引き上げ……なっ、このままだとまずい」


 こちらの気配に気付いたのか、足の一本ががこちらに伸びてきて、未利はそれを迎撃せざるをえなくなる。


「このっ! 寄るなイカ野郎、スルメにすんぞ、こら」


 姫乃は何とか体を引き上げようとするが、体を特別鍛えてるわけでもない。自分一人の体重を持ち上げることは想像よりも難しい事だった。


 手を滑らせないように必死に見張り台の縁にしがみつく。

 あの石を砕く事さえできれば、揺れも収まって攻撃もやむ。何とかなるのだ。


「未利、弓で狙ってみて」

「でも、こんなんじゃ当たらない」

「大丈夫、かもしれない」

「何か考えがあるの?」

「うん、私の魔法の後に……」


 当たらない攻撃を当てるにはどうすればいいか。

 攻撃の範囲を広くすればいい。

 下から姫乃が炎の魔法で攻撃した時、たぶん上まではとどかなかった。

 なら……。


「炎が燃えるには……酸素。風で誘導して、送り込めば」


 姫乃はもう一度集中する。

 熱い炎のイメージを頭の中に思い描く。

 全てを燃やし尽くす灼熱の炎を。


「お願い……っ」


 言葉と同時。

 熱気が、頬を撫でた。

 魔獣を真っ赤な炎が囲む。


「未利!」

「オーケー!」


 未利が魔法を、風矢を魔獣の周囲へと打ちこんでいく。ほどけた風は、外側から酸素を取取り込み、炎を煽り立てる。空気の流れは止まらず、渦を巻きながら頭部へとのび巨大な体を包み込む。


『――――――――ッッ!!』


 魔獣は甲高いなき声をあげ、身をよじる。

 魔石の周辺の体が焼けて、身動きする巨体からはがれた。


 小さな黒い石が甲板に落ちるやいなや、魔獣はみるみる内に小さくなって、逃げるように、海の中へと姿を消してしまった。


 それを確認した後。下の方で歓声が上がる。


 そのあと姫乃は、未利に引っ張られ、風の魔法の補助を受けながら、なんとか落下の危機から免れた。


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