第1章 死にゆく町で



 ある日突然、異世界に転移してしまった姫乃ひめの。彼女は戸惑いながらもエルケという町で同じく異世界に転移してしまった仲間達と出会い、その町の住人ルミナリアの協力を得て、毎日過ごしていた。姫乃はミナリアの紹介で調合士セルスティーと出会うのだが、その出来事をきっかけにして終わり行く世界に対して自分の出来る事を一つずつこなしていく事を決めるのだった。

 セルスティーに助力を求めれられ仲間の未利、なあ、啓区と共に町を出た姫乃は湧水の塔にたどり着く。そこでは、世界を助ける重要な調査が行われるはずだったが、謎の攻撃を受け、叶う事がなかった。

 ろくに抵抗もできない姫乃達はセルスティー一人ひとりを残して、その場からの撤退を余儀なくされてしまう。





 ??? 『姫乃』


「う……ん……」


 ぼんやりとした意識が覚醒に向かう。


 結締姫乃ゆいしめひめのはわずかな眠気を残して、ベッドの上で目を覚ました。

 身を起こし、ゆっくりと意識を覚醒させる。その途中で、自分が持っている最後の記憶を手繰り寄せた。


 湧水の塔にいた姫乃達だったが、セルスティーは一人で敵の攻撃をうけおう事になった。そのとき姫乃は彼女に駆け寄ろうとしたのだが、未利や啓区たちに押しとどめられたのだ。

 何か叫び声を上げた気がするけれど、詳しくは覚えてない。必死だった。このままでは駄目だと思って……、何とかしたかった。けれど結局、何をするまでもなくその声ごと転移の光に飲み込まれてしまった。

 そして気づいたらここにいる。


「ここは……? セルスティーさん……」


 転移台で転移させられたのだから、塔内ではないはずだ。

 この場所は一体どこなのだろうと、あたりを見回す。


『お、やっと起きたか』


 姫乃が身を起こしたことで、近くにいた存在が声をかけた。


『弓女とか亀男とかチビとかが心配してたぞ』


 それは未利とか啓区とかなあの事だろうか。


 そう思いながら声の主を探そうとする。だが頭を動かそうとする前に、何かが目の前に顔を突き出した。いや頭。頭部といった方が正しいか。


 湿った黒く丸い鼻先。その下には鋭く尖った牙が並ぶ口。

 顔肌を覆い尽くすのはふわふわした白い毛並で、鼻のちょっと上にある黒い瞳は興味深そうに丸くなって、こちらを見ている。


「……ぇ…………?」


 姫乃は思考停止した。


 だって、え?

 当然だろう。

 声の主がいると思ったところには、想像していたのとはまったく別の生物がいたのだから。

 そこにいたのはウルフ―ガと似たような体をした大きな犬(狼?)だった。


「―――っ!」


 思わず悲鳴を上げて、その場から身を引こうとした瞬間……、


『うわっ、待て待て待て。待てって! 今叫ばれると、避難民達にいらん心配かけるからとりあえず待て!!』


 そこにいた白犬(狼?)が慌てた様子で、牙の並んだ口を開き言葉が発する(男の子の声だ)。ついで、前足を掲げ、慌てて左右へ振ってみせた。


『とにかく落ち着いてまず自己紹介だな。うん。言うぞ。俺の名前はレト。お前と同じ同郷出身で、うそ偽りなく、中央心木ちゅうおうこころぎ学園の生徒だ。ほら名乗ったぜ。そっちのお名前は?』


 いろいろ聞きたいことも確かめたいこともある(考える時間、思考を整理する時間とかも)。

 が、危害を加えられる様子はないようだし、彼(?)はこちらの返答を待っている。姫乃は落ち着いて自己紹介に応じた。


「私の名前は、結締姫乃。他の皆は? それに貴方って……」

『いや、促しておいてなんだけど立ち直り早いな。あの三人といいお前といい……。まあいいや、そこのテーブルにめし載ってるから、それ食いながら話そうぜ』


 目の前のレトと名乗った彼は、ベッドに離れた所にあるテーブルを顎で示した。


 テーブルにあったのは、白い穀物を甘めのお汁で煮込んだ雑炊のようなものと、黒っぽくて固いパンだ。

 ベッドから起きた姫乃は手を合わせて、ありがたくいただいた。

 お世辞にもおいしいとは言えない食事だったが、食べさせてもらっているので文句は言わない。

 食べている間、レトがテーブルの向かいから、この地域の情報と姫乃達がやってきた時の事を話してくれる。


 現在地はこの異世界の東の果て。世界の真ん中にある中央大陸のその東部を飛び越え、さらに東の海の中の小島だ。そのリュリュアンヌ島のクリウロネという町に、姫乃達は転移してしまったらしい。これより東に町はない。本当に東の果てだった。


 そんなクリウロネの町は、終止刻エンドラインの進行によって世界欠落スコアフォールの発生や憑魔の増殖による甚大な被害を受けた。人々は、これ以上町に留まる事ができなくなったため、町を出て西へ避難するのを余儀なくされたらしい。そして今はまさにその、最後の避難民が町を出る最中なのだそうだ。


 姫乃達が転移してきたのは、その最後の組の人達が旅立ちの準備に追われる最中だった。白い光が町に降りてくる光景を見て、人達は軽く驚き、小さなパニックを起こしたという。

 当然、光につつまれて降りてきた子供たちをどうするかで混乱した。そんな彼等を黙らせたのは黒髪黒目、浅黒い肌の少年……ツバキだ。

 ツバキは、魔力を爆発させて人々を黙らせた後、姫乃達を頼むと言って、何の事情説明もせずにその場から消えてしまったらしい。


 落ち着きを取り戻した人達は残された子供達を前にして、さすがに無抵抗な者に乱暴なマネをする気にもなれず、こうしてレトが面倒を見るという事に落ち着いたのが今だという。


 一足早く目が覚めたらしい仲間の三人は、それぞれ今と似たような話をレトとして、外で最後の避難準備を手伝っているらしかった。


「ツバキ……さんって」


 そこまで話を聞いての姫乃は感想を抱く。


『ホント、マジで驚いたぜあん時は。いきなり魔力を爆発させやがるんだもんな。子供の皮かぶった夜盗か何かかと思った』


 無抵抗の人を脅すなんて、何してくれてるのだろうか。


 助けてくれたのは素直に感謝してるが。

 もう少し言葉を尽くす努力をしてくれてもいいと思う。

 名前も分かって、危険も知らせてくれて、ちょっとは喋ってくれるようになったのに。

 そもそも彼はどこに行ったんだろう。

 セルスティーさん、助けに行ってくれたのかな?

 無事ならいいけど……。






 クリウロネの町 町外れ 『+++』


 レトと姫乃が会話しているのと同じ頃。

 町はずれ、害獣除けに設置されている頑丈な策の近く。

 町の名前が書かれた立て看板を前に、数人の大人達があれこれ話していた。


「この町もこれでお別れだな」

「最後に町の看板を持っていかないか? 町は無くなってしまうがせめてこれだけでも守ろう」

「思い出の品代わりね。いいんじゃないかしら」


 会話の内容は、看板という名の旅の同行人を増やすかという会話だ。流れてとしては、意見はおおむね賛成でまとまりつつあるようだった。


 その看板のある所からはよく町が見える。

 土地の高低差の関係で、町の入口の方から中心部にかけて低くなっているのだ。

 そこに立つ人達は、町の方をなんとも言えない表情で見つめていた。


「この町に来たばかりのときは不思議な光景だな、と思ってたよ。すり鉢みたいだって思った」

「そいや、あんたは十年前に来たんだっけ。よくあんなタイミングで来たよな。終止刻エンドラインがもうそろそろ始まるかもしれないって時期に」

「本当、呆れちゃう。生まれた土地から離れたくないっていう奥さんの理由だけで、こんな最前線に移り住んじゃうなんてね」


「もうこれで最後になる」と、彼等はは長年住んだ町の景色を観ながらの思い出を語る。その声にはこらえきれない哀愁と懐かしさが含まれていた。


 だがそんな話をしながらも手はとめずに、丁寧に町の看板の引き抜き作業をしていく。傷をつけないように、優しく。長い年月をかけて役目を果たしたことを、労わるかのように。


「これで、もうお別れになるのか……」

「戻ってきた時には、もう町はないよな」

「最後を見てあげられなくて残念ね」





 複雑な表情で看板を手に言いあっている彼らから離れた所には、最後の避難民建がいた。

 皆一様に、これからの長い旅の始まりの時を待ちながら、目に焼き付けるかのように町の方を見つめている。


「なあ思うの。みんな、エルケさんを出て「またね」ってした時のなあ達とちょっと似てるの。「またね」ってする為の準備してる時はクロフトの町にいた人達みたいなの」


 避難民達に交じってフレンド力を発揮していた希歳きとせなあは、離れたところにいる人たち……看板を手になごりおしそうに町を見つめている一団を見て呟いた。


「なあは、二回も住んでる町にさよならしたのかー? さよならが好きな人なのかー?」


 この短期間である程度なあと打ち解けた住人、少年のラルラがその言葉に反応してなあに話しかる。

 本来なら、女性や子供は早い段階で町を避難させられるのだが、この少年は少々事情が特殊だったので最後になってしまったのだ。


「なあは、さよならは好きじゃないの。でも必要なさよならさんはするの」

「必要なさよならってなんだー? どんな理由なんだー?」

「うんとうんと、お友達のお手伝いしたり……、行くとこがあるから、とかだと思うの」

「よく分かんないなー? じゃー、ラルラがさよならするのは、どんな理由のさよならだと思うんだー?」


 疑問系ばかりの口調での疑問系の多発する会話だった。

 しかしなあは、そんな疑問のあふれる会話にもしっかりと答えた。


「うーんうーん。えとえと……。んと……。頑張るためだと思うの」

「何でだー?」

「うううーん。危険にならない為なの」

「危険かー、そっかー。そうだー」


 脳から湯気が出てきそうなくらいに、悩んだなあの答えにラルラは一応納得してみる。


「でもそれって、当たり前のことだよなー。知ってたけどなー」


 そして悩んだ時間を、ポイした。


「ラルラちゃまは、知ってたの? すごいの」


 ここまで、悩んだ時間をあっさりふいにしてみせたラルラの発言にも、寛容……(というよりは気づいてない)なあちゃんに、ラルラは「変な人かー?」とケラケラ笑って見せる。


「なあは普通の人間なの」

「知ってるぞー。でもなー……」


 二人の周囲にいる避難民たちの顔色を見てラルラは小声で続ける。


「いっしょけんめー悩んだりなー、さよならしたりなー、旅したりしてなー、危険なの回避してまで頑張る意味あるんだろうか、ってなー。思うわけだぞー。そこんとこ、どうなんだろうなー」


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