第三幕 立ち向かう意思
序章 まどろむ夢の場所
??? 『ディテシア』
どこかであるが、どこでもない空間。
私の精神はどことない空間に浮かんでいる。
そんな状態を、認識していた。
確か、体を休める為に横になったのが最後の記憶だ。
それで気が付いたらこの空間、というわけだった。
やがて、そんな状態に変化が訪れた。
そのどことない空間に色が付き始める。そこは見知った景色だった。故郷、一応そう言ってもいい場所だ。
周囲には小さな民家がまばらに建っている。吹けば飛ぶような安っぽい作りの建物ばかりだった。
あまり恵まれた土地ではなかったからだろう。鼻につくような空気を思いだす。実際は今この鼻は何も感じてはいないが。確かにこの村には貧しさの空気が漂っていた。
「ティシア、待ってくれよ! ……ふぅ、追いついてよかった」
声が聞こえる。
ああ、これは夢だなと結論づけた。
私は夢を見ているのだ。
なぜならその声は、この時代に聞こえるはずのない声だから。
「黙って出ていくなんてずるいよ。まだ返事ももらってないのに、僕を置いていくつもり?」
その声の主は憤慨だと頬を膨らませる。女みたいに女々しい奴だった。
このセリフに私は何と答えただろうか。思い出せない。
千と百年ばかりの時の流れは些細な思い出を消しさってしまう。
大事な思い出も、取るに足らない思い出も。
憎らしいものだけは、変わらずに残っているというのに。
「うん、そうだよ。僕もついていくよ。君の道の手伝いをしたいから。良いだろう? 旅は道連れ、一人より二人、だ」
しばらく見ていなかった夢。今、私はどんな表情をしているのだろうか。
鏡がないので分からない。あったとしても、見たいとは思わないが。
「君の理想を僕に手伝わせてよ。そして一緒に成し遂げよう。この世界に住む、全ての人が幸せになれる世界の創造を。誰も悲しい思いをしなくてすむ世界を」
嬉しそうにいうその言葉に、
「そんなのは無理だ。ディラン」
私はそう続けた。きっと記憶にはないが、あの時の私もそう言った。
「…………何で?」
夢の中のその人、ディランは一転して悲しそうな表情をする。
ディランは大人しく、その時に私が言ったことを聞いている。
悲しげな顔をしていたが、それはやがて納得の色を見せて、そしてまた元の顔色に戻る。
「そっか、うん、君の考えはわかったよ。うーん、君の事は知っていると思ったんだけど、僕もまだまだだなあ」
表情の変化に忙しい奴だ。
その感想は今も昔も変わらない。
「絶対無理。だけどそれでも君は、抗う意思を持って目標に望む。僕はそんな君の事がもっと……知りた……、あ、これ告白とかそういうのじゃなくて、なしなし、こんなの無し!!」
鏡が今、手元になくて良かった。
見ずとも今自分がどんな表情をしているのか、分かったが。
しかしそれは、見れた事ができたとしても、見てはならないものだ。
しだいに、景色がぼやけていく。
目覚めの時のようだ。
かすむ景色の中で、二人は町を旅立って行く。その輪郭すらおぼろげな二つの背中に向かって。
「…………」
私は、
かつてティシアと名乗っていたその女性は、
自らの名前を捨てたディテシアは、
何かを言いかけて、何を言うつもりだったのか思い至る前に、夢が終わってしまうのを見た。
目を開ける。
薄暗い部屋の中だ。
寒い。冷気が部屋の中に満ちている。
当たり前だ。建物の中とはいえ、ここはリフリース凍土。極寒の地なのだから。
本来は自分に睡眠など必要ないが、この体の持ち主のせいで休息を必要としていた。
あまり無駄なことに時間を割きたくはないが、眠らねばならない、仕方がなかった。
依り代なしでは自分は活動できないのだから。今は。
そろそろ、道具達の動向を確認しなければならないなと思い起こす。
自分のしなければならない事は、
四宝の回収。サクラス・ネインの息のかかったものの抹殺。
当面はその二つだ。
ルミナリアは後でいい。聖堂教も。
この世界を壊す為にはまだまだ時間が必要だ。
もっとも、これまでにかかった千百年ほど、長くはかからない予定だが。
「――」
口の中でだけ、彼の名前を呟いて、身を起こした。
さっきまで見ていた甘い夢の名残を、心の内から払いのけて。
それは今の自分には、必要ない物だから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます