第27章 旅の再開
イカロの工房 『姫乃』
前日の疲れを残しながらもどうにか起き出した姫乃達は、イカロに声をかけられて彼の工房に集まっていた。
「むにゅむにゃ……羊さんが三匹……なの」
卵を抱きながら立った状態で、なあが寝言をこぼしている。その腕にあるのは桜の木の下から掘りだした卵だ。
町を離れる際に、家に置いておいて何かあってはいけないという事になり、かまくらに収納して持ち運んでいたのだ。
普通の卵が本来置かれる環境とはまったく違う環境に置かれていた卵で、姫乃達は従来の管理法が通用するのか分からないでいるのだが。一応、こうして定期的にかかえたりして温めてやっているのだ。
いつもはセルスティーがやっているのだが、用事があるので今日はなあちゃんが代理だ。
「卵焼き……なの……」
そのなあちゃんは半分夢の中といった様子で、頭がフラフラ頼りなく揺れている。
玉子料理を食べる夢でも見ているのだろうか。
食べちゃわないでね……?
姫乃は定期的に、なあちゃんが卵をぱくっとしてしまわないか見ておかねばと思った。
「たく、あいつ謝りもしないでさあ……」
寝ぼけ
イカロを見捨てて自分だけ逃げた事や、戦闘中に結界内で起こしたモメ事の事に対して何も言わなかった事に憤ってるようだ。
「どこに行くんだろうねー。なんか、旅に出そうな装備してたしー」
「そんなの知らないしっ、勝手にどこでも行けば」
「むにゃ……未利ちゃまが怒ってる気がするの。カリカリするの止めにゃぴゃ……駄目なの……すぴぴー」
なあちゃんはこことは違う世界の中で未利を止めているらしい。
「あぁっ、無い……。どうして、無いんだ。そんなぁ……」
工房だった瓦礫の中で「ちょっと待っててください」と言い、うろうろ歩き回っていたイカロが突然悲嘆の声を上げた。
「どうしたんですか?」
「魔石が、これだけしかなかったんです。ぅぅ……、砕け散った後もないし……。いったいどうして」
慌てて向かうと、イカロが瓦礫の間から見つけた魔石を申し訳なさそうに見せてくれる。
手のひらの中に二つ。
たった、これだけのようだった。
姫乃達も、瓦礫をどけたり周囲を見回してみたりするのだが……。
魔石職人見習いである彼の工房には、当然いくつもの魔石があったはずなのだろうが、今ある物以外の魔石がまるで見当たらなかった。
とすると、彼が姫乃達を呼んだ目的とは、
「あの、それはもしかして、ここにあった魔石を私達に……?」
「ええ、そうなんです。助けて貰ったお礼をちゃんとしたくて……」
そういう事らしかった。
「そんな、お礼なんて……」
お礼が欲しくて助けたわけではないのに。
それに、なくなっていて困るのはイカロさんなのに、残った貴重な魔石を私達がを受け取るなんて……。
姫乃が何か断りの言葉を述べようとする前に、イカロが勢いよく頭を下げた。
「お礼っ、させてください! これだけしかなかったけど……。僕、色々未熟だし、
目の前の魔石づくり見習いに、そんなことない……と言えるほど姫乃はイカロの事を知らない。
それに、いくら姫乃が言葉を尽したとしても、彼自身が納得するかどうかは別なのだ。
「う、……受け取ってください」
いいのだろうか、と迷う姫乃を横にして、なあちゃんがふらふらと動き出す。
いつの間に起きたのだろう。
いや、立っているからには半分は起きているのだろうけど。
「むにゃ……なあ達に、くれるの? 嬉しいの。綺麗な石さん、大事にするの」
寝ぼけ眼をこすりつつも、嬉しそうに魔石を受け取る。
受け取ってしまった。
まだ気は引けている、けれど。
ここで返すのも、変かな。
そう思って、受け取ることに決めた。
「ありがとうございます、イカロさん」
ありがたく頂戴することにした。
イカロは、嬉しそうだ。
「売れない芸術家の努力が報われて、日の目が拝めるようになったって顔」
未利がその表情を端的に解説した。
手渡された魔石をじっくり観察してみる。
なあの手の中にあるのは、二つの魔石だ。
魔石と一緒だと落とさないか不安だったらしく、卵は啓区の腕の中に移動している。
「綺麗なのっ。キラキラしてるのと。キラキラしてないのがあるの!」
イカロは、目を輝かせて眺めるなあを満足げに見つめた後、その二つの石について説明してくれる。
一つは透明な石、浮力魔法が使えるという魔石だ。そしてもう一つの白色の石の方は、治癒の魔法が使える魔石だった。
姫乃達が持っている魔石の内訳は、青(水)の魔石、赤(炎)の魔石、緑(風)の魔石だ。
そして、姫乃が青(水)の魔石を、未利が緑(風)の魔石を所持している。
「これ、どうしよっか……」
もちろん誰がどれを持つのか。
人によって適性があるから、良く考えなければならない。
バランス的にはなあちゃんか啓区に適性のある魔石だといいな、と思う。
どうしようか皆で考えていると……、
「あら、あなた達こんな所にいたのね」
「半日ぶりっすねー」
セルスティーとドリンが現れた。
セルスティーが計測器を置いて回っている時に、ドリンとは湖の近くで会ったらしい。
そして、やってきたのは二人だけではなかった。
一匹のコウモリがドリンの後ろから姿を現し、なあちゃんの顔面めがて飛んでいく。
「わぴゃ、……あれ、痛くないの。何でなの?」
しかし、コウモリはなあちゃんの顔に撃突することなく、消えてしまった。
正確に言えば、なあちゃんの前に出現した空間の揺らぎにぶつかってその中に入っていった。
「え……これって、今のかまくら?」
どういてもこれは、なあちゃんの魔法が発動してる。
「うぁ、マジで? ちょっ、なあちゃん出して出して、入ってるから」
「無意識に魔法使っちゃったみたいだねー」
その揺らぎはかまくらの魔法で物を出し入れするときの揺らぎそのものだったのだ。
……生き物入れちゃって大丈夫なのかな?
中、どうなってるんだろう。
「かまくらさんっ、お願いなのっ」
「キーッ」
コウモリが揺らぎからひょっこり顔を出す。見た所なんともなさそう。
無事だったようだ。よかった。
「生存可能なんだねー人間とかも入るのかなー」
啓区がそんな事を言っている。
人間入れるの?
出来たとしても、入れたくないし入りたくないなあ。
「極悪人とか見つけたら放り込んで見ればいいじゃん。実験台に」
未利もそんなおそろしい事さらっと言わないでほしい。
出てこなかったら嫌だよ?
どうなってるか知りたいってのはあるけど……。
「あれ、あれれーなの。何か変な感じがするの」
なあちゃんがあれれ? な感じに首をかしげている。
顔を出したコウモリがかまくらの中に一度戻っていったようだ。
「キーッ」「キキ―ッ」「キキッ」
そうこうしている間に、沢山のコウモリがかまくらの中から出てきた。
「なあちゃん、まさか洞窟の中のコウモリ入れちゃってたの……?」
そうだとしたらちょっと恐ろしい。
なあちゃんだから、故意にやったわけじゃないだろうけど、でも言い換えるならそれは無自覚って事で……。
寝ている間に収納されちゃってたらどうしよう……。
起きて人が一人いなくなってるとか……。
想像して怖くなった。
「キーッ」「キキ―ッ」「キキッ」「ウキッ」
「何か、違うの混ざってるし……」
かまくらから出てきたコウモリたちはドリンの方めがけて一斉にとんでいく。
「わぷ……、苦しいっす」
ドリンさんがコウモリの大群の中に息苦しそうにしてる。
「なあちゃん、かまくら使うときはちゃんと気を付けようね?」
気をつけてどうにかなるものでもないだろうけど、一応そう言っておく。
本当に気を付けてね?
私を呑んだりしないでね? 他の皆も。
だって、怖かったから。
魔法って、一見便利なのでも使い方によってとてつもなく恐ろしくなっちゃうんだなあ。
この魔法使えるのがなあちゃんでよかった。
「人さらいとかに使えそうだよねー」
「げっ、そんなん自分から出られないし牢屋と変わんないじゃん」
悪い人に進んで悪用されたら、きっととんでもない事になってしまう。
「そういえば、貴方達に伝言があったわ。何か分からないけれど……、瓦礫の下にあるそうよ」
「伝言ですか? 一体誰から」
「私の友人から」
セルスティーさんの友人から?
瓦礫の下にあるってどういう意味だろう?
未利たちと顔を見合わせる。
「あ、もしかしてっ!」
動いたのは、人見知り影響でセルスティーさん達から距離を置いていたイカロさんだった。
あわてて周囲に散乱している瓦礫をどけていく。
その中のいくつめだったか、
建物を支えていたであろう大きめの柱をどけると、その下に魔石があった。
「あ、あぁ……ありましたぁ……」
黄色の魔石だった。
「こ、これも、どうか持ってって下さい。これ、雷の魔法が使える魔石ですから……」
「でも、せっかく見つけたのにいいんですか?」
「か、構いません。い、命を助けられて、あれだけのお、お礼じゃ、あんまり……ですから……」
泣きじゃくりながらもどうぞと魔石を進められ、姫乃はそれも受け取った。
それに、してもセルスティーさんの友人がどうしてこんなことを知ってるんだろう?
「おお、こんなところにいらしたか」
「だから、きっとこの辺りじゃろうとゆーとったのに」
「ふん、偉そうに指図しておるから、聞く耳もたんのじゃ」
魔石イベントが終わった後に
ちょうどよく新たな顔ぶれが増えた、町長さん達だ。
帽子と杖と謎の模様……、兄弟三人がそろっている。
「ぼ、僕の工房にこんなに来客が……」
イカロさんが信じられない光景がここにある、みたいな表情をしていた。
「まずは、儂らからお礼を。町の者を助けていただき感謝いたす」
代表で、一番上のキンロウさんが口を開く。恒例の喧嘩は発生しなかった。
「昨夜……といってもほとんど明け方じゃったが、コーティー様の所に今回の件を報告をしておきましたぞ。おそらくあなた方が町に戻られる頃には、情報部から姫様に話が入っているはず、あらためてもう一度事情を聞かれることになるじゃろうが、この地方の統治領主様は何よりも情報を大切にしておられるはず。お相手をする心づもりでいた方がよいじゃろう」
ギンロウもクリスタも先日の騒ぎが嘘の様に、大人しくキンロウに話をさせている。
「そうですか、それは分かりました。……運が良かったら姫様にお目通りがかなうかもしれないわよ」
こちらは、セルスティーが代表で受け答えし、後半部分は姫乃達に言葉を返す。
コーティー。コーティリアイ・ヴィルメルド・ラハウス様。
帰ったら、エルケの町のお城に住んでるお姫様に会えるのかもしれないんだ……。
一ヶ月ほど生活してたけど、直に姿をいたことがないんだよね。
セルスティーさんは金位を授かった時に会ったことがあるのかな。
キンロウは疲れたようなため息をもらし、話を続ける。
「あなた方も、これからの旅は気を付けられるといいじゃろう。あそらくあれは、人為的に引き起こされたもの、終止刻にかこつけて良からぬものが動きだしておるようじゃからなあ……」
「はい、そのつもりです」
セルスティーは、そのとおりだと頷く。
身をもって体験していた自分たちがあんな大変な目にあったのだ。
あの大陸がこれから他の地域にも被害を与え続けていくのだろうと思うと、気が重くなるのも当然だった。
「失礼かもしれませんが。この町の住人達は……、あなた達はこの後、どうされるつもりなのでしょう」
「……気を使いなさるな。わしらは、この町を離れるつもりじゃ。エルケかアーバンに受け入れてもらうつもりじゃが、まだどちらに向かうかはこれから住民同士でじっくり話し合って決めるつもりじゃな。……もともと
予定が早まっただけという町長だがその表情は暗い。
それでも、セルスティーはそれについて何も言う事はなかった。
「……そうですか。私達はこれからこの町を出発するつもりですが。短い間ですがお世話になりました。お気をつけて」
セルスティーは、そういう事だから、と姫乃達に向きなおる。
「はい、じゃあ町長さんのところに言って荷物取ってこないと」
「この時間からの出発だと今日は野宿かあ。湧水の塔ってとこまではさすがに無理だよね」
「だねー。まー、仕方ないって思うしかないよー。いろいろスケジュールが押してるみたいだしー」
「一日だけだったけど、寂しいのっ。クロフトの町さんも、もうお別れしなきゃいけないの。なあしょんぼりなの」
これからの彼等はどうするのだろう。
次の町に着くまで大丈夫かな。
家がこんなになっちゃって、職人さん達はやってけるのかな。
イカロさんのとこの工房でさえこんななのに。
「あの、町長さん。キンロウさん、ギンロウさん、クリスタさん。お世話になりました」
姫乃は最後に挨拶をしようと町長さんたち三人に声をかける。
「もしエルケに行く様だったら、私達に何か出来る事があれば手伝います。ルミナリアって子も……私の友達がいて、その子もきっと声をかければ力を貸してくれると思うんです。だから……」
頑張って下さい?
元気を出して?
次に言うべき言葉を考えて言葉に詰まる。
この町の住人でもないただの旅人が、そんな言葉をかけていいのだろうか。
そんな悩みを見て取ったのか、暗い表情ばかりだった町長さんがわずかに笑みを見せる。
「……そう思い詰める事はない。儂等は大丈夫ですぞ。壊れた物達を儂等が見てるという事は、確かにここにまだ生きておるという事であろうからな」
「生きているんならやり様だといくらでもあるじゃろう」
「もともと住処から追い出された異端児ばかりが集まっっておる。住む場所が一つ駄目になったくらいどうとでもなるに決まっておる」
ギンロウさんもクリスタさんも、キンロウの意見に頷いて同意を返して続いた。
「そうっすね、職人にとって一番大切なものは奪われてないんすから。スコップさえ振れれば生きていけるっす」
コウモリを肩にとまらせたドリンもそう口を開いた。
「儂等のことはどうか気にせず行きなさるといい。貴方方にしか出来ない事をしてきなされ。この世界の未来のためにも。貴方方自身の為にも」
暗いばかりの表情ではなくそう言ったキンロウを見て、姫乃はほんの少し安堵して、気を引き締めて旅に向かおうと決めた。
これは別れではなく旅の再開なのだと、そう思いながら。
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