第26章 壊れた物と壊れなかった物



 クロフト 町長宅前


 朝が明けて姫乃が仲間と合流した後、それぞれの疲労が限界だったようで、町長の家で倒れるように眠りについた。

 他の職人達も、同じ様な感じだった。家が壊れてしまった者や、また魔大陸に攻撃されないかと不安に思う者など……ほとんどの人達が疲れ果てた様子で、避難場所で眠りについていた。





『セルスティー』


 そんな中でいち早く起きたのはセルスティーだった。


 他の者達を起こさないように身支度を整えて、寝ぼけまなこのなあに声をかけて、必要な物を持った後さっと家を出ていく。

 そこで、灰色の髪の知人に再会した。

 魔大陸が去った方の空を見つめていた彼女はこちらに気付く。


「今回はそんなに久しぶりでもないわね、ベルカ」

「……」


 分かっていたが返答はない。無言だった。


「ひょっとして、あれはあなたの仕業だったりするのかしら?」


 目の前の女性に尋ねる。

 そんな事ないだろうとは思うが、まさかということもある。その理由は想像できないが。

 無条件で彼女を信じられるほど、セルスティーは目の前の人物を知ってるわけではなかった。


「するわけがないわ」


 憮然とした受け答えだった。

 怒らせてしまっただろうか、と思う。

 こんな惨状を引き起こしたのが、自分であると疑われたのなら誰だって怒るだろう。

 今までの付き合いからしてセルスティーの目には、そんな事など気にしない人間に見えたが。


「ごめんなさい、気に障ったのなら謝るわ」

「……」


 ベルカは謝罪にも反応を示さない。


 代わりに、セルスティーの背後……町長三兄弟の家へ視線を投げかけている。


「何をしに来たかわからないけれど、何か用があるからここに来たのよね」

「……」


 何か見に来たのか、知りに来たのか。

 彼女は、何かしらの変化の際に現れることが多い。

 その大体が小さな変化だったが、今回のはすこし大きい変化すぎた。

 セルスティーはひょっとしたら彼女が近いうちに顔を出すかもと、予想していたのだが。

 それがこんなに早くとは思わなかった。

 先ほどの質問に答えてくれるか分からないが、焦る事なく相手の反応を待つ。


 彼女は無表情な顔でこちらを向いて、しばし考えるような間を置いた。


「紫の女には会ったの? あの二人、まだここにいるのね」


 そして、そんなことを言う。


「それは、どういう……?」

「瓦礫の下に、残ってる。そう伝えて」


 誰にとは言わなかった。

 説明する気がないのか。それとも、それで分かったと思ってるのか。

 恐らく両方だろう。


 用が終わったらしい彼女は、さっと身をひるがえす。

 訊き返そうとしたセルスティーだったが、もう彼女の姿はどこにもなかった。


「本当に、来る時もいなくなる時も突然ね……」


 いなくなってしまったものはしょうがない。

 浮かんだ疑問は頭から排除して、なあちゃんのかまくらから取りだした計測器を置くべく、静まり返った小さな町へ歩き出した。





『ドリン』


 同じ頃、同じ町の中。湖の近くにある一軒の家で動く影があった。

 瓦礫とかしてしまったその建物は、魔石職人見習いであるイカロの工房だった。

 その影は辺りに転がっていた魔石をつかむと、自らが持つ背負い袋へと乱雑に放りこんでいく。


「火事場泥棒とは、感心しないっす」


 動く影に声をかけたのはドリン。


「ふん、知った事じゃない」


 応対する声の主は、カルメラだった。

 半壊したその家に入り込んで、彼女は役に立つものを漁っていたらしい。


ツノを返してほしいっす」

「何の事?」


 うっとうしそうな眼差しでカルメラは手を止め、ドリンを睨みつける。


「しらばっくれても分かってるっす、コウモリたちのツノを折ったのはカルメラっす」


 犯人はお前だとばかりに、ドリンは自信満々には言い放った。

 カルメラはそれに、否定しない。


「あれは、お前の物なの?」

「違うっすね」

「なら、私の邪魔をするな」


 カルメラは最後に辺りに視線を注いでから、背負い袋の口を閉め、その場をさっさと立ち去ろうとする。


「待つっす。ツノを返すっす」


 ドリンは後を追いかける。

 瓦礫の散乱した工房を出ると、自然とそれ以外の景色、クロフトの町の惨状が目に入る。

 つい昨日までは、こんな事になるとは誰も思わなかった景色がそこにある。


「ついてくるな。正義の味方気取り? 笑えない」

「本格的に正義の味方っぽい事をするのも格好良くて良いっすよ」

「……あの子供達は疫病神だね。馬鹿者達が、自分の馬鹿に気付かず、馬鹿をやり始める」


 ため息をつきたそうな気配だった。カルメラは、攻撃を受けて崩れた際に飛び散ったがれきたちを邪魔くさそうに避けていく。


 棘しかない言葉を吐きながら彼女が向かうのは湖の方だ。

 天高く登りつつある太陽が、湖の湖面を輝かせている。

 この町で、湖だけは変わらない姿を保っている。

 あるのはただの水、攻撃目標になるものなんて何もなかったからだ。

 そこに映し出される木も家も、ボロボロになってしまったのに。

 でも、幸いなことに、町の人間たちは皆生きている。


「こうして、洞窟の外を歩くのも久しぶりっすね。こうしてると思い出すっす。ここに来たばかりの頃の事を」






 ドリンは、自分の過去の事を思い出す。


 確か、歳が十になったばかりの頃だったか……。

 暇つぶしに遊んでいたスコップの土を掘る感触が楽しくて、穴掘り職人になろうと思った。


 ドリンは、見つけるままに堀ごたえのありそうな地面を片っ端から掘っていった。

 住んでいた町の地面を自分が望むままに、自分が思うようにどこまでもどこまでも夢中で掘り進めた。

 しかし、それによって町は穴ぼこだらけになってしまう。

 怪我人は出なかったものの、小規模な崩落が相次いだため、注意も聞かず行動改めようとしないドリンは、町を追い出されてしまった。


 もう二度とこんな事をしないのなら……、だなんて言葉をドリンは受け入れることができなかったからだ。

 穴掘り職人の自分が、穴を掘らなくなってしまったら、それは自分ではない。ドリンがドリンでいるためには、穴を掘り続けられるような場所が必要だった。

 どこかに堀りごたえのある地形はないものかとさすらって、彼はやがてクロフトへとたどり着いた。


 クロフトには、同じ様な経緯で住んでいた町を追われた者が数人集まって暮らしていた。

 ドリンは、後にそう呼ばれることになる千曲の洞窟サウザンド・ガープに住み着いて、朝も夜も洞窟堀に明け暮れた。

 若干の迷子の苦情があるぐらいは、取り立てて問題は起きなかった。ドリンが洞窟にこもっても誰も文句は言わなかったし、掘り進めるうちに内部が大変なことになっても、一つ苦笑したのち、こりゃあ迷子対策を考えればならん、というだけだった。

 彼らはドリンを追い出さずにすむ方法を考えてくれたのだ。


『好きな事をやめるなんて、職人に取っちゃあ無理な話だろう? それが生きがいなんだから』


 止めないのかと、いつか疑問をもらした時に、ドリンに職人の一人が言った言葉だ。







「これまで、誰かの都合なんて考えたことなかったっすけどね」


 居場所をくれたり、命を助けられたりしたら、気にかけないわけにはいかなくなった。


 いや、気にかかるようになったのだ。


 感慨にふけるドリンの耳に、何かを断ち切るかのようなカルメラの声。


「人間の情なんて下らない。そんな不確かなものを信じて生きている連中が、信じられない」


 カルメラの視線の先には湖面。壊れたものと壊れなかったものの両方が映し出されていた。

 同じものを見ているはずなのに、隣り合う二人は、まったく違うものを感じ取っているようだった。


「残念っすが、まだまだ自分にはその疑問には答えられないっすね」

「期待してない」


 カルメラは、背負い袋の中から一回り小さな袋をとりだして、ドリンに投げてよこした。

 手ごたえからして、コウモリたちのツノだろうとドリンは当たりをつけた。

 袋を開けてみると、若干だが他の職人たちの道具も混ざっている。

 あったら良いが、なくてもそんなに困らない物だけ返されたようだ。


「返すつもりっすか?」


 どういう心変わりかと問えば、淡泊な言葉で説明が返ってくる。


「この町から離れても、追い回されたくない。うっとおしい人間は嫌い」


 善意で返したわけではないと、カルメラは言った。

 事実そうだろうと、ドリンは思う。

 元から説得できるとは思ってなかったし、いまのやり取りで彼女の心が変わるとは思えなかった。


「ふん、……居心地の悪い町」


 他の物は返却する気が無いようだった。

 言葉を吐き捨てて、湖に背中を向ける。

 居心地が悪いといいつつも、カルメラはこんなところに立っていた。

 最後に湖面越しに町を見に来たかのように。

 女性を殴るのは正義の穴掘り職人のするべきことではないので、ドリンは残念だが持ち去られようとする品は諦めることにした。抵抗されるに決まっているからだ。


 ドリンは、ただなにもせずその後ろ姿を見送る。

 カルメラは、さよらなの挨拶も何もすることなく、この町を立ち去った。


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