第4章 謎の地下遺跡



 コーヨデル・ミフィル・ザエル統治領 中央領都シュナイデ ヴェースリーブス玩具店 『選』


「へい、らっしゃーい」


 野太い男の声に迎えられて、沢ヶ原緑花さわがはらりょっか獅子上選ししがみたすきはその玩具店に入店した。


 先日港で聞こえた、謎の雪菜先生の発言。

 最初は空耳かと思ったものの、シュナイデの地理マスターと化すまで色々な雑用や手伝い、見習い、仕事をこなすライフワークのおかげで本当にその店が存在することが判明した。受ける仕事のバリエーションも増え、素手でやっていく事に限界を感じていた現状の事もあった為、こうして尋ねてみる事にしたのだ。


 店の内部は雑然としている。

 そして物が雑多に積まれている。


 そこは掃除とか整理とか、そういう概念をなくしてしまったかのような場所だった。

 棚に収まっている商品はまだマシな方で、床に転がされていたり、箱に入ったままだったり、あげくの果てに何かの拍子で破損したまま放置されているものまで見受けられる。


「ねえ、たすき。あたし、ここの店の主人の人間性を疑ってるわ」

「奇遇だな緑花りょっか。俺もだ」


 そんな感じで、正直な感想を互いに述べ合うと、積み上げられた商品の隙間から、無精ひげを生やした店主らしき男が顔をのぞかせた。


「こんな店に来るなんて、お客さんも物……。何だ、子供か」


 ちっ、と舌打ち一つ。

 不機嫌そうな表情を隠そうともせず、さっさと奥へと引っ込んでいく。


「冷やかしなら帰った帰った、ガキの相手してるほどこっちは暇じゃねーんだ。遊んでばっかのそっちと違って、大人はやることが色々とあるんでな」

「な、ちょ……」

「お、おい……」


 開いた口もふさがらないとはこの事だ。

 この瞬間、基本ひとには悪感情をめったに抱かない二人にとって、新鮮な態度をとった店主の評価は、ただの怠惰で怠け者の店主から、怠惰で怠け者で失礼なロクデナシ店主へと、猛烈な勢いでうなぎ上った。


 子供だからと甘く見られる事もあった。

 労働力と見ていいのか、不安そうな表情をされることもしばしばだ。

 たまに、隊商の護衛で出会う夜盗とかは、いろいろ失礼な事を言ってきたりはするが、そういう輩はもとからそういう連中だから論外として……。

 自分の事を棚に上げて、他人についてそんな失礼な言葉を暴投したのは、この人間が初めてだった。


「ちょっと! そんな言い方ないじゃない。確かにあたしたちは子供だけど、掃除も整理もできない、まともな勤務をしてるとも思えないアンタには言われたくないわよ!!」

「忙しいって言ったけど、何やってるんだ。この店、俺たち以外の客が誰もいないだろ」

「ああん、うるせえな。営業妨害だって、衛士えいしにつきだすぞ」


 奥に行った男が戻ってきて、表情を思い切りゆがめ凄みを聞かせる。

 が、はっきりいって何十何百と夜盗や害獣がいじゅうを倒してきて、隊商の間で破壊の災厄ザ・クラッシャーだなどと大仰に呼ばれるくらいになっている二人には全く効いていなかった。


 それに、町の犯罪集団や通り魔だの捕縛に協力した関係で、この町の衛士とは少なくない縁がある。

 仮に突き出されたとしても、問答無用で、理由も聞かずにこちらが悪者にされるなんて事は無いだろう。


「行くわよ選、こんな店に置いてある道具なんて……」


 購入したところで、使える気がしない……と緑花はおそらく思っただろう。

 自分の命を預けることになるものだ。

 得体の知れない……というより、得体の知れている物の店に置いてある道具など、どんな不都合を起こすか分からないし、まともに道具として機能するのか怪しいものだからだ。


「いや、ちょっと待て。あれについて一応聞いておいた方がよくないか?」

「あ……。そういえば、あれを確かめなきゃいけなかったわね」


 衝撃玩具店内部と衝撃店主のおかげで今まで忘れていたが、ここに来たのはそもそもあれを確かめるためだったはず。

 いったい何を話しているんだそろそろ追い出そうか、などと考えてる事がそのまま表情から読み取れる店の主人に、緑花はあれを確かめることにした。


「ねぇ、黒いチョロロはかごの中ってどういう……」

「ひ、ひぃぃ!!」


 緑花が言葉を言い終わらないうちに、店の主人は顔を真っ青にして腰を抜かした。

 先ほどまでのふてぶてしい態度はどこへやら、おびえ切った様子で奥へ引っ込もうとする。


「あぐえっ」


 とっさに選が、襟の裾を掴んで引き留めると鶏でも絞殺したかのような声が店主の喉から出た。


「あ、悪い。つい水連すいれんを止めるときのクセで……」


 態度も口も気に入らないが、人に対する止め方じゃなかったなと、選は謝る。

 その人に対する止め方じゃないやり方を、普段水連にはしているが、あれはしょうがない。一秒野放しにすると、その一秒分だけトラブルに巻き込まれてくれるのだから。


「ひぃぃぃぃっ! よしてくれ、俺はもうあんなのには……かかっ、関わりたくないんだっ。平穏に暮らしたいんだよ」


 あまりの怯え様に、二人は顔を見合わせてしまう。

 口ぶりから察するに何か恐ろしい目にあったみたいだが。

 武器を調達する話ではなかったのか。


「まさか、まま、まさかこの町の地下にあんな物があったなんて、黒歴史だ!! 歴史の暗部だっ!! 消されるうううぅぅぅぅ、俺は消されちまうんだああぁぁぁ」


 選に襟首を掴まれながらも、必死の形相で少しでも話題の根源である二人から離れようとする店主。

 その鬼気迫る様子を見て、二人は。


「とりあえず、よく分かんないけど案内してくれない?」

「まあ、まず行って見てみるのが一番だよな」


 などとそんな世間一般では、ありえないだろうとされるような結論を、まるで散歩にでも出かけるかのような調子で、はじき出したのだった。

 





 シュナイデ ???


 そして数日後。

 ここはコヨミ姫の統治する中央領都ショナイデの町の地下だった。


 そのはずだと、選達は思っている。


 詳しい現在地は分からない。

 ヴェースリーブス玩具店という店に行き、その店の店主に雪奈先生らしき人が言った合言葉を伝えたら。無闇やたらに怯えられた。その後、この場所の地図を放り投げられるように渡されたのだ。


 取りあえずやっぱり気になるので、その地図を元に目的地を探索することになって、遺跡っぽいところに入り込んでしまった。約半日ほど内部を探索したが、そこらを徘徊していた害獣に追いかけられたり戦っているうちに現在地が分からなくなり、どこか入り組んだ奥に入り込んでしまったというわけだ。


 ……で、入ったとたん何が原因だったのか仕掛け床が作動、下へ下へと移動したのち二人は現在町の地下にいる、という状況が現在だ。


「声を信じればだけど、ここに来れば武器が手に入るって話じゃなかった? ねぇたすき

「おう、そのはずなんだよな。うーん……」


 おかしい、何を間違えたんだろう。と二人は考え始める。

 考えながら、根っこがたくさん生えているやたら毒々しい色をした、おまけにほんのちょっとカビが生えている食人花……ツリーメメントのご当地版に木刀と拳を叩きつける。

 それらの敵は地下に潜ってよく遭遇するようになった種類だ。


「ねぇ選。客観的に考えて、あたし、武器持った方が良いと思う?」

「必要ないんじゃないか……って言いたいとこだけどな。この世界に来てばっかの時、商人さん達を守るために使ってただろ。ほんのちょっとだけ動きに無駄があった」

「そうよね、けれどこの世界の動物って……」


 緑花が言いよどんだその隙に、ツリーメメント地域版が襲いかかってくる。

 ぐぱぁっ、と開いた大窯みたいな胴体の中から、どう考えても無害とは思えないかび臭い胞子がまき散らされ、緑花は慌てて後方へ退避する。


「素手でやるのきついのよね……」


 こういう特殊な攻撃してくるのもいるし。と緑花は思う。


「かといって、俺ら魔法の方はからっきしだしなぁ」


 現在別の仕事請負中の華花にしても、ごくごく初歩的な魔法しか扱えない。

 魔石があれば何か違うかもしれないが、生憎高価な品物であるそれを買うだけの資金は自分たちにはまだ無かった。

 そんなこんなで、武器との折り合いをどうすけるか考えながら魔獣をなぎ倒していくと奥の方に一際重厚そうな扉が見つかった。


「RPGで言うと、いかにも何かありますって雰囲気の扉よね。どうする? 開けてみる?」

「そりゃあ、ここまで来たんだしな。ま、何かあっても何とかなるだろ。俺らなら」


 と、本当にそう思って信じきっている様子で、自然な口調の選が言う。


「……そ、そうよね。なんたってあたし達は、校内一のベストコンビって言われるくらい……だし。相性抜群だものね」


 主にベストのらへんと相性抜群のらへんに微妙に力がこもった発音だったが、選は気づかなかった。


「ま、幼馴染で今までやって来たからな」

「そうよねー……」


 当然返事がいい加減になった。

 緑花は「分かってたけど」というような目をして遠い目。


「ああ、じゃ開けるぞ」


 そんな相方の様子に微塵も気づく様子はなく通常営業でそういうと、選は何のためらいもなく扉に手をかけて押し始めた。


 その行動がどこかの城で働く者達をあわてふためかせる事になるとは、まるで思わずに。







 シュナイデ シュナイデル城 魔動装置研究室 『アテナ』


 うららかな午後の昼下がり、のんびりとお昼寝でもしたくなるような時間に、その部屋の中は慌ただしい喧騒に包まれていた。


「遠隔操作用の魔法陣起動しました」「防御装置に問題がでてます」「一番から七番が停止、別の個所も停止してます」


 王城直属兵士の研究員用の灰色の制服を着た複数の者達が、怒号を飛びかわせながら部屋の至る所にある機会をいじっては走り回っていた。


「保険に作っといた魔法陣を起動してくださいです。そこ、「F」のマークのとこです。あー、今日はルーンとデートだったのに、なんでこんな事になってるですです!? 封印が破れてるのに何で誰も気付かなかったですかっ!?」


 その中、何もかもが動き回るような空間で、一人の静止している人間が指示と割と切実そうな愚痴を飛ばしていた。


 彼女の名はアテナ・ルゥフェトル。


 身長は成人女性よりかなり低めで、子供に間違えられそうな身の丈。顔立ちは平均的で、どこにでもいるような一般的な造作をしている。髪は無造作にゴムで束ねてあり、前髪にあたる部分は視界を妨げないようすべて後ろに流してあった。

 けれどその眼には、すさまじく研究熱心な輝きを宿しており。今もこの部屋の熱気と同じくらいの眼光を放ち爛々と光っている。


 そんな容姿をした彼女は、この部屋の責任者だった。

 そして、アテナに支持されて彼らが慌ただしく動いている理由は一つ。つい今しがた町の地下にある大規模魔法封印が解かれてしまったからだ。


「……あれは本当にもしもの時にしか出してはいけないんですです。それなのにどうして破れちゃってるんです!?」

「申し訳ありませんアテナ研究主任! ですがもう百年ほど変化の無かったものですから……」

「言い訳は後にするですです。ああもう、埒があかない、そこの貴方、応援を、応援を要請してくるです!!」

「え、はいっ!」


 泣き言を言ってくる部下達は置いておいて、目についた一人にそう言い放つ。

 すぐに了承の返事を返して、その女性は部屋の外へ。


 ……やっぱり男はだめです。いざという時使い物にならないから困りますです。世界一なダーリンは別として、ですです。とくに姫様の統治に置かれてからは、変なトラブルもおきてないから、こういうトラブル慣れしてないのが痛いですね……。


 それは歓迎すべきことなのだろう、平時においては。

 だが今は終止刻エンドラインだ。

 この先必ず訪れるであろう危機的状況を考えれば頭も痛くなる。


 とくにこのシュナイデの町は、東寄りで早期に確実に必然的に甚大な被害を受けるというのに。


「いそがしそうね、アテナ。応援連れて来たわよ」

「ああ、姫様ですですか。今はかまってあげてる暇はないので、隅っこで邪魔にならないようにしてほしいです」


 と、アテナは犬でも追い払うようにしっしと手を振る。自らの仕えるべき、姫に。


「な、ちょっと。この研究馬鹿、引きこもりすぎて耳が悪くなったの! 応援連れて来たって言ったでしょ!!」


 もちろんコヨミは犬のような扱いを受けて、さっきまでの態度を変えて、ぷんすか怒り出す。


「あー、さっきの人、入れ違いになっちゃったようですですか。仕方ありませんです。とにかく助かりましたですです」


 いくらなんでも来るのが早すぎる。先ほど送り出した女性は無駄足にさせてしまったようだ。


「ふん、まあいいわ。これにこりたら二度と私の存在を無視しない事ね。3786回目は無いわ」


 そんな付け足されるようにした一応の感謝の言葉を受け入れ、コヨミは人目を気にしながらはがれた姫の仮面を付け直して、答える。微妙にずれてはいるが。

 周りの研究員はそれどころではなく、忙しさと忙しさの掛け算のように動き回って、気に留めた様子は無い。


 一領主の統治者が現れたというのに、誰も気に留めた様子が無い。


 誰も無い。


「せっかく、『そうですかー』を振り切ってまで、駆けつけて来たのに……」


 巨体の護衛は、護衛対象に振り切られてしまったらしい。大丈夫なのか城の警備は。分野は違うけれど、一瞬心配になった。

「そうですか」しか言わない兵士グラッソの顔を思い浮かべて思った。


「はーい、えらいえらい。では、貴方達はそこの魔法陣の修復をお願いしたいです。魔力を注ぎ込んで魔力を補充してくださいですです。細かい指示は、私の部下が出しますです。はい、姫様高い高―い、構ってあげたですですよ」


 それを見たアテナは、適当な感じでコヨミの脇に手を入れ、身体を上方向に移動させた。

 つまり、たかいたかーいをした。


「ちょっとぉ!! 子ども扱いしないでよ、持ち上げないで!」


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