第31章 終わる世界(上)
ラナー邸前 『姫乃』
元の場所に戻ってもルミナリアはもういないだろう。
あれから結構な時間が経ってしまったからだ。
ルミナリアの家か、セルスティーの家か。二つの選択肢を考える。
彼女ならきっと、いなくなった私を探そうとするだろう。みんなに声をかけて、手分けして。
……いつまでも戻ってこない私を、心配して。
だから当然、行くのはセルスティーの家だ。
きっと、皆にとても心配かけちゃってるんだろうなぁ。
と、セルスティーの家の前で玄関の扉に手をかけようとして、でももうちょっと心の準備がしたいなとか考えてしまい、一瞬動きを止めた姫乃。
それを見て、啓区が声をかけてきた。
「ごめんねー、姫ちゃん。僕のせいで友達とはぐれちゃったんだよねー」
「そんな、勇気君のせいじゃないよ」
こっちの事情なんて知らなかったのだからしょうがないと思うのだ。
ただ予想外の事が起きて、その為に時間を使ってしまって。
具体的にはまったりしてしまったこととか、演説会場で人の波に翻弄されてた事とか……。
それは自分が、気をつけるべき事だと思うから。
……本当に次は、気をつけなきゃ。
混乱してる場所で、一人で行動しない、と心の中にメモをする。
ただでさえ、今この町はいつもと違ってとても危うい状況にあるみたいなのだから。
「啓区でいいよー。あはは、ほんとにそう思ってくれてるみたいだから、ちょっと嬉しいかなー。姫ちゃんっていい子だよねー、ほんとにねー。でも、あんまり考えすぎるのもよくないよー。予想外の出来事っていうのは、予想できない時に起きるものなんだしー」
「……それは、そうかもしれないけど」
「そんな顔してたら幸せにげちゃうよー。むしろ先生が食べちゃうぞー、って雪菜先生が言いそうな顔してるー」
がおーっ、と啓区は手を顔の前で広げて見せる。
あ、それちょっと先生が言いそう。そのポーズもやりそうだ。
と同時にルミナも言いそうだな、と思う。
二人って、物言いといい、考え方や行動といい本当によく似てるんだよね。
「じゃ、そんなこんなでさくっと怒られちゃおーっ。ほらほら、この勢いでいっちゃえー、わー」
「う、うん」
啓区なりの応援に後押しされ、意を決して扉を開け……ようとして矢先に、その扉は勝手に開いて、その場でたたらを踏むことになる。
「あのね、そんなにそこで長時間話し込んでたら、普通住人にばれちゃうわよ」
そして、そこに立っていた呆れた様子のルミナリアに、呆れた表情をされて、呆れた声でそんな事を言われた。
セルスティー私室
「もうっ、姫ちゃんってばすっごくすっごく心配したのよ、いま皆で探しに行こうかと思ってたところだったんだから!」
「ご、ごめんルミナ。皆も……」
ぷんすかという擬音が似合うような、手を腰に当てて頬を少し膨らませたルミナリア。お怒りといえばこのスタイルが定番でしょという、なじみのスタイルで彼女は姫乃を出迎えていた。
現在姫乃は、セルスティーさんの部屋で皆に囲まれて、それぞれに心配そうな表情をされたり怒られたり説教されたりするという、非常に居心地の悪い空間に立っている。
「ごめんね、本当に……」
「ふぅ、まあいいわ。姫ちゃんだし。仕方なかったのよね。姫ちゃんだし」
一通り怒られた後で素直に謝ると、ルミナリアはさっきまでの叱りオーラを嘘みたいにさっさと収めて普段の様子へと戻っていった。
「やむにやまれぬ事情があったのよね、姫ちゃんだもの」
ええと……、すごく信頼してもらってるって思っていいのかな、これ。
されてないよりはいいんだけど。素直に嬉しいし。
話は変わって、とルミナリアは隣に立つ啓区に視線を持っていく。
「それで、その原因さんこと、全身
「そーだよー。個性的な名前の間違い方するねー。雪菜先生みたーい」
玄関から皆のいるこの部屋にやってきた時に、互いの簡単な自己紹介は済ませてあった。
視線を持って行かれた側の啓区は姫乃がお叱りを受けているときと変わらぬ(というより、記憶を調べる限り啓区がそれ以外の表情を浮かべていた事はあまりないのだが)笑顔で受け答えをしている。
と、そこでしびれを切らしたのか、なあちゃんが勢いよく飛びついてじゃれつきにいった。
子犬みたいだ。
「わーい、啓区ちゃま久しぶりなのーっ。友達増えたのっ。うれしいのっ」
先ほどからお叱りが終わるのをずっと、うずうずしながら待っていたから、その反動もあるのだろう。
「わあー、なあちゃんはこんな所にいてもなあちゃんしてるよねー。久しぶりだねー。五の二クラスの生徒Bの顔、覚えててくれて嬉しいよー」
「せーとびーさんなの? 啓区ちゃまは二つ名前があるの?」
「うーん、あだ名みたいなのだって思っとくといーよー」
啓区の手を取って上下にブンブンしたり、周りを走ってグルグルしたりとなあちゃんは中々忙しそうだ。
二人はそんなに面識が無い様だったけど、そんなのなあちゃんにとっては関係無い事みたいだった。素直に再会を喜んでいる。
反対に、未利の方はというと……。
「……誰?」
いまいちぴんと来ないという表情をして、そんな事を言っているのだから記憶にまったく無いのだろう。
「あはは、僕忘れられてるー。方城さんとは話したことな……あれ、何か睨まれてるー?」
「……別に」
方城さん辺りのフレーズで、眼光が鋭くなったのが姫乃には分かった。
当人は、不満ありげでなんでも無くは無いような表情のまま、話題から退出していった。訂正とかはしないらしい。
「未利ちゃま、啓区ちゃまと仲良くなの」
「気にしてないから大じょーぶだよー。ねー、うめ吉」
『ちー』
本当に気にしてないという風に、笑顔継続中の啓区の服の胸元のポケットから何かが顔を出して喋った。
「ぴゃっ! びっくりしたの、カメさんなの! 喋ったの!!」
啓区がポケットからつまんで持ち上げて、掌にのせるそれは本物のカメではない。機械仕掛けのカメだ。
「お手製なんだー。こう見えて人懐っこいんだよー。名前はさっき言った通りうめ吉ー。よろしくねー」
『ねー』
「触ってみるー?」
『るー』
目を輝かせて、手のひらの上うめ吉を見つめていたなあちゃんが、さらに目を輝かせた。おそるおそる、でもわくわくもしているといった様子でそっと手を近づけ、甲羅の部分を撫でる。
「なあはね、なあっていうの。よろしくなの!」
『のー』
そこから離れて、やや遠巻きに見ている一人、セルスティーさんがなあちゃんとは別の意味で目を輝かせた事は、誰も見ていない。
「あの技術、良いわね……」
そんなセルスティーが、何かに反応するように唐突に窓の外に視線を向ける。
「ちょっと外に出てくるわ」
それだけ言って、さっさと部屋を出て行こうとした。
「えっ、セルスティーさんどうしたんですか?」
あまりにも急で脈絡のない行動に、ルミナリアが疑問の声を上げる。
「鳩を頭で飼ってる様な面白い人に会いに行くとか、道端に生えている雑草を一本ずつ抜いてみる様な楽しい事ですか」
「それを面白くて楽しいと思うのは貴方だけだと思うのだけど。とにかく大した用じゃないわ、すぐに戻ってくるから」
面白くて楽しい事をするわけではなさそうなセルスティーさんは、そう言って今度こそ部屋を出て言った。
「最近、普通で暇だったから何か起こらないかしらーって思ってたのに。悪い事は起きちゃったけど。今日の薬草採取の時みたいな、姫ちゃんの衝撃告白みたいに私にとって良いこと起こらないかしら」
その姿を見送ったルミナリアは、とてつもなく都合のいい願いを呟いている。
「それは、無茶なお願いだと思うな……」
しかし、そんなセリフの前半部分にではなく、大多数の人間は後半部分が気になったらしい。
「告白!? 告白って何、姫乃まさかそういう趣……」
「ええっ、違うから! そんなんじゃないから!」
そうだよね、そっち気になるよね。
というか未利は何を言い出すのか。
「そっちの趣……」って何だろう。何だか全部を言わせてはいけないような気がして慌てて否定しちゃったけど。
「姫ちゃま、慌ててるの。未利ちゃま、どうしてなの? そういうのってどういうのなの……?」
「ええ? いや、それは……。秘密を話したって事で……べつに女子と女子が、とか……」
教えられない、純粋ななあちゃんにそんなこと教えられないと、未利はしどろもどろになっている。
そんなに恐ろしい事言おうとしてたの?
なあちゃんの天然ってこういう時に恐ろしいみたいだ。
「それってー、好きな人が出来たんだけどー困っちゃうなー的なー?」
「えっ、そんなんじゃないよっ!」
啓区まで便乗して……。
そ、そういう意味だったんださっきの。
未利、なあちゃん、啓区……。
三人がかりの言葉の嵐が吹き荒れる。
姫乃は風に飛ばされそうだ。
そんなことはさておいて、嵐を発生させた当人のルミナリアは、何かが引っ掛かるようでぶつぶつと小言を繰り返しているようだった。
「そういえば、何か言わなきゃいけない事があったような……」
いつのまにその場所に持ってきたのか、手の平の上にいるカメをつついて呟くルミナリア。
さっと、カメを頭の上にのせて続ける。
「ああっ、そうだ。町が大変だったんだわ。姫ちゃん、とうとうアレが始まっちゃったらしいんだけどそれなのに、大切なソレがいなくて、コレコレしてるのよ」
『よー』
なんで頭にのせたんだろう、と思うがとりあえず横に置いておく。
再会の雰囲気に流されて頭から追いやられていたが、町に起きていることについてまだ何も分かってなかった事を思い出す。
手ぶり身振りも交えての指示語だらけのルミナリアの説明だが意味不明だった。中空にある何かをつかんだり離したり、拳を閉じたりぱっと開いたり、ぱたぱたひらひらさせてみたり……一体何を表しているのか。
「そういえば広場で人がたくさん集まっていたみたいだったけど……」
ルミナリアの言葉で、姫乃は啓区捜索中に見た人ごみを思い出した。
「あら、見たのね姫ちゃんも。なら話は早いわ。そこでなんとね、コーティー女王様が出てきてたらしいのよ。私も姫ちゃんをちょっと探すつもりで通りかかったから」
『らー』
「女王様って、この町の……?」
脳裏に、宝石のついた煌びやかな装飾品を身にまとい、ふわふわのドレスを着たお姫様の姿を想像する。
……どんな人なんだろう。ちょっと見てみたかったなあ。
この町にエルトリア城という大きなお城に住んでいる女王様なのだが、姫乃は一度もその姿を見たことがない。
絵本の中にいるような存在はどんな人で、どんな姿をしているんだろうかと想像しながらよくお城の方を眺めたりしたこともあったのだが、見られ機会に恵まれなかったのは少し残念だ。
「そうなのよ、強そうで、賢そうで、綺麗で、美しくて、とにかく強そうなの」
『のー』
強そうって、二回言ったよね。
お姫さまなのに強そうなんだ……。
絵本の中のお姫様イメージが若干揺らぎそうになるが、この世界には魔法ってものがあるんだし、きっとすごい魔法が使えるんだろうなということで納得する。納得させた。
「どんな事を話したかっていうとね。この世界でとうとう終止刻(エンドライン)が始まっちゃったみたいって事よ。その話が良くない噂とかと一緒に広まっちゃったから、それを訂正したり大変だけど頑張りましょうって言って励ましたみたい。要約するとこんな感じね」
『ねー』
ルミナリアは、続きを話すとともにセルスティーさんの机の上に乗っている紙束を手に取った。
一枚目にタイトルが書いてある。
『すごい紙芝居』だった。
紙芝居なんだ、それ。
何がすごいのだろう。
「せっかくだから前に描いたこの絵本で説明してあげるわ。ヒメちゃんが来る前に偶然見つけちゃったのよね」
ルミナが書いた物なんだ。
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