第18章 爆発物取扱い注意



 ラナー邸


「爆発物はあの一通だけじゃないみたいね。これもよ」

「これも……って、えっ……」


 姫乃達は、町の上空で爆発した手紙を見た後、じゃあ他の手紙も調べなければと急遽ユミンも一緒にセルスティーの家にやって来ていた。


 セルスティーが爆発前に気づけたのは、あの手紙からする火薬の匂い……だったらしい。

 開封すると空気に触れて化学反応を起こし爆発する仕掛けになっていた為だと言う。


 だが、問題はその一通だけではない。

 目の前にセルスティーの手の中にある白い手紙、それも爆発物だという。

 爆発する手紙が二通って、一体どうなってるの!?


「目的を考えるのは後にして、とりあえずこれを処理しないといけないわ」

「できるんですか?」

「出来ないわ。だから安全に爆発させる」


 安全に不発の処理はできないらしい。

 セルスティーは爆発物を手にしたまま冷静な顔でいるのだが、ひょっとして慣れているのだろうか……。


「家の裏手にある焼却場に放り込んで爆発させようと思うのだけれど、貴方はいいかしら」

「あ、はい。それは、いいです」


 許可する以外は無いと思うのだが、やはりセルスティーさんだ。そういう確認を忘れない。一応手紙の持ち主の許可を取り、焼却場とやらに向かう。

 一応歩行はしているもののユミンは抜け殻だ。

 さっきの返答も、かなりぎこちなかったし。


「一体誰が、こんな危険物運ばせたんだか。るなら自分でれっての」

「やるって何をやるの? 未利ちゃま」


 何となくだけど、未利がどんな字でやると言ったのか分かってしまった。


「自分でやっちゃっても問題だと思うんだけどなあ」


 ユミンにそんな事させようとする人は許せないけど、一応事なきを得ているのだから、見えないところで誰かが危害を加えられた未来を回避できたと思えばそんなに悪くないのでは。


「とにかく、配達先の人が怪我をしなくてよかった。それを考えれば、手紙を失くして良かったのかな。……あ、ごめんユミンも苦労したのに」


 虚をつかれたような顔をしている彼女に、慌てて言い直す。


「あ、そういうんじゃないよ。そっか、そんな考え方もあるんだって思ってビックリしただけ」

「ユミちゃまはその人の恩人さんなの。失くしちゃって悲しいだけじゃなくてよかったの」


 なあちゃんの言葉に同意すると、よく聞きなれた声が廊下の対面から飛んできた。


「ヒっメちゃーーーーん、やっほー来たわよ!!」

「ルミナ!?」


 やって来たのはルミナリアだ。

 聖堂院の手伝いが終わったのだろう。


「えいっ、ウィンド!」


 こちらに向かって走ってくる最中だったのに、何を思ったのかそんな掛け声を発して魔法を発動。

 横なぎの風ではなく、下から風が沸き起こった。


「ひゃぁっ!」

「うぉわっ!」

「ぴゃっ!」


 予想もしない方向からの突風に皆、ビックリ仰天だ。ユミンなんか、驚きすぎて硬直している。

 それは、セルスティーも同様のようで。


「あ……」


 手にしていた手紙を離してしまった。

 風に弄ばれる手紙がしわくちゃになって……。


 ビリッ。


 とうとう、破れた。

 事情の分かっていいないルミナリアを除いた全員が、息を呑む。


「アクア……リウム……っっ!!」


 失敗するかも、なんて考えてる余裕はなかった。

 姫乃はとっさに、前々から考えていたある魔言をとっさに口に出していた。


 皆が怪我するのは駄目だ。

 ここで爆発させるわけにはいかないから。


 まだ修行途中の魔法の魔言だったけど、魔力が形になる。

 そして水の匂いが当たりに漂い……。





 作業室


「もう一度調べてみたけれど、他のは大丈夫だったわ」


 セルスティーが調べ終えた手紙をユミンの元に返した。


「ありがとうございます」


 ユミンは今度こそちゃんと安全な分の手紙を受け取って、笑みをこぼした。


「だから、人任せにせず自分でやれっちゅーのに……、どいつもこいつも」


 未利が何かを呟いているようだったが、ここからでは聞き取れなかった。

 あやうく殺人の片棒を担がされそうになったユミンは悄然としている。


「ばーん、どっかーん、でびっくりにならなくて良かったの」

「もうっ、びっくりしたじゃない。爆発するなら爆発するって言ってよね」

「いや、言う前に魔法ぶちかましたのはそっちじゃん」


 そう、結果的に私たちは全員無事だった。


 あの時、とっさに魔法を発動させた水の壁の魔法によって、姫乃は皆を爆発から守ることが出来たのだ。

 イメージした形と全然違ってひどいものだったけど、怪我がなくって良かった。

 その代わりとにかく大量の水を周りに、って念じたせいで廊下がびしょびしょになってしまったのだけど。


「でも、ま……今回は姫乃のおかげじゃない。ねぇ?」


 未利がルミナリアにアイコンタクト。


「ふふっ、そうね。良かったわねヒメちゃん。今回大活躍だったじゃない」


 ルミナリアが姫乃にウインクの流し目リレーだ。


「え、そう……なのかな」

「そうだよ。ヒメノちゃんが効率のいい手紙の探し方を考えてくれたからこんなに早く見つかったんだし、ヒメノちゃんのおかげでみんなさっきも無事だったんだから」

「そうかな」


 ユミンの言葉に我が事のように胸をはているルミナリアが姫乃に言葉をかける。


「ね、言ったでしょう。ヒメちゃんにも出来る事、たくさんあるのよ」

「うん、そうだね」


 胸の内にある思いは二つだ。

 嬉しいな。

 そして、良かったという二つ。

 でもそれはきっと……。


「私一人の力じゃないと思うけどな。ルミナとか未利とかなあちゃんとか、色んな人のおかげだと思う……」

「んもう、ヒメちゃんってホントに可愛いんだから」

「それは賛成だよ、ヒメノちゃんってマスコットにして持ち歩きたくなるくらい可愛いよね」


 そんな事を照れまじりに言えば、ルミナとユミンにもみくちゃにされる。


「それはちょっとホラー入ってるんじゃ……。姫乃って、ヒロインオブヒロイン……?」

「ひろーん、おぶ……ひーろーんなの?」


 一通り姫乃をもみでた後、ユミンが瞳にメラメラとした炎をのぞかせる。


「今回の騒動、結果的に未来のお得意様の命を守ったって事だけど。背後関係とかきちんと調査しなきゃ、うん。エミュレ配達の沽券にも関わるし。そういえば、あの時あの人の手紙の配達を依頼する時に浮かべた表情……怪しかったなあ。次立ち寄ったら、兄ぃと一緒にきつーくお灸をすえてやらなきゃ」


 元気になってくれたのは嬉しいけど、お灸をすえるって言葉らへんの表情が若干怖かったような………。

 言葉的に不穏な気配を感じた。


「そういうのは警吏さんとかに任せた方がいいんじゃないかな……」

「大丈夫、あたしたち兄弟はこう見えても、エルバーン乗りの侵略者兄弟って呼ばれるくらい、腕がたつんだから」


 えええええぇっ、何それ!!

 エルバーン!?

 って、あのエルバーンだよね。町を襲ってきた。

 それに、侵略者兄弟って言葉、そこはかとなく不穏な響きがするんだけどな。


「あ、そうだルミナリア、卵を保護するのはいいけどちゃんと人に見つからないようにね。今の時期は例のが近づいてて大変そうだし。あ、私達のエルバーンのエルちゃんも、卵の時ルミナリアから譲ってもらったんだ」

「ええ、分かってるわよ。もう最近では一回しかやってないから平気よ平気」


 親しげにルミナリアとそんな会話をする。


 って、ええっ!

 二人とも知り合い!?

 一回って、それ何の卵なの。まさか、エルバーン?


 もう、突っ込み所がありすぎて、どこから感想を考えればいいのか分からない。


「爆弾発言娘……」


 未利がぽつりと言った。


「うん、その通りだと思う」


 姫乃は躊躇なくその発言に同意した。


「ふぇ、爆弾さんがまだあるのっ。どこなのどこなの、未利ちゃま」


 今日は妙な爆弾に縁がある日だな。






 そんな感じで、色々突っ込み所がありすぎる手紙捜索事件の最後日は幕を下ろし、翌日はお礼のお料理(ユミンお手製だ。宿の人に頼んで台所を使わせてもらったらしい)を食べながらわいわい話したり騒いだりして、楽しいひと時を過ごした。


あにぃには秘密だけどね。今回探した手紙には……、その、……の手紙もあったんだ」

「えっ、今何て……?」

「だから、こ……告白の手紙とか、かな」

「ぇ、ぇぇぇぇぇぇ……!」


 最期にこっそり打ち明けられた話には、そんな重大エピソードを打ち明けられたり、その告白が成功した時のカミルさんのうなだれ様が想像できてしまったり、楽しいだけでは終わらなかったけれど……。








 エルケ町外 西門付近


 兄弟の旅立ちの見送りは、普段はあまり使われない西門……を少し出て離れたところだった。


「よしよし……、元気だった? エルちゃん」


 大人しく撫でられているエルバーンを実際に見て、やはり驚愕せずにはいられなかった。


 ほんとだったんだ、あの話。

 嘘を言う子じゃないって分かってるんだけれど……。

 やっぱり実際目にするまではね。


 獰猛な所しか見たことが無いあの生物が、体の大きさを差し引けば無害としか言いようのない空気をまとってそこにいる。


「……す、すごいね、ほんと。ルミナから前聞いたけど、確かエルバーンだけじゃなくて、害獣全般が気性がとっても荒くて、本来ならひとにはなつかないって言ってたのに」


 そうじゃなきゃ、害のある獣なんて呼ばれてないだろうし。


「うん、私たちもそう思ってた。こーんなちっちゃい子供の頃なら、そうでもないらしいんだけど……皆、成長しちゃうと人を見たら襲うようになるんだって」


 と、ユミンが小鳥のヒナくらいのサイズを両手であらわす。

 それは小さいというより、赤ちゃんだから暴れるだけの力とかが無かったり、まだ善悪の何も知らないからじゃないかな。


「皆さんが知っているような害獣にならなかったのは、あの人のおかげなんです」


 ユミンの説明を引き継ぐ形で、カミルが後を語る。


「あの人?」

「名前は教えてくれませんでしたけど、その人が言うからには、情報伝達の要である水鏡みずかがみの魔法を使う要領で動物と意思疎通をすればいいと……。水鏡が同じ魔法でも、送信と受信で微妙に違いがあるっていったら分かりますか」


 いきなり専門的な話になった。


「ええと、……ごめんなさい」


 姫乃は素直に無知を知らせる。

 他の皆もだ。

 理解を尋ねるカミルが、こちらの反応を見て説明するのは難しそうだと諦める。


「まあ……簡単に言えば、害獣でも工夫次第で意思の疎通は可能という事です。その人が教えてくれておかげで、今こうして私たちは仲良くできてるんです」


 カミルが傍に立って頭をなでると、またユミンの感触とは違うのか、ルルル……と鳴いて異なる反応を返してくる。


「何かいいの、こういうの。すっごくいいの。かいじゅーさんと仲良くできてて、嬉しいの」

「怪獣じゃなくて、害獣ね。句読点忘れると大変だから。なあちゃんはホント、プラスにストレートだね。アタシは違和感ありまくりだけど」

「それは……」


 そうかも、と心の中で思った。

 姫乃としても実際に襲われそうになった身であるし、複雑な心境であるの未利に同意したい。


 でも、あんなに仲よさそうにしてるユミンの前じゃ言えないよ。


「じゃ、それそろ行くね。色々ありがとね皆」


 名残惜しいが、移動にかける時間もある。

 二人は別れを切りだし、荷物と配達物と共にエルバーンの背中にまたがった。


「ヒメノちゃん、ほんとにほんとにありがとう。ヒメノちゃんがいなかったら、絶対大変な事になってたよ」

「ユミンちゃん」


 ユミンちゃんはあれからずっと感謝してくれてるけど、そんな大それたことした実感はないんだけどな、私には。


「力になってくれて嬉しかった。私は忘れないよ……。だから」


 エルバーンが羽ばたき、飛翔する。

 二人は風よけに、フードを被り首元を締め、ゴーグルを装着する。


「助けてくれてありがとう!! この言葉受け取ってね」

「……うん!!」


 遠ざかっていく二人にいつまでも手を振り続ける。

 正直まだ、よく分からない。

 私はユミンの力になれたのかな、とか。

 私の力が本当に役に立ったのかなって……。

 でも、ちょっとは力になれたって思ってもいい気がするんだ。

 だって、そうじゃないと彼女の言葉が、気持ちが嘘になってしまうから。

 お別れをすませて、私たちは町への帰路につく。


「姫ちゃまは頑張ってるの!!」

「わ……!」

「うわっ。どうした、なあちゃんいきなり」


 突然のなあちゃんの力強い宣言に、隣にいた未利が驚いて肩をはねさせた。


「姫ちゃまは頑張ってるの!!」

「いや、それはあらためて言われなくても見てて分かるけど」


 その突然の発言の意味はなんだと、未利は続ける。


「よく分かんないの。でも言いたくなったの。姫ちゃまは頑張ってるから……とっても頑張ってるから。頑張ったのが笑顔になって良かったねって思うの」

「あー、そだね。もうちょっと怠けてもいいぐらいだと思うんだけどね。ちゃんと頑張りすぎ」

「え、そうかな」

「そうそう」

「なあも、そう思うの」


 なあちゃんまで!?


 エルケの町へと戻りながらもう一度振り返る。

 もう姿は見えないけれど。


 ……また会えるといいな。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る