第19章 思い浮かべるのは



 リーブス街道 『+++』


 日暮れ時。

 そこは、エルケへと向かう隊商や旅人の為にと整備された、人の手の入った林道だった。昼間ならば、立ち並ぶ木々を彩る淡い色調の花や葉っぱが目を楽しませてくれたところだろうが、手元もよく見えないような薄暗さの中では出番は無く、ただひっそりと無言でそこに立ち並ぶのみだ。


「まー。花は喋ったりしないんだけどねー」


 のんびりとした口調でそう述べる少年……勇気啓区ゆうきけいくは、一本の木に背を預けて、携帯の画面を見ながら座り込んでいた。


 今日一日、街道を歩いていたので結構体が疲れていた。

 日課の日付確認では、この世界にやって来てから一週間と二日が経過しているようなのが分かる。


 辺りを見回せば様子が変わってきている。

 先ほどまでは風も無く虫の鳴き声もしない静けさだったとうのに、今は重苦しい雲が頭上に集まっていて、ゴロゴロと不穏な音を生んでいた。湿った風が体に吹きつけ、周囲の木々を揺らし、散った葉っぱを弄んでいる。


「クラスの他の皆はどうしてるかなー。案外近くにいて、『やばやば、雨降りそう』とか言ってたりするのかなー。風とか引いてないと良いけどー」


 頭上、見上げていた視線を下ろし、パチン、と携帯を閉じて光源となる貴重な明かりを消した。

 そして、啓区は対面に来た者へと声をかける。


「それで、君も『やばやば』とか思って、この木で雨宿りしようと思ったとかー?」


 実際は木一本で防げる嵐は無いと思うのだが、無いよりマシだと思う人はいるだろう。


 風よけにはなるしねー。

 それで、傘代わりにでもしにきたのかなー?


 しかし近づいてきた少年は、啓区の言葉に何の反応も示さないし、何の感情も顔に表さない。


 漆黒色の髪に漆黒色の瞳。先ほどまで満ちていた夜の静けさが、よく似合うような少年だと思った。

 無言の空気の中で眺めているうちに啓区は気づく。


「あ、君もしかして……。生まれたて……?」


 首を傾げて疑問に思った事柄を確かめるように、立ち上がって少年に近づく。

 ちょうどその時、重みに耐えかねたように雲から雨がポタポタとこぼれ落ちてきた。


 対面に立つ少年を観察した啓区は一つ頷いて口を開く。


「すごく薄いねー。僕ので良かったらあげようか。まあ、君が登場人物だったら、あげられないと思うけどー」


 と、啓区は何でもない事でもするかのように、少年に手を差し伸べようとした。


 それは、全ての終わりを意味する行為でもあったが勇気啓区はそれを知った上で選択する。

 ここで何をしようとも意味はない。自分の行動の全てはそうなるようになっているから。


 でも、それでも一言付け足した。


 「君が登場人物なら、主人公を、姫ちゃん達を助けてあげてねー」


 なんとなく、選んだ、その勇気啓区の選択を……しかし受け手である少年は一歩下がって拒絶した。


 今まで言葉一つ紡がなかった口が初めて開く。


「いい」

「そっかー」


 雨足が強くなってきて、遠くない場所に雷が落ちたのか一瞬辺りが白く染まる。


「アイナは……、どこだ……」

「アイナって人を探してるのー? ごめんねー、知らないやー」

「そう、か……」


 少年はそれ以上ここに留まるつもりは無いらしく、嵐の中だというのに背を向けてどこかへと歩き出してしまう。


 啓区には、その背中が気のせいか少しだけ心細そうに見えた。

 つかの間の登場人物が雨のカーテンで見えなくなると、再び木の幹を背にして座り込む。見上げる空は、定期的に雷をどこかに落としている。


「確か雷って、背の高い物に落ちるんだよねー。今もたれてる木みたいなー。あははー、こんな所にいたらうっかり巻きこまれて死んじゃいそー」


 なんて言いつつも、その場から動く事はない。


 ただ笑みの表情をずっと浮かべ続け、時折落ちる雷の光に照らされ、雨に濡らされているだけだった。

 そのうち、街道を歩いてきた疲労が眠気を呼んだらしく、瞼がゆっくりと閉じ始める。


 夢の世界に旅立つその前に、ぼんやりとした視界の中に一人の髪の長い少女が立っていたような気がしたが、それをきちんと確かめる事はしなかった。





『私は、消えたくない……』









 エルケ ディテシア大聖堂 『ルミナリア』


 どんよりとした空の下。

 日が暮れつつある時間に聖堂の中で、セルスティーの件に関われないルミナリアは不満げな様子で清掃中だった。


「そこで俺がかけつけて、こうズバーっと決めたわけだ……」

「分かったからもう……、さっさと手を動かして終わらせて欲しいわ。まったく……」


 豪快に割れ砕け散ったステンドグラスを箒で掃き集めていく。

 隣にいる彼は話に夢中になるあまり、いつの間にか手がとまっていることに気づいてなかったようだ。


 あ、と声をもらし、再び作業を再開。


「何だよ、こっからがいい所なのに」

「調子に乗って色々やってると、聖堂のお手伝い外されちゃうわよ」


 ルミナリアの隣で、本人的英雄譚を語ってるのは二つ年上の少年……クロノだ。自分と同じく聖堂の手伝いをしている人物。


 寝癖の付いたぼさぼさの茶髪に、あちこち擦り切れたりほつれたり補修されたりしている服、格好を見て改めて思うが、これでよく聖堂に入れてもらえたな、と思える様だった。


「ルミナだって、無茶苦茶やってたじゃん。なんで叱られるのはいつも俺だけなんだ」

「私のは必要な無茶なの。貴方のは余計な無茶」


 ルミナリアの言葉に少年はむきになって反論しているが、耳に入れずに別の事を考える。


「はあ、これがなかったら姫ちゃん達の所で少しは手伝えたかもしれないのに……」


 最近友達になった少女の顔を脳裏に浮かべて、ため息をつくのだった。


「何だよ。ルミナリア。最近はぼっちじゃないのか」

「失礼な事言わないでほしいわ。私にも友達くらいいるわよ」


 箒を動かす手を止め失礼な事をいてくるクロノに反論するルミナリアは、自分の手も止まっている事に気が付かない。


「じゃあ、たとえば誰なんだ?」

「えっと、アミーナおばさん……は違うわよね。ラジエータさんは仕事関係だし」

「やっぱりいないじゃねーか」

「いるわよ。ヒメちゃんとか、ミリとか、ナアちゃんとかちゃんといるわよ。もうっ、本当に失礼な奴なんだから」


 呆れた様子でこちらを見るクロノが気に食わないルミナリアは、とうとう手にしていた箒を放って抗弁し始める。ついさっきまでどこまで履いて、どこに集めるかなど掃除の事についてはすべて忘却の彼方だった。


「それ、最近できた奴だろ。お前ぼっちで友達いないんだから、逃がさないようにしっかり捕まえとけよな」

「だからいないわけじゃ……。ちょっと何するのよ」


 友達いないルミナリア可哀想、みたいな事を決めつけるクロノはルミナリアが他ていた箒を手に持って自分の肩に担ぎ始めた。

 それで、自分が持っていた箒で出入り口の方を示す。


「夜になったら雨降るってうちのばあちゃんが言ってたぞ。明日風邪ひいてうつされたら困るから帰れ」

「なっ、病気の時ぐらい私は大人しく眠って……」

「途中で寄り道して誰かの家にいたとしても俺は知らねーけどな」

「眠って……って、もう……。そういう事は素直に言えばいいのに」


 ぶっきらぼうな言葉を放つ少年の気遣いを感じて、ルミナリアは頬を膨らませながら渋々支度を済ませる。

 適当に掃き掃除を続けるクロノの姿に若干不安になるが、ここは素直に行為に甘えさせてもらう事にする。素直じゃないクロノへの遠回しな抗議だ。


 ルミナリアが我が儘で言ってるだけだったら、クロノはここまでしてくれなかっただろう。

 それがしてくれたという事は不安が表に出ていたという事になる。

 どうにも朝から嫌な予感がするのだ。

 杞憂であれば良いとは思うが。


「最近、町の桜の枝が突然枯れて落ちちゃうなんて事があるみたいよね」

「ん? ああ、そういやなんかそんなの聞いたな」

「人攫いなんて物騒な話も聞いてるし、この町で何か良くないことが重なって起きてるのよね」

「人攫い? お前またそんなもんに関わってんのかよ」


 失礼な、私じゃないわよ。

 人を年中無休トラブルに首を突っ込んでいるみたに言わないでほしい。

 たまには何もない時だってあるんだから。


 支度を終えたルミナリアは、窓の外を見ながら呟く。


「何も、なければいいんだけど」


 町の至る所に立っている白桜の発する光が、重く立ち込める雲をぼんやりと照らしていた。



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