料子さん(三)

僕は今の状況を素直に話した。だいたい話してみると、釣りキチさんは思ったより話しやすい人だった。だから、いつのまにか、何でも話せるような関係になっていたのだ。


「そうなの? 実は僕も学生時代は法学部でね。でも法学部の多くの学生がそうであるように、弁護士とかになりたかったわけでもなく、ただ何となく選んだだけだったから、あまり勉強熱心じゃなかったんだよね」


よくある話だ。


「その頃から釣りを?」


「ああ、そうだね。本格的にやりだしたのは大学生のときだな。時間もたっぷりあったし、お金が必要ならバイトすれば良かったしね」


釣りキチさんは、釣りの話になると、とても嬉しそうに語る。


「釣りばっかりしてたんで、就職活動はなかなかうまくいかなかったんだ。釣り具メーカーも希望してたんだけど、全然ダメで。結局、受かったのは今いる会社一個だけ」


「そうだったんですか」


まだ就職活動の具体的なイメージは持ってないが、釣りキチさんの話は、近い将来、役に立つかも知れない。


「結果的には全く後悔してないんだけど、後輩たちには学生時代は有意義に過ごして欲しいなあ、って思うよ。勉強も遊びも本当に自由に思いっきりやれる期間だから」


「そうですね」


ふらふら生きてきた僕には、少々耳の痛い話だった。


「今度、釣りの仕方、ちゃんと教えてください」


「ああ、お安い御用さ」


釣りキチさんは最高に嬉しそうな笑顔を見せた。


それにしても、実際には明日はどうなるかも分からないこんな状況の中で、就職活動の心配している自分て何だろうなあ、と可笑しくなった。それだけ、余裕が出てきた証拠なのだろうか。やはり、仲間が増えるのは心強い、とあらためて思った。


僕たちが家に戻ると、スカウトさんは先に戻っていて僕たちを出迎えてくれた。


「おお、今日も大漁だな」


「大漁ってほどではないですけどね」


釣りキチさんは謙遜しながらクーラーボックスを開けて見せた。


「やっぱり見たことない魚ばかりだな」


「ええ。昨日とは違うやつもいるんですが、まあ食べる分にはそんなに問題はないと思いますけどね」


すると「お帰り」と言いながら、桂坂さんと料子さんが家から出てきた。


「料子さん、すごくたくさん食材持って来てたんで、今日は豪華な食事が期待出来るかもよ」


「豪華な食事って言っても、調理器具とかないから作れるものは限られてますけどね。土鍋買ってたのが唯一の救いだわ」


料子さんが手を拭きつつ、クーラーボックスを見に来る。いつのまにか、白いエプロンをしていた。いつも持ち歩いているのだろうか。しかし、土鍋とは! それは確かに助かる。

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