料子さん(一)

予想した通り、急に白い靄が立ち始めた。僕らは、目を凝らして靄の中を見る。


「あら?」


それは女性の声だった。姿を見せたのは、恰幅のいいおばさんだ。手には大きなビニール袋を四つも抱えている。スーパーの帰りとかだろうか。


「ここは一体……」


戸惑いを隠せない様子のその女性は、しかしパニックに陥っているというより、ちょっと興奮しているように見えた。


「あ、俺たちは怪しいもんじゃない」


スカウトさんがすかさず早口で言う。やはり毎回そこから説明するしかないだろう。それにしても、これからも毎回同じシチュエーションがあることを考えると、うんざりする。


「ここは一体どこなんですか?」


その女性の質問には、主にスカウトさんが答える形で、現在分かってることを伝えていった。数分後には、その女性も納得して、落ち着きを取り戻した。


「話は分かりました。でも不思議ですね。こんな森の中に飛ばされるなんて」


「そうなんだ。俺たちも謎だらけだよ」


「一人じゃなくて良かったです。こんな森の中で一人で放り出されてたなら、どうなっていたことか」


そのあと、皆で簡単に自己紹介をした。その女性の名前は「神谷料子」。職業は料理研究家だそうだ。


「神谷料子さん! 知ってます! テレビで見たことありますよ!」


料子さんの名前を聞いて、桂坂さんはピンと来たようだ。


「あら、嬉しいわ。見てくれてたのね!」


「はい! たまたまですけどね」


「私は料理研究家っていっても、有名じゃないからテレビなんてほとんど呼ばれることはないけどね。見てくれたならすごい偶然」


その後、しばらく簡単なやりとりが続いたが、ともあれ、僕たちは彼女を「料子さん」と普通に呼ぶことにした。名前と一致してるから連想しやすい。


「まあ、詳しい話は今夜帰ってからだ」


スカウトさんがいいタイミングでまとめる。


「今回は女性だったから、打ち合わせの時の話からすれば、優子ちゃんが家まで料子さんを連れていくことになるな」


スカウトさんは、僕たちに確認するように見渡した。


「ですね。そして、僕は釣りキチさんと湖行きってことですね」


釣りキチさんもうなずく。


「よし! じゃ、それぞれ健闘を祈る」


ちょっとおどけた感じでスカウトさんが宣言したので、僕たちは笑った。スカウトさんの意外な一面を見た気がした。


僕たちは三つに分かれて、行動を始めた。料子さんは4袋も抱えていたので、桂坂さんが半分持ち、家に向かった。僕は釣りキチさんと共に湖に向かった。そしてスカウトさんは、単独で森の探索を開始した。

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