踏み出す者に
ガルミッシュ帝国に再訪したエリクは、ローゼン公セルジアスが治める領地の本邸まで招かれる。
そこでガルミッシュ皇族であり皇帝代理を務める皇后クレアに迎えられ、自身の要件を伝えた。
その後、今度は皇后クレアからある相談が持ち掛けられる。
それはエリクの仲間であるケイルと、元ルクソード皇王シルエスカの行方についてだった。
重苦しく厳重過ぎる警備が敷かれた客室に招かれた真の意味が
「……どうして、その二人を?」
「実は、その御二人に御願いがあって帝国でも探しているのですが。この情勢下でもあるのか、行く先が分からず。そちらに居られるマギルス殿も、御存知ないという事でしたので」
「マギルス、知らないのか?」
「うん。僕、ケイルお姉さん達と別れて
「そうか。……あの二人に、何を頼むつもりなんだ?」
ケイルとシルエスカの行方を探る帝国側の意図に、エリクは訝し気に問い掛ける。
すると皇后クレアは僅かに渋る様子を浮かべながら、重い口を開いた。
「……実は、私の息子ユグナリスですが。今もその右手には、『赤』の聖紋が刻まれています」
「!」
「以前の事件において、映像を通して彼女が……メディアが話したログウェル殿が事件を起こした真相。それが本当であれば、彼と同じ
「……だがそれは、確か
「はい。……『
「!」
「それを解決するには、誰かに『赤』の聖紋を譲る必要があるのですが。……
「……だから、ケイルかシルエスカに『赤』の聖紋を?」
「はい。以前にも『赤』の
「……だとしたら、ケイルは駄目だな」
「!」
「ケイルも、俺達と同じ
「……では、シルエスカ様に御願いするしかありませんね。シルエスカ様の行方に、御心当たりは?」
「ケイルと一緒に、アズマ国に居るはずだ」
「!?」
「俺がアズマ国へ寄った時、ケイルと一緒に修業をしていると聞いた。半年ほど前だが、今も一緒のはずだ」
「そうですか、アズマ国に……。……ありがとうございます。同盟国を通じて、シルエスカ様には御願いを伝えてみます」
「伝えても、シルエスカは承諾しないだろう」
「!」
「話だと、シルエスカは『赤』の血に縛られるような生き方を望まないと言っているらしい。同盟国に戻っていないのも、それが理由のようだ。だから、また『赤』の
「……しかし、もうシルエスカ様に御願いするしか……」
エリクは自分自身の見解を見せ、シルエスカも『赤』の聖紋を再び宿す事を拒絶するだろうと伝える。
それを聞き表情の強張らせながら悲痛な面持ちをクレアが浮かべると、エリクは少し考えながら再び問い掛けた。
「アリアや『青』には、その事を相談したのか?」
「……いえ、御二人の居場所だけ聞いた状況です。……ユグナリスを危険視されて、ログウェル様と同じような状況にさせたくなくて……」
「だったら、相談した方がいい」
「!」
「アリアだったら、何か良い方法を思い付く。もし不安なら、俺が『青』にも説得する」
「……よろしいのですか?」
「ああ。俺達の持っている
「……ありがとうございます」
頭を下げながら感謝を述べるクレアと共に、ローゼン公も礼を見せる。
それを受けたエリクは本邸内に設けられた通信用の魔道具を用いて、
そうして繋がった投影越しに、エリクは『青』に用件を伝えて尋ねる。
「――……と、いうことになっているらしい。何か、解決策はあるか?」
『――……解決方法と言っても、聖紋の譲渡を行うか、聖紋自身が移動するか。そのどちらかしか無かろう』
「なら、それを出来る聖人に心当たりは? ケイルやシルエスカ以外で」
『……ルクソードの血筋で聖人に達している者は、恐らく
「他の聖人では駄目なのか?」
『
「そうか……」
『……だが、選定ではなく保留ならば。譲渡や移動以外の方法はある』
「!?」
「あるのか? どんな方法だ」
通信越しに思考した『青』は、何かを思い出しながら別の方法がある事を明かす。
同席している皇后クレアやセルジアスはそれを聞きながら驚きを浮かべると、エリクは別方法について問い掛けた。
『ルクソード以降の赤が幾度か途絶え、何百年か空席だった事は知っているか?』
「そうなのか?」
『ルクソードが去ってから二百年後に
「……その話。『赤』が居なかった間、聖紋はどうなっていたんだ?」
『それを知っているのは、
「予測?」
『恐らく、何か別の形で聖紋を保管していたのだ。空席となっている
「!?」
『儂もそれに似た方法を使っているが、そうした方法で聖紋が保管されていた可能性はある。……そちらに居る皇后は、何か御存知ではないのか?』
「……いいえ。赤の聖紋に関する継承方法は、私も知りません。当時の
『そうか。ならば、シルエスカに聞くしかあるまいな。――……少し待て、儂が確認する。明日の朝、再び連絡を入れよう』
「頼む」
「お、御願いします……!」
事情を聞いた『青』は、その解決方法を探すべく空席の中で『赤』の聖紋を継承したシルエスカにその方法を確認すると告げてくれる。
それを頼んだエリクと皇后クレアを見ながら頷いた後、『青』は通信を途切れさせた。
それから改めてエリクに顔を向けた皇后クレアは、頭を下げながら感謝を伝える。
「ありがとうございます、エリク様」
「いや、後は『
「それでも、僅かながらに希望が見えました。これも、貴方のおかげです」
「俺も最初は、『
「……確かにまだ、私達には『
「そうだな」
エリクは自身の経験を踏まえた上で、そうした意見を向ける。
それを聞き受け入れる様子を見せるクレアは納得し、自国だけでは解決できない事態に対して他国の有力者に相談するという方法も可能なのだと理解した。
するとその会話を聞きながら壁際に立っていたマギルスは、エリクに問い掛ける。
「おじさん、今日は泊まってくの?」
「……ああ、そうだな。そういう話になるか」
「じゃ、僕の部屋で寝なよ!
「そうか。……それで、いいだろうか?」
明日の報告を聞く為に泊まる事になったエリクに、マギルスは自身が提供されている部屋へ来るよう告げる。
それに対して本邸の主であるセルジアスに問い掛けを向けると、頷きながら答えた。
「勿論です。その間に私の方でも、ガゼル伯爵家からの御連絡を御伝えさせて頂きます」
「分かった」
「じゃあさ、久し振りに遊ぼう! 今のおじさん、どれぐらい強いのか見たいし!」
「……壊れないか?」
「じゃあ、広い場所でやろうよ! それとも、
「――……その話、俺も混ぜてください」
「!」
「!?」
エリクとマギルスが再び
すると全員が扉側に目を向けると、そこには長い赤髪を後ろに纏めた青年、帝国皇子ユグナリスが訪れていた。
そしてユグナリスの青い眼光は鋭くエリクに向けられながら、改めて声を向ける。
「俺と一度だけ、立ち合って欲しい。傭兵エリク」
「ユグナリスッ!?」
「あなた、何を……!!」
「ローゼン公、それに母上も止めないでくれ。……俺は、貴方と全力で戦ってみたい」
「……何故だ?」
「どうしてログウェルが、貴方と最後に戦いたいと思ったのか。それを知りたいからです」
「!」
「ログウェルの復讐をしたいとか、そんな考えで戦うつもりは無い。……ただ、俺と貴方で何が違ったのか。それを知りたいんだ」
「……」
「お願いします。……俺が前に進む為には、どうしても必要な事なんだ……!」
頭を下げながら頼むユグナリスに、セルジアスやクレアは動揺した面持ちを浮かべながら止めようとする。
しかしエリクだけはその様子と言葉の意味を汲み取り、少し瞼を閉じて考えてから答えを発した。
「……いいだろう」
「!」
「
「うん!」
「エ、エリク殿……!」
「奴は本気だ。それにコレが、奴から聖紋が離れない理由なのかもしれない。……だったら、スッキリさせた方がいい」
「!」
そう言いながら話すエリクは、クレアやセルジアスを諭しながら部屋の外へ出て行く。
マギルスやユグナリスもそれを追うように歩き、部屋からも屋敷からも出て行った。
それから三人は都市の郊外へ走り出ると、誰の気配も無い平原に赴く。
すると
「――……じゃあ、僕が審判やるね。僕がヤバそうだなって思ったら止めるから、その時に負けてた方が負けてね! それでいい?」
「ああ、それでいい」
「……っ」
エリクはそう言いながら背負う黒い大剣を右手で持ち、自然体のまま構えぬ様子を見せる。
逆にユグナリスは『生命の火』から自身の
その右手には『赤』の聖紋が輝き、『生命の火』に呼応した
それを感じ取るエリクは油断しない表情を浮かべると、そんな二人に対してマギルスが声を向けた。
「じゃ、行くよー。――……
「ッ!!」
「!」
開始の合図を放ったマギルスの右腕が振り下ろされた瞬間、『生命の火』を纏わせたユグナリスが凄まじい速さで迫る。
それを見たエリクは冷静に迎撃し、互いの剣が重なりながら火花を散らした。
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