始まりの物語


 マシラ共和国の首都を再び二人で歩くエリクとケイルは、未来の出来事から続いていたわだかまりを解く。

 そして傭兵ギルドと老婆の墓地に赴き、小用を済ませて王宮へと戻った。


 彼等の姿は兵士や闘士達は既に認知されているのか、特に引き留められる事も無く王宮の出入りが可能となっている。

 そして謁見の間に戻り、その扉で待つ闘士長メルクに誘われながら再びリエスティアやウォーリス達がいる部屋まで通された。


 すると二時間程前に出て行った室内と状況に変わりは無く、ウォーリス達は目覚めていない。

 しかし友達となったシエスティナと談笑しているマギルスの姿が見え、その傍に立つアルトリアが顔を振り向けて戻る二人に声を掛けた。


「――……あら、もう戻ったの?」


「ああ」


「そっちの状況は……変わらずか。まだ三人とも、起きないのか?」


「時間が掛かってるみたいね。……と思ったら、一人は御目覚めよ」


「!」


 二人を出迎えたアルトリアは、そう言いながら椅子に背を預けたまま眠っているカリーナに視線を向ける。

 すると彼女カリーナの瞼が微かに動き、その瞳を開かせながら首を動かした。


 そんな彼女に歩み寄るアルトリアは、僅かに腰を屈めながら声を掛ける。


「ようやく起きたわね。大丈夫?」


「……ここは……」


「マシラの王宮よ。覚えてない?」


「……いえ、覚えてます……。……あ、ウォーリス様はっ!? それに、リエスティアは……!」


「まだ目覚めて無いわ」


「そ、そうなんですか……。……大丈夫、なんですか?」


「多分ね」


 起きたカリーナの様子をるアルトリアは、特に身体的にも精神的にも異常が無い事を確認する。

 そして数分後に意識を覚醒させながら立ち上がる彼女カリーナは、ウォーリスとリエスティアの様子を窺いながらその目覚めを待った。


 それからニ十分後、目覚めていない内の一人に変化が及ぶ。

 それは寝台ベッドに横にされていた、リエスティアだった。


「――……なっ、なんだ……!?」


「リエスティアの髪色かみが……!」


「こ、これは……!?」


 同行していた元特級傭兵のドルフが気付きとなる第一声を発し、全員がリエスティアの姿に注目する。


 アルトリアの魂を取り込み創造神オリジンの肉体として完全体になっていたリエスティアの髪は、銀色に染まっていた。

 しかしその色合いが元の色である黒に戻り、白過ぎた肌も元の肌色に戻っていく。


 そしてその姿が従来のリエスティアに戻ると、彼女もまた瞼を緩やかに開けて黒い瞳を見せる。

 すると周りに居た者達の中で真っ先に声を掛けたのは、ユグナリスと彼の腕に抱えられたシエスティナだった。


「リエスティア……」

 

「お母さん」


「……ユグナリス様……。……シエスティナ……」


「良かった……。……本当に、良かった」


 覗き込む二人の顔を見て、リエスティアは朧気ながらも柔らかく微笑んで名前を呼び返す。

 それを見て無事に帰還できたことを喜ぶユグナリスは、一筋の涙を流しながら微笑みを浮かべた。


 三人の家族が目覚めを喜び合う光景の傍らで、アルトリアだけは別の人物に注目している。

 それはまだ目覚めていないウォーリスであり、神妙な面持ちを浮かべる彼女アルトリアは呟きながら歩み寄り始めた。


「……やっぱり、一番ヤバいのはコイツね」


「え?」


「そろそろのはずよ。……来たっ」


「!」


 ウォーリスを正面から見るアルトリアの言葉を聞き、カリーナが不安気な表情を強める。

 すると彼女アルトリアが発した短い声と共に、ウォーリスの肉体にも変化が見えた。


 しかしそれはカリーナやリエスティアの目覚めとは異なり、かなり異質な光景となる。

 なんとウォーリスの肉体に亀裂のような傷口が生み出され、それが身体の各所を傷付けながら血を溢れさせた。


 更に口も夥しい量の吐血が起き、状況に気付いたカリーナは悲鳴のような声を上げる。


「ウォーリス様ッ!!」


「!?」


「離れて、私が治癒するわ」


「は、はい……! な、なんで……ウォーリス様だけ……!?」


「魂が傷付き過ぎたのよ。それが肉体にも反映されてしまったんだわ」


「そんな……っ」


「死なせないから安心なさい。……ただ、覚悟はしておいてね」


「覚悟……?」


「身体は治癒できても、魂核たましいを完全に修復する事は出来ない。コイツには何らかの後遺症は、必ず残るわよ」


「!」


「特に魂に関連する技術……魔法は致命的でしょうね。多分、もう二度と魔法を使う事は出来ないはずよ」


「……それでも、ウォーリス様が生きておられるなら……!」


 アルトリアが傷を拡大させ身体中から血を溢れさせるウォーリスを治癒しながら、そうした情報を敢えて話す。

 それを傍で聞いていた全員が表情を渋くさせる中、カリーナだけはどのような形でもウォーリスの命が助かる事を望む声を見せた。


 それから数分間、ウォーリスの肉体には傷が生まれながらも、その都度にアルトリアに癒され続ける。

 そして傷の発生が途切れた時、かなりの出血を流したウォーリスは瞼を開き青い瞳を見せた。


「――……ぅ……」


「ウォーリス様っ!!」


「……カリーナ……。……私は……っ!!」


「動かないで。まだ傷を癒し切ってないわ」


「……これは……」


「反動。アンタの傷付いた魂が、肉体にも反映したの」


「……そうか……」


 目覚めたウォーリスは横に居るカリーナの呼び掛けに視線を向け、立ち上がろうと腰を浮かす。

 しかし傷だらけの身体に痛みが走り、苦痛の声を漏らすウォーリスは椅子に背を戻した。


 すると叱責を向けるアルトリアに従い、ウォーリスは自分が改めて自分が大量の血を流し傷だらけの身体になっている事に気付く。

 そして再び瞼を閉じながら落ち着くように息を吐き出し、彼女アルトリアの治癒に身を委ねた。


 それから一分後、肉体に発生したウォーリスの傷は全て癒し終えられる。

 しかし大量に出血した惨状を改めて見降ろすと、ウォーリスは朧気に瞳を動かしながら目の前に居るアルトリアやカリーナへ状況を尋ねた。


「リエスティアは……?」


「戻ってるわよ。そこで目覚めてる」


「……二人とも、無事なのか?」


「ええ、二人に問題は無いわ。……問題があるのは、アンタの方よ」


「……」


「筋肉や神経はズタズタ。それに内臓系の損傷が酷い。特に、心臓は致命的ね。……精神体たましいに及んだ肉体の傷は、治癒や回復の魔法では癒しきれない。戦闘は勿論だけど、魔法は二度と使わないようにしなさい。魂より先に、肉体が壊れるわよ」


「……そうか。……元より、ゲルガルドに壊されるはずだった身体だ。後悔は無い……」


「ウォーリス様……!」


 傷付いた魂の影響でウォーリスの身体はボロボロとなり、彼の得意とした身体能力と魔法技術が二度と使えない事をアルトリアは告げる。

 それを聞きながらも満足気に微笑みを浮かべたウォーリスは、隣に居るカリーナと寝台ベッドに居るリエスティアが無事だったことを安堵していた。


 そんなウォーリスの状況を知るカリーナは、涙を浮かべて悲し気な表情を見せる。

 すると寝台側ベッドでも、ユグナリスの手を借りて上体を起こしたリエスティアが椅子に座る二人に声を掛けた。


「……お父様……。……お母様……」


「!」


 呼び掛けるリエスティアに気付いた二人は、そのまま視線を向ける。

 そしてリエスティアの傍に居たユグナリスは、そのまま見つめ合うだけのウォーリスとカリーナに歩み寄った。


 そしてウォーリスの左腕を掴みながら肩で抱き起し、二人に告げる。


「リエスティアと、話をしてあげてください」


「!」


「彼女は、それを望んでいます。……マシラ王。もう一つ、寝台ベッドを用意できますか? それと、栄養になりそうな食べ物とか」


「あ、ああ。出来るが……」


「なら御願いします。ドルフ殿、手を貸してください。スネイク殿は、食べ物の運搬を」


「……ったく、しょうがねぇな」


「特級傭兵に雑用させんのかよ、まったくこの皇子は……」


 ユグナリスはそう話すと、マシラ王ウルクルスに傍に居るゴズヴァールに新たな簡易式の寝台ベッドを用意させる。

 そしてユグナリスに頼まれたドルフはウォーリスの左肩を背負う形で二人で担ぎ、用意された寝台ベッドに彼を運び乗せた。


 隣り合う形でリエスティアとウォーリスが並ぶ寝台ベッドの合間に、カリーナが座っていた椅子が運ばれる。

 こうして三人は並ぶ形となり、互いに声が届く位置となった。


 するとリエスティアは、隣に居る父親ウォーリスに声を向ける。


「大丈夫じゃ……ないですよね……?」


「……いや。こういう痛みは、子供の頃から慣れている」


「え……」


「私は幼い頃から、父親ゲルガルド実験体モルモットにさせられていた。肉体にあらゆる薬物を投与され、その苦しみと激痛の中で数多の魔物や魔獣と戦わされ続けたからな……」


「……!!」


「そんな実験の果てに、身体も心も壊れそうだった時。……お前の母親、カリーナに出会ったんだ」


「……お母様に……」


「他の侍女達が嫌がる壊れた私の世話を、カリーナは文句も言わずに微笑んで私に話し掛け続けてくれた。……それがきっかけで、私はカリーナを愛するようになった」


「!」


「ウォーリス様……」


 天井を見上げながら自分の過去を娘に告げるウォーリスは、母親カリーナとの出会いを話す。

 それを驚きを浮かべて聞くリエスティアと静かに聞きながら思い出すカリーナは、彼の話を聞き続けた。


「私は、人を人と思わない父親ゲルガルドを許せなかった。だから奴の目的を挫き、殺すしかないと思ったんだ。……それは奴に対する憎悪もあっただろう。だがそれ以上に、自分の大事な者達を……カリーナ達を守りたかった」


「……っ」


「だが私一人では、自分の身体に封じられた父親ゲルガルドを倒せない。それを倒す為には、準備が必要だった。……父親ゲルガルドを倒す為の」


 そう言いながら話すウォーリスの視線は、アルトリアやエリクの方へ向けられる。

 その二人こそが、彼がゲルガルドを倒し得る可能性があると考えた身近な人物達でもあった。


 しかし彼の口から、エリク達が知らない情報が告げられる。


「……『黒』の七大聖人セブンスワン。その予言の言う通りだった」


「?」


「アルトリア、そして傭兵エリク。この二人が、ゲルガルドを倒す為に必要だった」


「……!?」


皇国ルクソードで生まれた『黒』は、私に教えた。彼女メディアに預けたリエスティアの居場所を。……そしてゲルガルドを倒せる男が、ベルグリンド王国で傭兵をしていることを」


「なんですって……!?」


「私はその予知を信じ、アルフレッドにベルグリンド王国を調べさせた。……そして見つけた。『結社』に属する魔人達に監視されていた鬼神の転生体、傭兵エリクを」


「!!」


「だがその時の彼は、確かに常人離れした実力こそあったが、私と比べても弱過ぎると感じた。……だから傭兵エリクを国外に出し、魔人の国に連れて行かせ、鬼神の……到達者エンドレス能力ちからを開花させなければならなかった」


「……だからエリクをフォウル国に連れて行くよう、アタシに依頼が飛んだのかよ」


 話を聞いていた一同は、ウォーリスがベルグリンド王国を乗っ取りエリクの所属していた黒獣傭兵団を冤罪に追い込んで国外に脱出させた理由を初めて知る。

 それもまた、『くろ』が伝えた予知によって起こされていた事だった


 ケイルもその話を聞き、エリクをフォウル国へ連れていく依頼が届けられた理由を知る。

 その声が聞こえていたのか、ウォーリスは僅かに頷いて話を続けた。


「そうだ。……それを考え実行していた頃、私はゲルガルド伯爵家の支配人脈を利用し、帝国にいるアルトリア嬢を王国に連れて行く策も同時に進めていた」


「!」


「アルトリア嬢の能力ちからは、強く育てればゲルガルド討伐の有力ちからになる。……そして何より、リエスティアが受けていた目と足の治療をしてもらいたかった。あの時の祝宴パーティーと同じように」


「……ふんっ」


「だがその頃、君は『青』を師事し魔導国ホルツヴァーグの経営する魔法学院に入学していた。そして魔法実験や魔道具開発ばかり行い続け、帝都から出る気配がない。更にローゼン公爵家が彼女を監視していて、私やアルフレッドが迂闊に接触することも難しい。……そこで私は、不仲と噂されていたアルトリア嬢の婚約者……同じく魔法学院に入学していた帝国皇子ユグナリスを利用し、彼女が自らの意思で王国に訪れるように工作を仕掛けた」


「!?」


「ローゼン公爵家に反感を持つ帝国貴族達を掌握し、奴等に政治権力を餌にして反乱計画を持ち掛けた。そして魔法学園にいる奴等の子弟を利用し、君達の亀裂を広げるように命じさせた。その一方で、改善されていく王国側の情報をアルトリア嬢の耳に届くようにした。……君が、王国へ亡命したいと思える程に」


「……その時の私達は、まんまとその工作に乗せられたってわけね」


「そして関係悪化のトドメに、帝国皇子ユグナリス卒業祝宴パーティーで互いにある情報を伝えた。帝国皇子ユグナリスには優秀過ぎる婚約者への細やかな悪戯を提案し、アルトリア嬢には彼が冤罪を着せて糾弾を目論んでいるという、二つの嘘を重ねて」


「……ッ」


「それは成功し、アルトリア嬢は帝都を出て王国方面に向かい始めた。……だがそこで、反乱貴族達が余計な事をした」


「余計な事……?」


「アルトリア嬢を捕まえようとしたんだ。しかも勝手に、他国よその暗殺者を雇ってな」


「!!」


「捕縛すれば君を欲する王国こちらに高く売り付け、出来ないなら王国われわれに渡さないように殺すつもりだったようだ。……その結果、アルトリア嬢の行方が分からなくなった。私はその知らせを聞いた時、反乱貴族やつらの浅ましさを憎んだよ。それと同時に、そんな連中を使ってしまった自分自身の判断が誤っていたことも……」


 当時のアリアがどのような経緯で帝都から脱出し、王国へ亡命しようとしていたかがウォーリスの口から語られる。

 それは当事者達でさえ知らない情報であり、またアリアに放たれた暗殺者達の正体が反乱貴族達の仕向けた事だったと初めて明かされた。

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