変化する光景


 三ヶ月の時が流れた世界は、異変の影響を大きく受けながらも日常を取り戻そうとしている。

 そして襲撃事件が起きたガルミッシュ帝国も同様であり、ローゼン公爵家とゼーレマン侯爵家の二大貴族が中心となって復興を続けていた。


 そうした帝国の隣でも、復興を続けている国が存在する。

 それはウォーリス達が統治していたオラクル共和王国であり、その復興を主に指揮していたのは旧王国ベルグリンドの元王子であるヴェネディクト=サーシアス=フォン=ベルグリンドだった。


 だがそれは建前であり、実際に復興の指揮をしている者は別にいる。

 それは身分を偽りながらヴェネディクトを補佐するように付く、クラウス=イスカル=フォン=ローゼンだった。


 彼等は箱舟ノアを用いた支援物資や救援活動を続けながら、王都の王城にて指揮を執り続けている。

 しかし両者の関係と立場は真逆であるかのように、王城内ではこうした会話や行動が行われていた。


「――……だから、こちらの数字を読み解けば被害規模と必要な物資や人材の数が割り出せるだろう! 王族のくせに、どうしてそんな事も出来んっ!?」


「も、もうアンタ一人で決めてやればいいじゃないか……。みんな、それで従ってるんだし……!」


「馬鹿を言うな、少しは自分の頭を働かせて考えられるようになれと言っている! 貴様がこの国の新たな指導者になる為にもなっ!!」


「ヒィイッ!!」


 書類の山に囲まれながら共和王国から集めた各地の情報を見るヴェネディクトは、怯えと涙ばかりを顔に浮かべる。

 それを叱責するクラウスは強要するようにヴェネディクトに各情報を見せ、彼自身に知識と知恵を与えながら新たな代表者おうに相応しい教養を身に付けさせようとしていた。


 ヴェネディクトは確かに旧王国において王族の立場にあったが、その教養は帝国の一貴族よりも低い。

 更に彼を推していたツェールン侯爵家とその当主に頼って来た事が祟り、彼自身は国を束ねて纏められる資質が圧倒的に不足していた。


 その軟弱な王子ヴェネディクトの懦弱振りを一気に経験で埋める為に、共和王国の復興を機会に自分自身で考え判断できる能力ちからをクラウスは身に着けさせようとしている。

 しかし出来の良い息子セルジアスや異端ながらも優秀だった娘アルトリアと違い、物覚えが悪く何かと政務から逃げたがるヴェネディクトにクラウスは、予想以上の苦労を担っていた。


 そうした二人がいる仮の政務室に、扉を軽く叩きながら入室する者がいる。

 それは箱舟ノアで彼等と共に共和王国へ訪れた、大商人リックハルトだった。


「――……失礼します。……やれやれ、これではどっちが王様になるのか分かりませんな」


「リックハルトか、どうだった?」


共和王国このくにに来訪している、顔見知りの商人達の説得はさせて頂きました。復興に関する各生産地の支援供給に、協力して貰えますよ」


「そうか、それは有難ありがたい。各国から物資を与えられるばかりでは、弱味ばかりを増やす事になる。人材はともかく、出来る限り自国の物資で復興を続けて立ち直れるようにならなければ話にならんからな」


「しかしそうは言っても、共和王国このくにの被害も激しいですからな。暴動こそ止みましたが、被災地を復興させるにはあと十数年以上は掛かるでしょう。当分は、東部の港や箱舟ひこうせんを使った各国の支援を活用するしかありません」


「そうだな。だから共和王国このくには言わば、各国や各商人達に莫大な負債を抱えることになる。……それを少しずつ支払える経済能力と政治能力を、この駄目王子ヴェネディクトには最低限でも身に付けさせねばな」


「な、なんで私が……こんな目に……っ」


「貴様が王になるからに決まっているだろう。ほら、さっさと次の作業に移れっ!! また間違えたら、承知せんぞっ!!」


「ひ、ひぃいっ!!」


 リックハルトとそうした話を交えたクラウスは、ボロボロの共和王国を復興させ旧ベルグリンド王族であるヴェネディクトを復権させる目論見を進める。


 今回の事件と異変が生じる前後で、ウォーリス達が選んだ大臣達や王都の官僚達はほとんどが失踪している。

 その理由は彼の仲間だったアルフレッドが後に明かすのだが、復活したゲルガルドの意思によって大臣達や官僚達もまた殺されていたのが原因だった。


 彼等は少なからずウォーリスの異常さと義体であるアルフレッドの不自然さに気付いていた節があり、創造神オリジンの生まれ変わりであるアルトリアとリエスティアを奪う計画を他者に気取られたくなかったのだろう。

 ゲルガルドは危険な目を排除する意味で計画実行直前に彼等を抹殺し、ザルツヘルムが従える下級悪魔レッサーデーモン達に贄として喰わせていた。


 故に共和王国は、上層部がほとんど機能していない。

 それ故に王都の兵士達や官僚の指揮系統も支離滅裂となっており、そうした状況の中でクラウス達は各地に協力者達を置きながら、共和王国の現状を把握して復興への対処を続けていた。


 しかも『きん』の七大聖人セブンスワンミネルヴァが自爆した南部と、大量の死者が移動していた西部の被害規模が酷い。

 特に西部では異様な光景が広がっており、落下し大地を割り砕いた魔鋼マナメタルの残骸と、アルフレッドの支配から離れた大量の死体が放置されたまま疫病の温床となってしまう可能性すらあった。


 そうした死体の処理について、ホルツヴァーグ魔導国やフラムブルグ宗教国家の人材が主に手を貸してくれている。

 魔法を使った死体の処理や浄化が施され、更にガルミッシュ帝国側の帝都にも流れ込んでいた死体も処理が進められると、辛うじて帝国と共和王国で疫病の発生と拡大は未然に防がれつつあった。


 こうして図らずとも、ローゼン家の父と息子の手腕によって帝国と共和王国の復興は滞りも少なく進められている。

 そうした状況の中、一隻の箱舟ふねが共和王国の北部へ到着していた。


 その箱舟ふねから降りて来たのは、黒い外套マントを羽織った四十人余りの男達。

 彼等は樹海に身を置いていた黒獣傭兵団の団員達であり、各々が武装した姿をしていた。


 すると彼等の先頭に立つように歩み出て来たのは、黒獣傭兵団の副団長ワーグナー。

 彼は降り立った共和王国の北部にて、周囲を見回しながら後ろに立つ団員に尋ねた。


「――……本当に、ここら辺なのか?」


「王都や付近の町に居る連中の話だと、ここみたいですね」


「そうか。……行くぞ」


「はい」


 ワーグナーは箱舟ノアから降りた黒獣傭兵団の団員と共に、その北部を歩く。

 そうして彼等が歩みを進めると、昼間にも関わらず霧が張られた場所に辿り着いた。


 水場も無く気候も落ち着いている場所に不自然な霧が立ち込めている事に、ワーグナーや他の団員達は訝し気な表情を浮かべる。

 そして団員の一人が目印になりそうな木に短剣で一筋の傷を付けた後、それを確認したワーグナーは全員に声を掛けた。


「何か不自然だと思ったら、すぐに知らせろ。隣や前、そして後ろの奴を見失うなよ」


「了解」


 全員が警戒を抱きながら歩み進め、十数分ほど歩く。

 すると先頭を歩いていたワーグナーが異変に気付き、右腕を横に広げながら団員達の足を止めた。


「副団長?」


「……見ろ。さっき付けられた目印しるしだ」


「えっ」


 団員達はその言葉を聞き、ワーグナーが見たモノを確認する。

 それは一筋の傷が刻まれた木であり、その傷が付けられた角度と高さも先程と違いが無い事を団員達も確認した。


 するとワーグナーは濃い霧の中を見ながら、溜息を吐き出して呟く。


「これも魔法か? それとも、魔人の魔術ってやつか。……どうやらこの先には、誰にも入り込ませたくない場所があるらしい」


「じゃあ、やっぱり……」


「いるな、この先に。――……おぉおいっ!! 誰かいるんだろっ!!」


「!」


「俺達は、お前さん達を襲いに来たわけじゃねぇ! ちょっと会いたい奴がいるから、この先に行かせちゃくれないかっ!!」


 霧の中で声を大きく張り上げるワーグナーは、誰に向けているかも分からない大声ことばで話し掛ける。

 それから幾度も同じ言葉で叫び、団員達もそれを手伝うように声を上げながらも、何の返答も無いまま一時間程の時が流れた。


 そうして全員が枯れそうな喉を手持ちの水筒で潤すと、ワーグナーは最後にこう叫ぶ。


「マチス、この先にいるんだろ! 出て来いよっ!! それとも、人間の俺達なんかもう仲間じゃないってかっ!!」


「……」 


「俺はな、お前がやった事を絶対に許すつもりはねぇっ!! ……でもな、お前が言ってた事が本当かを確かめに来たっ!!」


「副団長……」


「それが確認できるまで、俺は帰らねぇぞ。……でなきゃ、あの村で死んだ連中も、そして死んだ俺達の仲間も、納得しないだろうがっ!!」


 怒鳴るワーグナーはそうした言葉を向け、霧の向こう側に居るであろう者に意思を伝える。

 ワーグナーの心情こころにはマチルダやその村の者達、そして共に共和王国へ潜入し死んだ団員達の姿を思い浮かべた。


 しかしそれでも霧は何の反応も示さず、言葉も返って来ない。

 そうして一息を吐き出しながら水を飲もうとしたワーグナーだったが、彼等の居る正面から声が届いた。


「――……もぅ、うるわいわよぉ」


「!?」


「そんな大声でそんな事を叫んだらぁ、子供達が怯えちゃうじゃないのよぉ」


「……アンタは……?」


 霧の中から聞こえる女性の声に、ワーグナーや団員達は警戒を強める。

 すると正面の霧から濃い影が現れ、彼等の前に異様な姿の女性が姿を現した。


 それは帝国や旧王国では珍しい和服であり、更にその女性の背中側には九つの金色の尻尾が見える。

 更に金色の瞳と髪を靡かせながら扇子を広げて姿を現したのは、あの妖狐族クビアだった。


 ここでクビアとは初対面となるワーグナー達は、明らか人間ではない女性クビアに警戒心を抱く。

 するとクビアは彼等の姿を視認すると、何かを思い出すような声を漏らした。


「あらぁ、貴方達ってぇ……。……あぁ、思い出したぁ。マーティスが組んでた人間の傭兵団ねぇ」


「!」


「……マーティスってのは、もしかしてマチスの事か?」


「そうよぉ、あの子の本名。マチスは愛称ねぇ」


「……アンタ、マチスの知り合いか?」


「そうよぉ。……それで貴方達ぃ、マチスに会いたいってぇ?」


「……いるんだろ、ここに。マチスの野郎が」


「なんでそう思うのかしらぁ?」


「南部で起きた爆発で、生き残った連中が居たらしいじゃねぇか。その一人が重傷なのに忽然と姿を消したって話を、聞いて来たんだよ」


「ふぅん。つまりマチスがぁ、貴方達にここの事を話したのぉ?」


「正確には、俺だけだがな。……この先にあるんだろ? アンタ達の……魔人の子供達がいるって村が」


「……」


 ワーグナーはそう尋ねると、クビアは視線を細めながら扇子を開く。

 その音とクビアから僅かに敵意が向けられている雰囲気に気付き、ワーグナーも団員達も身構えようとした。


 しかしクビアの背後から、新たな声が霧越しに現れる。

 それは彼等も聞き慣れた声であり、黒獣傭兵団の全員が驚愕を浮かべた。


「――……あねさん、そいつ等はいいよ」


「……!!」


「あらぁ、いいのぉ?」


「それに、俺も会って話したかったからさ。……コイツ等を、村に連れて来てやってくれ」


「……貴方がそう言うならぁ、しょうがないわねぇ」


 その男の声を聞いたクビアは、広げた扇子を右腕で扇ぐ。

 すると一帯を覆っていた霧が一瞬の内に晴れ、周囲の景色が見えるようになった。


 クビアは霧を晴らすと、ワーグナーや団員達にこう告げる。


「付いて来なさぁい。でもぉ、村の子達に何かしたらぁ、容赦なく殺すわよぉ」


「……ああ、分かった」


 クビアはそう言いながら背中を見せ、彼等を先導するように歩く。

 それに応じるワーグナーは身構えた態勢を引かせ、団員達の方へ頷きながらクビアの後を付いて行った。


 それから数分ほど歩くと、木製の柵で覆われた場所をワーグナー達は発見する。

 するとその入り口となっている場所へクビアが導き、振り向きながら彼等に話した。


「――……ここがぁ、あの子達を匿ってる村ぁ。……私達よりずっと幼い、魔人達がいる村よぉ」


「……!」


「アレって……!!」


 村の入り口に視線を向けた団員達が、その奥に見えた人物の姿に驚く。

 それに気付くワーグナーも目を見開きながら、出迎えるように立っている小柄な男の姿を確認した。


 すると小柄な男は、ワーグナーや団員達に向けて言葉を向ける。


「――……久し振りだな、ワーグナーの兄貴。それに、皆も」


「……マチス、お前……」


 ワーグナーや団員達が見たのは、仲間であったマチスの姿。

 しかし彼の左足は無くなっており、それを補うように 左手で握る杖で華奢になった身体を支えにしながら彼等を迎えた。


 こうしてワーグナーと黒獣傭兵団の団員達は、自分達を冤罪に追い込んだ実行犯であるマチスと再会する。

 しかし彼等の知る気さくながらも頼もしい小柄な男はおらず、ただそこには左足を失くし痩せ細った病人の男だけが存在したのだった。

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