出会いの準備


 ガルミッシュ帝国の帝都しゅとに訪れたウォーリス達は、一日目として開催される帝国皇子ユグナリスの誕生日祝宴パーティーへ向かう。

 市民街の民宿へ迎えに来た帝城御用達の馬車に乗った三人は、そのまま貴族街に入り祝宴パーティーが行われる帝城へ訪れた。


 ウォーリスは馬車から降りて初めて見る帝城を見上げると、僅かに険しい表情を浮かべる。

 それは祝宴パーティーに対する緊張や不安感から導き出された感情ではなく、次に起こるであろう『黒』の予言と運命について考えていた為だった。


 そんなウォーリスに対して、後ろに控え立つリエスティアが微笑みながら声を向ける。


『――……行きましょうか』


『……ああ』


 ウォーリスとリエスティアはそうして歩み出し、その後ろを従者役を務めるアルフレッドが付いて行く。

 そして三人は帝城そこで警備をしている騎士達の案内に従って祝宴場パーティーの受付に向かい、そこで用意していた偽名の招待状をアルフレッドに提出させた。


 それを受け取った受付の若い男性騎士は、招待状の中身を検めながら三人を見て名前と素性を確認していく。


『――……アーデルベルト男爵家の方々ですね。今回、御出席なさるのは……嫡男であるフロイス様。その妹御である、クロエオベール様。そして貴方が、従者のフレッド殿でよろしいですか?』


『はい』


『従者の方は、御一人ですか。……御両親は御参加されないのですね?』


『はい。御二人や他の者達は急用の為に、今回の出席が出来なくなりまして。代わりに私が御供をさせて頂いております』


『そうですか。……分かりました。それでは、こちらが出席者の席次の番号となります。他の番号には別の貴族家かたがたが御座りになるので、くれぐれも御間違いの無いように』


『分かりました』


『それでは、彼が会場まで案内を務めますので、どうぞ御通り下さい』


 受付を務める若い騎士は実際にアーデルベルト男爵家にも招待状が送られている事や、返答の際に伝えられた出席者が符合する事を確認する。

 両親が伴わずに従者一人が子供達を連れて出席するという状況に僅かに違和感を持ちながらも、それを深くは追及せずに他にも訪れている出席者達へ対応する為に三人の通過を認めた。


 無事に受付を終えた三人は、特に安堵するような様子も浮かべずに案内を務める若い男性執事に付いて行く。

 そして祝宴パーティーの会場となっている大広間ホールへ赴き、参加者が入るやや大きな扉を潜りながら多くの人々がひしめきう場へ入場した。


 そこにはガルミッシュ帝国に集う貴族達や、外部から招かれている賓客ゲストの商家なども多く含まれている。

 煌びやかな会場の風景と、それを際立たせるような装飾を身に纏い整えられた装束ドレスを身に着ける老若男女が集う場を、ウォーリスは生まれて初めて見ていた。


『……ここが、帝国このくにの支配者達が集う場所か。……拍子抜けだな』


 しかしその光景を眺めながら歩くウォーリスは、明るく振る舞い談笑し合う帝国貴族達の様子を見て失望にも似た嘲笑を浮かべる。

 

 出席者の多くは帝国貴族であるはずだが、そのほとんどが肥え太っている者が多い。

 更に彼等が引き連れている子供達も年若いとはいえ、自分のように鍛えられている様子も無く、親と似て肥えてしまっている者さえいる。

 そうした者達に一切の迫力や脅威を感じないウォーリスは、落胆の色合いを下げた瞼と見下す瞳を向けさせていた。


 大栄たいえいの中に広がる怠惰たいだの光景は、ウォーリスに抱かせていた僅かな希望を完全についえさせる。

 こんな者達が支配している帝国このくにが、自分の父親ゲルガルドを打ち倒せるはずがないという考えが、確信となってしまったのだった。


 それと同時に、ウォーリスの疑念は更に深まる。


 この会場の中に訪れているという『黒』が伝えた、運命を変えられるという者が本当に存在するのか。

 それを確認するように、ウォーリスは大衆の騒めきに紛れながら傍に控えるリエスティアに尋ねた。


『……本当に、この中にお前の言う者がいるのか?』


『いえ、まだ居ないみたいですね』


『なに?』


『きっと、もうすぐ来ますよ。――……ほら、来たみたいです』


『!』


 リエスティアはそう微笑みながらある方向を見ると、それに合わせて会場内の騒ぎが一層激しくなる。

 その騒ぎが強まる方角を見たウォーリスとアルフレッドは、そこから響き聞こえる観衆の声を聞き取った。


『――……ローゼン閣下が来たようだな』


『クラウス様か。このような祝宴パーティーに来られるのも、随分と久しいな』


『皇帝陛下と皇后様が御呼びになったんでしょう。……あら、今回は御家族も御連れになっているのね?』


『確か、御子息のセルジアス様ね。……あら、もう一人……?』


『御息女もいらっしゃったのか。これは是非、息子に挨拶をさせねば』


 それぞれ声を向ける招待客達は、皇族専用の出入り口ではなく招待客用の出入り口に視線を注いでる。

 彼等が注目しているのは、そこに現れたローゼン公爵家という者達についての話題だった。


 帝国貴族達から一層強い視線と注目を集められるローゼン公爵家という存在に、ウォーリスは怪訝な様子を浮かべる。

 そして自らその姿を確認する為に、アルフレッドにリエスティアの事を託した。


『アルフレッド、リエ……クロエオベールを頼む』


『どうなさるのです?』


『相手がどんな姿か、見てみたい』


 そうして自らの足で歩み出したウォーリスは、人垣の隙間から入場して来たローゼン公爵家の顔を見る。

 するとそこには、黒い礼服を身に纏った従者達を伴う、似通っている金髪碧眼の容姿をした三人の親子らしき姿が見えた。


 一人目は、二十代後半から三十代前半に見える若々しい男性。

 その姿は礼服を身に纏いながらも、鍛え抜かれた肉体と幾多の修羅場を潜り抜けたことを意味する油断の無い雰囲気がウォーリスにも感じ取れた。


 それでも自分の方が強いと言える自負を、ウォーリスは自らに抱く。

 しかし他の帝国貴族達とは纏う雰囲気の違いを感じ取り、ウォーリスは秘かに呟きながら疑問を漏らした。


『……もしかして、あの男か? ……いや、【やつ】はあの子と言っていたな。だったら、可能性があるのは……』


 ウォーリスは『黒』の言っていた予言の言葉を思い出し、運命を変えられる相手の年齢が大人ではなく子供である可能性が高いと考える。

 そして自然と視線は父親と思しき男から、その背後に控え立つ金髪碧眼の兄妹ふたりに向いた。


 兄らしき金髪碧眼の少年は、年齢的に言えば七歳か八歳くらい。

 顔立ちも父親に似て整えられ聡明にも見えるが、ウォーリスから見れば温室で育てられたような温い雰囲気を感じ取らせた。


 しかしその妹は、兄よりも更に幼く見える。

 年齢からすればリエスティアより幼い二歳か三歳程度だったが、その顔には微笑みの色が無く、周囲を見渡しながら困惑にも似た表情を浮かばせていた。


 その兄妹ふたりに対しても、初めて見るウォーリスは強者と言えるような空気を感じ取れない。

 隠している様子でもなく、ただの子供という印象を持つしかない兄妹ふたりに、ウォーリスは逆に困惑の内情を色濃くさせた。


『あの中に、本当にいるのか……?』


 ウォーリスは疑問を口にしながらも、ローゼン公爵家を囲む人垣を離れアルフレッドとリエスティアが待つ場所まで戻る。

 そして招待客達が注目するローゼン公爵家を他所に、リエスティアに対して厳しめの疑問を口にした。


『……あの中に、本当に居るのか?』


『そうですよ。……でも、あの子をここで導かないと。運命は何も変えられない』


『導く……?』


『その為に、私も……準備が……ごほっ!』


『!?』


 そうして話していたリエスティアが、突如として咳き込みながら身を屈める。

 それに驚きを浮かべるウォーリスとアルフレッドは、共に膝を着きながらリエスティアの様子を確認した。


 ウォーリスがリエスティアの額に右手を当てると、低くなっていたはず体温が再び高まり始めている事が分かってしまう。

 祝宴ここに来る段階で発熱が再発している事を理解したウォーリスは、リエスティアに厳しい小声を向けた。


『また、熱が上がっているじゃないか。どうするんだ?』


『……そこの、御皿を取って下さい……』


『え?』


『そうすれば、祝宴ここでやる事は……今日は終わります』


『……分かった。アルフレッド、その皿を取ってくれ』


『は、はい』


 リエスティアが熱で苦しみながらも訴える姿に、ウォーリスは従う事を決める。

 そしてアルフレッドに伝えて指示された皿を取ってもらい、それをリエスティアの前に差し出した。


 それを受け取った後、リエスティアは再び小さな咳を漏らす。


『こほっ、ぐ……っ。……この皿を、元の場所に戻してください』


『なに?』


『それで、いいんです』


『……アルフレッド、頼む』


『分かりました』


 リエスティアの手から戻された皿は、再び並べ重ねられていた皿の上に戻る。

 ローゼン公爵家の入場に注目している周囲の者達は、そうした行動をしている三人に気付く事は無かった。


 そしてウォーリスに起こされたリエスティアは、アルフレッドに頼むように伝える。


『……ここの人に、私の体調が悪いと伝えてください。そして、何処かの部屋で休めるようにと……』


『よろしいのですか?』


『それで、今日やれる事は全てです。……後は、御二人の好きなようにしてください』


 そう言いながら僅かに荒い息を零すリエスティアに、アルフレッドは眉を顰めた表情を浮かべる。

 そしてウォーリスの方を向いて確認し、その後の指示を受けた。


『ウォーリス様、どうしますか?』


『……今は、リエスティアの言う通りにしよう』


『分かりました』


 ウォーリスの承諾も得たアルフレッドは、少し離れた位置に居る使用人に事態を伝え、リエスティアを休ませる場所を提供してもらうよう話す。

 そしてアルフレッドが戻ると、伴って来た若い女性の使用人がリエスティアの容態を確認し、落ち着いた面持ちで伝えた。


『……熱が御有りになるようですね。こちらで御用意する客室にて、お休み頂きましょうか?』


『御願いします』


『では、こちらへどうぞ。……この子の御両親は?』


『両親は来ていません。彼は従者で、この子は私の妹です』


『そうですか。それなら、御二人も一緒に御越しください。御部屋まで御案内させて頂きます』


 真摯に対応する女性の使用人は、リエスティアを丁寧に抱き寄せながら帝城に設けてある客室へと案内する。

 それに付いて行くアルフレッドとウォーリスは、ある客室に入り寝台ベットにリエスティアを寝かせてもらった。


 それから帝城に駐在する医師に連絡すると伝え、女性の使用人は部屋から出て行く。

 すると熱に浮かされながらリエスティアは微笑み、二人に声を向けた。


『……これで、準備は完了です』


『これが、準備?』


『……私は、ここで休みます……。……二人は、祝宴パーティーが終わるまでは来ないでください』


『なに?』


『決めるのは、貴方達です。……どうしますか?』


『……分かった。お前の好きなようにしてみろ』


『はい』


 リエスティアの言葉に従う事を選んだウォーリスは、その後に女性の使用人が連れてきた医師に彼女を任せる。

 そしてアルフレッドを伴いながら部屋を出ると、再び祝宴パーティーの会場へ戻った。


 丁度この時、会場内には音楽隊の奏でる曲と共に、中央の赤い絨毯が敷かれ並べられている大扉が開けられる。

 そしてその大扉から入場して来る、ガルミッシュ皇族である皇帝ゴルディオスと皇后クレア、そしてその幼い息子である皇子ユグナリスが入場して来たのだった。

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