覚悟の対面
母親であるナルヴァニアに仕える従騎士ザルツヘルムと接触できたウォーリスは、一つの策を持ち掛ける。
それはルクソード皇国の南方に棲み暮らすという皇族の血を継ぐ部族を犯罪奴隷に堕とし捕らえ、内乱後に起こる可能性がある後顧の憂いを絶つという手段だった。
更に研究材料として『赤』の血を引く
そうする事で
皇国にて策謀を巡らせる
その裏側では部族で暮らしていた幼いレミディアと
結果として捕らえた部族達は、『結社』の手を通じて犯罪奴隷としてガルミッシュ帝国側へ運ばれる。
その情報は帝国内に潜伏している
『――……そうか、届いたか』
『何が、届いたのですか?』
『……私の策を進める為に、必要なモノを母上に用意してもらったんだ』
『それが届いたんですね! どんな物なんですか?』
いつも通り納屋の中で話す侍女カリーナは、濁りも無く屈託の無い笑みでそう聞き返す。
それを問われたウォーリスは僅かに口を閉じた後、小さな息を鼻から漏らしながら微笑みを浮かべて別の話題に切り替えた。
『それよりも、君に渡したい物があるんだ』
『私に、ですか?』
『ああ。……これを、受け取ってくれないか?』
『……これって、指輪ですか?』
『うん。……確か、もうすぐ誕生日だったよね?』
『あっ、そうですね。……えっ、もしかして……?』
『少し早いけど、誕生日プレゼントだよ。……拙い手作りで、申し訳ないけれど』
申し訳なさそうにウォーリスが差し出す指輪は、黒色の金属に嵌め込まれた小さな
それを差し出され驚きを浮かべたカリーナは、慌てる様子で半歩ほど下がって伝えた。
『ほ、宝石が付いてますよ! そんな高価な物、受け取れません!』
『これは君の為に作ったんだ。君が付けてくれないと、私が困ってしまう』
『で、でも……私には似合わないと思うので……』
『そんな事は無いよ。それにコレは、御守り代わりと言えばいいかな。だから君には、持っていて欲しい』
『御守り、ですか……?』
『それは君が、こっそり持っていてくれ。出来るだけ、肌身離さずにね』
『……分かりました。では、御預かりします!』
『預けるんじゃなくて、あげるんだよ』
そう言いながら微笑むウォーリスは、カリーナの重ねている両手に指輪を置く。
それを受け取らせた後、ウォーリスは改めてこれからの事を伝えた。
『……カリーナ。君に、最後の仕事を御願いするよ』
『最後……?』
『ここから屋敷に戻ったら、私が正気に戻ったことを父上に……あの男に伝わるようにしてくれ』
『えっ!? ……でも、それは……!!』
『君は、その仕事を果たしてくれるだけでいい。……これからの事は、私に任せてね』
『……』
『心配しなくても大丈夫だよ。……上手く行けば、また君に会えるかもしれない』
『でも、じゃあ……この指輪は?』
『もしかしたら、君の誕生日に渡せないかもしれないから。だから先に、渡しておこうと思ったんだ』
『……ッ』
『今まで、私に協力してくれてありがとう。……君のように優しい女性に会えたのが、私にとって最大の幸運だった』
そう伝えるウォーリスの表情は今までに見た事が無い程に安らぎを浮かべ、心の底からカリーナに対して感謝している事を伝える。
するとカリーナは何かを察するように茶色の瞳に涙を浮かべ、指輪を左手の中で握り締めながら腰を屈めて寝台に座るウォーリスを抱き締めた。
『!?』
『ウォーリス様、死なないでください……っ!!』
『……大丈夫だよ。きっと』
『でも、でも……。……お爺ちゃんも、そういう顔をして……私を撫でてくれた、次の日に……っ』
『……そっか。……きっと君のお爺さんも、最後はこんな幸せな気持ちだったんだろうね』
『う、うぅ……っ』
『ありがとう、カリーナ。……愛しているよ』
祖父と今生の別れ際とウォーリスの姿が重なったカリーナは、涙を流しながら引き留めようとする。
しかしカリーナの頭を右手で優しく撫でるウォーリスは、左手で自分よりも大きく育っている身体を抱き締めながら自身の気持ちを伝えた。
幾時か過ぎて泣き止んだカリーナは、ウォーリスの暮らす納屋を離れる。
そして屋敷に戻ると、直属の上司である侍女長にウォーリスの病状が緩和し正気に戻った様子があると伝えた。
それからウォーリスの周囲は慌ただしくなり、カリーナ以外の侍女や執事が納屋まで訪れる。
すると
ウォーリスはその間に記憶が混濁したフリをしながらも、以前までと違いはっきりと受け応えが出来る様を見せる。
そこまでの報告が、当主付きの執事達を通じて父親であるゲルガルドにも伝わった。
『――……そうか、ウォーリスが正気を戻したか』
『はい。只今、掛かり付けの御医者様に様子を確認させておりますが……』
『ふむ。……それで、ウォーリスは何か言っているのか?』
『それが、御父上である御当主様と御話をしたいと。出来れば、二人きりで』
『ほぉ、ウォーリスが私と?』
『確かにウォーリス様は、御当主様の嫡子でありましたが。今は弟君であるジェイク様も居りますので……』
『ふっ、構わん』
『!』
『医者に一通り診せ終わったら、私が直々に会いに行こう。ウォーリスの下までな』
『よろしいのですか?』
『ああ。それに私も、色々と伝える事があるのでな。……会う時は、私とウォーリスだけでいい。誰も付いて来なくて良いぞ』
『承知しました。そのように御伝えします』
『……そういえば、ウォーリスの世話をさせていたのは奴隷として買った
『はい。確か名は、カリーナという者のはずです』
『そうか、分かった。……下がって良いぞ』
『それでは、失礼します』
執事長にそう伝え退室させたゲルガルドは、机に置いてある
それを味わいながら喉に通すと、口元をニヤけさせながら鋭い眼光で独り言を呟いた。
『……騒ぎ立てるかと思ったが、まさか話をしたいとはな。そう考えられる前には、正気を戻っていたと考えるべきか。……その考え絞った答え次第で、お前の命運もここまでだ。ウォーリスよ』
ゲルガルドはそう言いながら現状を理解し、ウォーリスが正気ではないフリをしながら冷静に話し合う為の機会を窺っていた事を察する。
それに対して何らの脅威も抱かず、逆に脅威となる前に排除できる容易い相手だと考えながら、ウォーリスと二人だけで対面する事をゲルガルドも望んだ。
それから一通りの検査を終えた事が伝わると、ゲルガルドは自らの足で庭園近くの納屋まで赴く。
そして
『――……元気そうだな、ウォーリス』
『……御久し振り、父上』
こうしてゲルガルドと向かい合うウォーリスは、自身の目的を果たす為に取り入る為の交渉に入る。
しかしそれを叶える為には、ウォーリスが思う以上に困難な道筋を辿る必要があった。
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