逃走中の邂逅


 同盟都市の地下に広がる魔鋼マナメタルの遺跡内部にて、潜入した狼獣族エアハルトが囚われているアルトリアを回収する。

 そして外に戻ろうとする帰路の通路にて、エアハルトは【魔王】と称している人物と遭遇を果たした。


 アルトリアを引き渡すよう求める【魔王】を拒絶したエアハルトによって、二人は対峙するような様相を窺う。

 しかしその場に乱入するように現れたのは、未来の戦いにおいて脅威となった魔鋼マナメタルで形成されている黒い人形達だった。


 【魔王】とエアハルトに対して襲い掛かる黒い人形達は、自身の魔鋼からだを変質させ武器としながら二人に襲い掛かる。

 それを退けようとする【魔王】に対して、エアハルトはそれ等から逃げるようにアルトリアを背負いながら魔力の電撃を肉体に纏わせ、凄まじい速度でその場から逃走を選んだ。


 魔力を電撃に変換し肉体に纏ったエアハルトの加速と敏捷性は、通常時の身体能力を遥かに上回る。

 黒い人形達が振り翳す両手の剣に対して、エアハルトはそれ等を見事にすり抜けながら通路を戻るように走り抜けた。


 しかし黒い人形達はそれで諦めず、次々とエアハルトに表情の無い顔を向けながら追うように走り始める。

 その速度も常人離れした加速を見せたが、エアハルトの速力に比べれば数段落ちる追跡となっていた。


「――……速度はやさは、俺が上のようだな」


 エアハルトはそうして呟き、黒い人形達の追跡が恐れるに足らない事を察する。


 【魔王】の攻撃に耐える耐久力と、エアハルトですら破壊できなかった鉄格子と同じ材質と思しき壁を破壊した黒い人形の攻撃力を、エアハルトは間近で確認していた。

 それ故に自分から攻撃を仕掛けても無意味だと悟り、アルトリアを伴いながら逃走を選んだエアハルトの判断の速さは、野生の中で生きる獣の常套手段とも言える。


 しかし背負われるアルトリアに関しては、この状況を適応できていない。


 呪印を施され意識を失っている為に、エアハルトの首に回している腕には一切の力が籠っていない。

 それ故にエアハルトの加速しながら避ける動作は、アルトリアの脱力した身体を危うく振り落としそうになっていた。


「クッ!!」


 身体が投げ出されそうなアルトリアに対して、エアハルトは右手だけで離れようとする彼女アルトリアの両腕を掴み止めながら走り抱える。

 人狼オオカミ姿で二メートル程の体格になっているエアハルトだったが、僅かに足が宙に浮くだけのアルトリアの身体を背負ったまま本当の最高速度までには至れず、煩わしさを強く感じていた。


 せめてアルトリアの意識があり、自分エアハルトの身体を掴んでくれていれば。

 そう思うエアハルトの感情が、走りながら怒鳴るような声をアルトリアに向けていた。


「おいっ!! こんな状況でも起きないのかっ!?」


「……」


「クソッ、わずらわしい――……チッ!!」

 

 意識を戻さないアルトリアを背負ったまま走り続けるエアハルトは、前方の通路を駆けて来る黒い人形を発見する。

 すると苛立ちを込めた舌打ちを漏らし、再びそれ等を避けながらすり抜けようとした。


 しかし黒い人形は複数で現れ、意図するように通路を塞ぎながらエアハルトの進路を妨げる。

 更に両手を剣状に変形させながら、それぞれがエアハルトへ襲い掛かるように迫った。


「人形風情がっ!!」


 立ち塞がる黒い人形達に対して、エアハルトは悪態を吐きながらも速度を緩める。

 そして襲って来る黒い人形達と迫る剣を見切り、右脚を跳ね上げながら魔力斬撃ブレードを放って迎撃した。


 斬撃を浴びた人形達は破壊こそされなかったが、軽い重量の為に勢いよく吹き飛ぶ。

 すると左右に別れ倒れた人形達の隙を狙い、エアハルトはその隙間を縫うように駆け跳びながら強行突破を成功させた。


 人形達から離れて逃げるエアハルトは、アルトリアを落とさないように前傾姿勢で走り続ける。

 そして通路の先に映る別れ道を見た瞬間、左側から姿を見せた新たな黒い人形達に厳しい視線を向けた。


「チッ、またか――……ッ!?」


 再び黒い人形達を退けようと考えたエアハルトだったが、次の瞬間に通路に異変が起こる。


 別れ道となっている通路の中央に築かれた壁に大きな亀裂が入り、凄まじい衝撃音と共に壁が破壊された。

 瓦礫と土煙が舞う中で黒い人形達がそちらに表情の無い顔を向けた瞬間、その人形達に凄まじい衝撃を浴びせながら空いた壁の中へ放り込まれる。


 足を止めてそうした様子が見える土煙を見ていたエアハルトは、嗅覚によって土煙の中に現れた何かに気付いた。


人形やつらとは違う、新手あらてか……っ」


 新たに現れた相手が人形ではない事を察し、エアハルトは警戒心を高めながら睨むように土煙の中を見る。

 するとその中から二人分の人影が見え、そこから発せられた声がエアハルトに向けられた。


「――……覚えのない魔力だと思えば、誰だ?」


「――……十二支士なかまじゃないっぽいね。敵勢力むこうと手を組んでた魔人の一人かな?」


「!」


 土煙の中から現れたのは男の声であり、それぞれに年齢の違いを感じさせる。


 一人目は二メートルを超える大男であり、二人目は金色の長棒を持った小柄な少年。

 互いに人間の姿をしながらも肉体に纏わせている重厚な魔力を感じ取ったエアハルトは、目の前に現れた二人が魔人である事に気付いた。


 そんなエアハルトを眺めるように見る二人の中で、大男の方が低くも落ち着いた声で話し掛けて来る。


「狼の姿で雷を身に纏う種族。となると、お前は狼獣族だな。十二支士ではないな」


「……貴様等は、干支衆か?」


「俺達を知っているか。……背負っている女は、こちらで探している一人らしいな」


「……チッ」


「その女を、お前はどうする気だ?」


 エアハルトが背負うアルトリアにも視線を向けた大男は、そう尋ねるように問い掛ける。

 するとエアハルトは微妙な面持ちを浮かべながら大男の顔と匂いを確認し、突如として奇妙な事を言い始めた。


「……ゴズヴァールの肉親か?」


「!」


「貴様からは、ゴズヴァールと似た魔力の匂いがする」


「……俺はフォウル国の干支衆、『うし』バズディール。ゴズヴァールは、俺の息子だ」


「ゴズヴァールの父親……!?」


狼獣族オオカミよ。お前はもしや、ゴズヴァールが人間大陸で集め育てていたという魔人の一人か?」


「……ああ、そうだ」


「名は?」


「……エアハルトだ」


 エアハルトは嗅覚によって目の前の大男バズディールとゴズヴァールの繋がりに気付き、訝し気な声でそうした問い掛けを向ける。

 するとそれに答えたバズディールもまた、目の前に立つエアハルトがゴズヴァールに関係する魔人である事だと察した。


 それによってある程度まで話し合う余地が出来た二人の内、バズディールから再び問い掛けが向けられる。


「エアハルト。お前は、この遺跡の主に味方として付いている者か?」


「違う」


「ならばどういう理由で、その女を背負っている?」


「攫われたこの女を救うよう、この女の家族あにから依頼されている」


「ふむ、そうか」


「逆に貴様達は、この女を殺すように命じられているのだろう?」


「何故それを知っている?」


「クビアから聞いた。巫女姫という女は、創造神オリジンの復活がよほど怖いらしいな」


「なるほど、クビアからか。ならば話も早いだろう。――……その女、渡してくれないか?」


「断る」


 互いに事情を把握しながら話を行う二人の中で、バズディールは【魔王】と同じようにアルトリアの身柄を渡すように求める。

 しかし同じようにそれを拒絶するエアハルトは、肉体に滾らせる魔力を強めながら肉体の輝きを強めながら言い放った。


「俺からも聞く。……貴様等には、魔人のほこりが無いのか?」


「……なに?」


「ただの人間、しかも女二人を殺すなどという解決方法に、貴様等の矜持プライドは何も傷付かないのか?」


「……」


「俺はゴズヴァールから戦う技術を教わり、魔人として持つべき矜持プライドも教えられた。……もしゴズヴァールが同じ事を命じられたとしても、そんな命令など反対し従わない。それどころか弱者をいたぶるよりも、強者に挑む事こそ魔人にとっての本望だと言うだろう」


 アルトリアとリエスティアの二人を殺すよう命じた巫女姫の命令と、それに従おうとする干支衆に対して、エアハルトはそうした物言いで反意を示す。

 それを聞いていたバズディールは僅かに視線を俯かせた後、顎を僅かに上げてからエアハルトにこうした返事を行った。


「……確かに、息子やつはそうするだろう」


「!」


「だが事態は、お前達が考える以上の危険を孕んでいる。……その女達が新たな天変地異を起こし、巫女姫様すら恐れる創造神オリジンの復活は妨げねばならない」


「……ッ」


干支衆われわれは、巫女姫様の判断が正しいと信じて従う。――……シンッ!!」


「話、終わりかな? ――……じゃあ、やろっかっ!!」


「チッ!!」 


 互いに意見を違えた事を確認し終わったエアハルトとバズディールに応じるように、傍に控えていた同じ干支衆の『さる』シンが金色の長棒を軽く振りながら構える。

 そうして干支衆の二人と敵対する事になったエアハルトは、苦々しい面持ちを浮かべながら身体に纏わせる電撃を更に高めた。


 こうして干支衆のバズディールとシンに遭遇したエアハルトは、互いの目的を違えている事を確認する。

 そしてアルトリアを抱えたまま、実力者である干支衆と対峙する事となった。

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