覇者の実力


 数え切れない程の死体グールの大群は、再び帝都への侵入を開始する。

 それに抗う帝都の残存兵力は、壁を越えて貴族街に侵入しようとする死体グールを撃退すべく必死に戦い続けた。


 しかし押し寄せ続ける死体の対応に遅れ、更に貴族街と市民街に通じる正門が壊された事で、状況は大きく一変する。

 更に北側の壁を乗り越えられると、対抗し続けていた兵士や騎士達は絶望に覆われながら自死すら選ぼうとする程に追い詰められた。


 それ等を指揮して抗い続けていた帝国宰相セルジアスにも、死体グール達が襲い掛かる。

 しかし間一髪の状況で現れたのは、救援の使者として各国に赴いていた妖狐族クビアと、彼女が連れて来たというフォウル国の戦士達だった。


「――……あ、アレが……フォウル国の魔人……」


 十二支士じゅうにししと呼ばれる人と非なる部分を持つそれぞれの魔人達が、高速で繰り出す爪など手足を中心とした斬撃を押し寄せる死体グール達に浴びせる。

 すると死体グールの身体は剣で斬られる以上に容易く切断され、その上で頭を細切れに、更に踏み付けて破壊しながら確実に撃破していった。


 更に夜の上空からは、背中や腕そのものに羽を生やした鳥獣系の魔人達が押し寄せる。

 そして腕のある種族は両手を翳し、腕そのものが翼の種族は腕を羽ばたかせ、共に下に押し流れる死体グール達に緑の魔力を込めた風の斬撃を浴びせ撃つ。


 それによって正門に雪崩れ込もうとする死体達は一気に押し出されながら切り刻まれ、一時的ながらも正門に押し寄せる死体グールが途絶えた。


「――……今だぜ、クビア!」


「えぇ。――……行くわよぉ」


「!」


 上空を飛ぶ魔人からそうした声が届き、クビアに伝わる。

 すると左の袖口から紙札を取り出したクビアは、紙札それに魔力を注ぎ込んで抉じ開けられた正門に放った。


 その紙札は凄まじい速さで正門に向かうと、それに応じるように傍に立つ魔人達が後退する。

 そして放たれた紙札が正門の右扉に付着し茶色の魔力が輝きを強めると、クビアは扇子を向けながら呟いた。


「壁になりなさぁい」


「……!?」


 クビアのその言葉に従うように、紙札が張られた場所に突如として土塊が張り付くように生み出される。

 更に土塊が壁のような形状となって正門全体を覆い、穴となっている左側の扉も埋めるように生成されていった。


 その厚さは五メートルを超え、まるで小高い崖が目の前に突如として現れたようにセルジアス達は感じる。

 しかし当然ように微笑むクビアは扇子を閉じると、同時に作り出された土壁の生成が止めながらセルジアスに声を向けた。


「これでぇ、そこは大丈夫かしらぁ」


「……え、ええ。……いや、まだ壁を乗り越えた死体が……!」


「そっちもぉ、多分大丈夫じゃないかしらぁ?」


「えっ」


 クビアはそう述べる言葉を聞いたセルジアスは、思わず口を開けたまま呆然とする。

 すると懸念されていた北側の状況に場面は移り、そこに現れている魔人達の姿が映し出された。


「――……テメェ等! クセェ人間モドキをるぞっ!!」


「おうさ!」


 その場で大声を発しながら数十人の魔人達を指揮しているのは、黒い縞模様を身体に浮かべた逞しい肉体を持つ大男。

 彼が率いる者達も逞しく鍛え上げられている男衆で固められ、全員が人ながらも人非ざる気配と魔力を放ち始めた。


 そして全員が魔力を高め、全員の風貌が変わっていく。

 肌だった部分にそれぞれの色合いが見える毛並みが生え始め、更に元々から大きかった肉体も更に膨れ上がる。

 更に獣特有の顔立ちと尖る爪へと変身するその姿は、四足獣の猫科に属する姿へと変わっていった。


 それが終えられた時、その場の全員が魔人化を完了させる。

 そして先頭に立ちながら変身した大男は、三十年後みらいの決戦にも現れた黒い縞模様を持つ黄色の毛並みを持った虎獣族こじゅうぞくの大男、干支衆の『虎』インドラである事が分かるようになった。


「行くぞぉっ!!」


 インドラは吠えるように叫びながら走り出し、越えられた北側の壁から押し寄せる死体グール達に向かっていく。

 それに続くように魔人化した『虎』の十二支士達も走り出すと、全員が手足の爪を強化し伸ばしながら死体達に襲い掛かり、生きながら辛うじて逃げる兵士や市民達を守るように動いた。


 更に場面は変わり、侵攻の激しかった貴族街の東側の内壁に移る。

 前に立ち続けながら指揮していたセルジアスが離れ、更に正門が突破され北側も乗り越えられたという状況を聞いてしまった兵士達や市民達は、瞬く間に顔色を絶望に染め、気力が欠けた瞬間を狙うように押し寄せ登る死体達の対応に遅れてしまった。


「――……こ、このままでは……っ!!」


「閣下が戻るまで、持ち堪えるんだっ!!」


 士気が衰える中で、それでも一部の騎士や兵士達は奮迅しながら抗い続ける。

 しかし圧倒的な絶望を覆せるわけではなく、ついに壁上を越えて死体達が乗り込み始める事態に陥っていた。


「まずいっ、越えられているっ!!」


「押し出せっ!!」


「……う、うわぁああっ!!」


 防波堤バリケードを持った市民達が、それを盾壁にして乗り越えた死体を押し出そうとする。

 しかし死体の膂力は考えていた以上に強く、数人で押している市民達に拮抗しながら耐えていた。


 そうした間にも更なる死体が乗り越え、別方向に走りながら生きている兵士を襲おうとする。

 それに対しても控えていた市民達の防波堤バリケードで押さえられたが、東側の壁上に妨げるモノの無い空白地帯を作ってしまった。


 更なる死体がその空間から侵入するのに気付いた騎士が、大きく叫びながら状況を伝えた。


「奴等、橋頭堡きょうとうほを作っているぞっ!!」


「死体なのに、そんな戦術ことをっ!?」


「奴等を乗り込ませるなっ!!」


 騎士達の声に応じるように、近くの兵士達が死体を排除しようと向かう。

 しかしそれより早く乗り越え続ける死体によって、押し込んでいた市民達の防波堤バリケードが逆に押され始めた。


 そして兵士達より早く、急ごしらえの防波堤バリケードに亀裂が入る。

 伸びた死体の手が防波堤バリケードを砕き割り、市民達に赤い瞳を見せながら口を大きく開けて迫り始めた。


「も、もう駄目だぁああっ!!」


 押し出される市民達は、心身共に耐え切れずに恐怖に包まれる。

 そして恐慌状態に陥って防波堤バリケードの持ち手を離し、その場から逃げようと振り返った。


 しかし市民達が逃げるより早く、防波堤の壁は死体の手によって砕かれる。

 そして逃げる市民達に後ろから襲い掛かり、手足を狙いながら抑え込んで首を的確に噛みちぎった。


「うああああっ!!」


「た、たす――……ゲハ……ッ!!」


「クソッ!! はな……あ、ぁああっ!!」


 市民達はそのまま死体に飲まれるように覆われ、身体を噛み砕かれながら絶叫を上げる。

 その無惨な姿を見てしまった兵士達や他の市民や騎士達は、恐怖に飲まれながら踏み込む事が出来なかった。


「あ……ああ……」


「だ、駄目だ……」


「も、もう終わりだ……」


 兵士達が完全に戦意を喪失し、市民達は腰を抜かしながら下履きから尿を漏らす。

 食べ尽くした死体グール達が再び起き上がりながら生きている者達に向かっていくと、二人の騎士が魔法を放ちながら剣で迎撃を行い始めた。


「!」


「――……立てっ!! そして、武器を持てっ!!」


 戦意を失わずに抗い続ける二人の騎士は、ローゼン公爵家が騎士に置く若い騎士達。

 かつてこの二人はローゼン公爵領に居た帝国皇子ユグナリスの護衛と監視役を務め、その傍で成長を見届けていた人物達でもあった。


 そんな彼等が前に立ち、放つ魔法と剣で死体達を斬る中、戦意を失った兵士や市民達へ声高に叫ぶ。


「閣下は言ったぞ! 諦めるなとっ!!」


「我々は、最後の時まで諦めてはならないっ!!」


 二人はそう叫びながら互いを補うように死体グール達に対処し、崩壊しようとする壁上の状況を覆そうとする。

 その二人の勇姿を見る兵士達は、失った戦意を辛うじて振り絞りながら再び武器を掴み持った。


 そして短くも激しい壁上での攻防が始まろうとした時、死体が乗り越えている橋頭堡きょうとうほにある人物が降り立つ。

 それと同時に剛腕を振るいながら死体達を一気に外側へ押し出し、次々と吹き飛ばし始めた。


 突如として吹き飛び目の前から吹き飛ぶ死体グール達に、二人の騎士と兵士達は目を見張る。

 そしてその場に現れた人物の姿を見て、二人の騎士は驚くように呟いた。


「あ、貴方は……!」


「確か、フォウル国の……ガイ殿?」


「――……よく戦った」


「!」


あとは、任せろ」


 その場に現れたのは、二人の騎士も見覚えがある大男。

 フォウル国の干支衆である『猪』ガイが再び戻り、騎士や兵士達を労いながら両拳を固めた。


 それと同時に、再び高い跳躍で壁上に現れる人物がいる。

 それは白く美しい髪と赤い瞳を持つ十代前半に見える可憐な少女であり、彼女を見ながらガイが問い掛けた。


「ハナ、いけるか?」


「余裕だね。これくらい」


 そう言いながら微笑むのは、インドラと同じく三十年後みらいに決戦で現れた魔人の一人。

 その時よりも僅かに若い姿ながらも、干支衆の『兎』ハナが現れた。


 するとハナは両腕を広げ、三十年後みらいで見せた魔力の光球を作り出す。

 そしてそれを浮かび落とすように投げると、僅かに跳躍し右脚で光球を蹴り出した。


 蹴られた光球は次の瞬間に十倍以上に巨大化し、死体の土台と市民街の景色を削るように放たれる。

 その攻撃によって東側の壁に迫っていた死体グール達は大部分が消失し、騎士や兵士達が唖然とした様子でそれを凝視した。


「……な、な……っ」


「こ、これは……魔法?」


「……いや、彼等は……」


「これが、魔人なのか……」


 全員が呆気に取られ、抉り取られたような市民街の景色を見据える。

 圧倒的な破壊力を誇る魔人達の力は、各所に居る者達を救いながら死体の大群を諸共しない力強さを魅せていた。


 こうして四大国家の一つで覇者と呼ばれるフォウル国の魔人達により、死体が押し寄せる帝都は窮地を脱し始める。

 しかし十二支士や干支衆を動かした巫女姫はいごの思惑を知らない者達にとって、彼等は望む以上の救援でしかなかった。

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