投げ槍な突破口
『魔人殺し』の異名を持つ特級傭兵スネイクと彼が率いる『
そのスネイクの持つ魔銃が放つ『
一方で建物の屋上を走っていたユグナリスも『
辛うじて被弾こそ免れたユグナリスは、その精密な射撃から既に狙撃手達の位置を割り出していた。
「――……左側に五人、右側に四人、真正面に六人、合計で十五人……。……いや、外壁の
射撃を受けた角度と弾数から
しかし避難勧告の
「……俺達が潜入して、この状況が……。……でも、こんなに早く発見されてしまった……。……俺が、身体強化を使ったから……?」
住民達を巻き込んだという罪悪感に続き、自分達が発見された原因が身体強化を使った原因だと考える。
それを悔やむ様子を見せながらも、奇妙な違和感がユグナリスの脳裏に
「……でも、なんで兵士じゃなくて傭兵が……? それも短時間で、既に待ち構えられて……。俺達がここに来るのが、分かっていた……? だとしたら――……っ!!」
都市内部に潜入してから十分も経たない内に暴かれ待ち構えられていた事を察したユグナリスは、
しかしその思考を遮るように、ユグナリスが身を隠す屋上に対して数度の狙撃が再開された。
しかし三発の着弾音と少し遅れた狙撃音だけが響き、それ以上の発砲は起こらない。
まるで焦らせるような発砲にユグナリスは表情を
「考えるのは後だ。まずは、この状況をどうにかしないと……。――……あの
先日の出来事を思い出すユグナリスは、自身の覚醒によって出来た『
しかし意識的に使おうとしても身体に巡るのは魔力と白い輝きの
「……やっぱり、今の俺だと使えない……。……あの時も、何であんな事が出来たのか分からないし……」
ザルツヘルムに対する怒りの感情と共に発現した『
この都市に赴くまでに幾度か使えないかと試しながらも失敗していたユグナリスには、この場で使えない
「あの
『
しかし出来ない
「……こっちの方には、外壁の
その状況を避ける為にも、『
そして周囲を探りながら、何か使える物を探す。
かつて老騎士ログウェルの訓練で帝国西側の湿地帯に放り込まれたユグナリスは、その時の経験を踏まえて周囲にある物で利用できる方法を考えた。
その際、ユグナリスの視界に幾つかの物が目に入る。
それを見ながら頭の中で狙撃手達を撃退する為の策が思い浮かべたユグナリスは、左腰の鞘に剣を収めながら屋根から飛び降りた。
屋根から降りたユグナリスの動きは、狙撃銃に備わる
そして各々に胸元に備わる
「――……
「下から来る気か」
「
「……いや、待て。
「!」
建物の下側に警戒を向け始めていた各方位の団員達だったが、左位置で
すると建物の
「……アレは、物干し竿か?」
「何故、あんなモノを……」
突如として屋根の上に突き出した棒の正体が、洗濯用の物干し竿である事に団員達は気付く。
それを怪訝そうに見る団員の一人が、通信用の魔道具を通して他の団員達に問い掛けた。
「前に出て狙いますか?」
「……いや、このまま足止めに徹する。団長が向こうの敵を排除するまでは、
「了解」
ユグナリスと団員達の距離は四百から五百メートルは離れており、その間合いを詰めるのは卓越した身体能力を持つ魔人や聖人であっても数秒は必要になる。
その数秒間で
故に様子見に徹する事を選んだ団員達は、
しかし次の瞬間、ユグナリスが居る位置から予想もしない出来事が起きた。
「……っ!?」
「なっ!?」
「あの棒を、上に投げたっ!?」
「……馬鹿か、あの赤髪」
ユグナリスは屋根の物陰に隠れたまま、突如として物干し竿を上方向に投げる
古典的な戦争で用いられる『投げ槍』と呼ばれる技術であり、卓越した使い手であれば百メートル手前まで届くという、古典戦術の中では弓矢や投石の次に用いられる遠距離攻撃だった。
しかし五百メートルの長距離からでも狙撃できる『銃』を持つ団員達は、微笑すら含んだ困惑を浮かべてしまう。
自分達には届くはずの無い『投げ槍』という手段を用いたユグナリスの正気を疑い、嘲笑の声すら呟いた。
しかし上空に投げられた物干し竿を見ていた一人の団員が、空に見える太陽の光で表情を
その影響で投げられた物干し竿を見失うと、それから十秒以上が経ってから驚きの呟きを漏らした。
「……あの棒、まだ落ちて来ないぞ……」
「え?」
「……まさか……!?」
あまりにも長く落ちて来ない物干し竿の状況に、他の団員達も奇妙な表情を浮かべる。
そして消えた物干し竿を意識し続けていた団員は何かに気付き、投げられた方角を確認しながら自分の周囲に居る団員達に呼び掛けた。
「マズい、逃げるぞっ!!」
「どうしたっ!?」
「あの野郎、まさか――……っ!!」
一人の団員がそう叫び、狙撃位置から離れるように走り出す。
それに気付き他の団員達が驚いた瞬間、先に走り出した団員が自分達の上空を見て表情を強張らせた。
その上空には、届くはずの無い物干し竿が降って来る。
しかも一つしか投げられなかった物干し竿には既に切り込みが入れられており、太く頑丈なまま八つに斬り裂かれた物干し竿が、団員達の真上から降り注いできたのだ。
それに気付いた団員達もその場から立ち上がり、狙撃銃を持ちながら身を引かせて屋根から飛び降りる。
すると団員達の居た正面位置に『投げ槍』が着弾し、屋根に突き刺さる光景となった。
それを見た別方角に待機する団員達は、信じられない光景を目にしながら呟く。
「あ、あの赤髪……まさか、
「あの距離からっ!?」
「しかも、こちらの狙撃位置を把握されている……!」
「これは――……っ!!」
「ま、また!」
各位置に配置した団員達は、再びユグナリスが居る屋根から上空に放たれる物干し竿を視認する。
今度は左方向側に高く投げられる長槍を見た団員達は、表情を青褪めさせながら身を引かせた。
「い、一時後退っ!!」
「別地点へ配置し直すぞっ!!」
先程よりも早く身を引かせた団員達の居た場所に、十数秒後に予想通り分断された九つの投げ槍が降り注ぐ。
そして再び屋根に突き刺さる光景を目にし、ユグナリスが的確な位置に投げ槍の狙撃を行っている事を察した。
すぐに右方向にも投げ槍が放たれ、三方向に待機していた狙撃手達がその位置から離れる。
それを察したユグナリスは、安定した狙撃が出来ない状況を利用して一気に隠れていた屋根から飛び出した。
「――……今だっ!!」
「!?」
「班長!
「くっ!!」
飛び出したユグナリスに気付いた団員達は、引く動きを留めて狙撃銃を構える。
そして立ったまま狙撃しようと照準を合わせたが、常人の動体視力では認識できない動きで跳び走るユグナリスに銃口が重ならず、瞬く間に距離を詰められた。
「クソッ、
「――……遅いっ!!」
「グ、ハ……ッ!!」
瞬く間に正面に配置されていた団員達に追い付いたユグナリスは、鞘に収めたまま紐で縛っている剣を振り翳す。
そして狙撃銃から背負う
その勢いで建物の上から吹き飛ばされた団員は、腹部の痛みと落下した衝撃で意識を完全に失う。
それに動揺する他の団員達にながらも反撃しようとするが、ユグナリスは他五名の団員も瞬く間に打ち倒した。
「っ!!」
「あ、あの野郎っ!!」
外壁側の正面に配置していた
しかし狙撃される前に屋根から地面へ飛び降りたユグナリスは、そのまま狙撃手達を無視して外壁側へ走り出した。
「ま、マズい!」
「スネイク団長っ!!」
ユグナリスが一点突破を狙い外壁を目指した事を察した各団員達は、それを追おうと屋根や地面を走る。
しかしそれを遥かに上回る動きと速度で、ユグナリスは外壁に向かいながら道を縫うように走り続けた。
「――……エアハルト殿、待っててください!」
狙撃手達の包囲網を独力で突破したユグナリスは、最も厄介と言える
それは今も狙撃され続けているエアハルトを救出する為であり、それは無意識ながらも自身の仲間を助ける行動だった。
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