交わる右手


 連れ去られたリエスティアを奪還する為に、帝国皇子ユグナリスは狼獣族エアハルトの嗅覚による追跡を考える。

 その為に奴隷契約の解除を求めたユグナリスの提案に応じた帝国宰相セルジアスは、女勇士パールが従えている飛竜ワイバーンに乗り貴族街の区画に訪れた。


 セルジアスはパールに降りる場所を伝えると、広い屋敷の中庭に飛竜ワイバーンを降ろす。

 それに気付くように屋敷から出て来た頭髪の無い大男は、飛竜ワイバーンとそれ乗る三人の姿を見ていた。


「――……飛竜ワイバーン……里の者じゃない。何故ここに……?」


 大男はそうした言葉を見せ、着地した飛竜ワイバーンを見ながら小さな驚きを漏らす。

 そして飛竜ワイバーンから降りて来る三人を見ると後、その先頭を歩くセルジアスは大男に話し掛けた。


「――……貴方は、ガイ殿でしたね。フォウル国の」


「ああ。……その飛竜ワイバーン、お前のか?」


「いえ、彼女パールが従えています。早急に対応が必要な為、このような形で訪れて申し訳ありません」


「いや。タマモが休める場所、貸してくれて感謝する」


 干支衆の一人である猪獣族ガイとセルジアスは、そうした話を交え互いに謝意を伝える。

 それから遅れて中庭に到着した一人の騎士に、セルジアスは用件を伝えた。


「――……か、閣下! その飛竜ドラゴンは……!?」


「彼女が従えている飛竜ワイバーンだよ。それより、クビア殿とエアハルト殿は?」


「は、はい。……魔人の方々は、全員が同じ広間に」


「すまないが、広間そこまで案内を頼む。彼等の助力が必要だ」


「ハッ」


 騎士はセルジアスの言葉に従い、魔人達が居る広間まで案内を務める。

 それに付いて行くセルジアスに続く形で、ユグナリスとパールも同行し、その後ろからはガイが追うように進んだ。


 パールに待機するよう命じられた飛竜ワイバーンは、四足を曲げながら中庭で休むような姿勢へ入る。

 長時間の飛行と火炎弾ファイアボールを連発した魔力の消費を補うように、飛竜ワイバーンは眠りに就いた。


 そして若い騎士に同行する四名は、屋敷内の大広間まで案内される。

 そこには他の騎士一名と共に、それぞれの位置にある長椅子ソファーや隅に魔人達の姿が見えた。


 一人は長椅子ソファーに横たわる妖狐族のタマモと、その傍には妹クビアが別の長椅子ソファーに座っている。

 そして右腕だけの狼獣族エアハルトは人間ひとの姿に戻り、室内の壁際に座りながら訪れた三名の姿を見据えていた。


 ガイを含めて四名の魔人が集まるその広間に訪れたセルジアスは、最初にクビアの方へ視線を向ける。

 そして長椅子ソファーに横たわり身体にシーツを被せられているタマモを見ながら、セルジアスは問い掛けた。


「そちらの容態はどうですか?」


「……とりあえずは大丈夫よぉ。……でも経絡けいらくを突かれてるからぁ、しばらくは起きれないかもぉ」


「けいらく?」


「魔力や生命力の通り道と言えばいいかしらぁ。そこを的確に突かれててぇ、一種の仮死状態にさせられてるのぉ」


「……それは、治るのですか?」


「傷は治るんだけどねぇ。でも起きたとしてもぉ、しばらく魔力や生命力を用いた技術わざは使えないわぁ」


 クビアはそう述べながら、自分の姉が陥った状況について説明する。


 悪魔ヴェルフェゴールの放つ食器ナイフで急所とも言うべき箇所を突き刺されたタマモは、魔力と生命力を用いた技法を使えなくなっていた。

 故に自己治癒や魔符術による回復が自分では行えず、強制的に仮死状態へと陥る。

 魔人でありフォウル国の実力者である干支衆の一人が抗う事も出来ずに無力化させられた状況は、悪魔ヴェルフェゴールの実力が予想以上である事を否応なく伝えさせていた。


 そして同じ干支衆としてタマモと組んでいたガイは、その姿を見ながら視線を細めて両拳を握り締める。

 同胞なかまが倒された姿はガイに憤りを宿らせ、それを行った悪魔ものに対する敵意を隠さなかった。


 そうして説明するクビアは、訪れたセルジアス達に対して問い掛ける。


「それでぇ、どうしたのぉ?」


「ええ。実は、頼み事があって参りました」


「頼みぃ?」


「その頼みを御了承頂ければ、クビア殿とエアハルト殿に掛けられている奴隷契約を解かせて頂きます。またそれとは別に、帝国宰相わたし帝国皇子ユグナリスの裁量で報酬を支払わせて頂きます」


 その言葉をセルジアスから聞いた中、クビアとエアハルトが視線を向けながら耳を傾ける。

 そして二人に対してそれぞれに視線を向けながら、セルジアスは頼み事を伝えた。


「クビア殿。貴方には各国に対する緊急事態の報告と、帝国への救援要請を御伝る使者となって頂きたい」


「使者……」


「貴方の転移魔術を使い、ルクソード皇国を始めとした四大国家に帝国で起きた今回の事態を伝える役目を御願いします。勿論、私とユグナリスの署名を使った書状も御預けします」


「……それぇ、私で良いのぉ?」


「現状は、貴方程の適任者は帝都にいません。各国には転移魔術で移動できると、アルトリアから伺っていますが?」


「そうねぇ。私の紙札ふだが貼ってある場所ならぁ、出来るわねぇ」


「ルクソード皇国には?」


「行けるわよぉ。でも貴方の書状を持っててもぉ、何処の誰とも分からない私が相手だったらむこうが信じてくれるかどうか保証できないわよぉ?」


「それは確かに。……ならば、クビア殿について帝国から正式な身分を与えさせて頂きます」


「正式な身分……?」


「クビア殿は帝国宰相と帝国皇帝の権限により、帝国の貴族位を授与させて頂きます。後々に正式な授与証明書などは御用意しますが、貴方はガルミッシュ帝国において男爵位と同じ身分を保証される事を書状に書き記します。そして今回の事態が終息した後には、貴方には帝国領の一領地を御預けする事を書面にて書かせて頂きます」


「!」


「貴方に与える領地内の経営については、帝国の法律に触れない限り貴方の自由な裁量で行えます。また貴方の行う事業についても、私の権限において全面的に支援を行います。……それを報酬として、貴方には帝国の使者として各国に救援要請を行って頂きたい。……御願いします」


 セルジアスはそう伝え、各国への救援要請をクビアに依頼する。

 そして頭を下げながら頼むセルジアスを見るクビアは、少し考えながら返答した。


「……分かったわぁ。その依頼、報酬込みで受けるわよぉ」


「ありがとうございます。この後、必要となる書状を作成しますので、少々お待ちください」


「了解よぉ」


 報酬と依頼について了承したクビアの返答に、セルジアスは感謝を伝えながら応じる。

 それからクビアから視線を外すと、次は壁際に立つエアハルトに依頼を伝えた。


「次に、エアハルト殿。貴方にも頼み事があります」


「……何だ?」 


「貴方には、今回の襲撃を引き起こした首謀者の討伐について御助力を御願いしたい」


「……協力?」


「こちらの帝国皇子ユグナリスから、貴方の優れた嗅覚について聞きました。貴方であれば、今回の襲撃者達を追跡できる可能性があると。……御聞きしますが、貴方の嗅覚ちからで追跡は可能でしょうか?」


「……ふんっ。海を越えていなければ、何処までも追える」


「では、ユグナリスと協力し首謀者ウォーリスの追跡を御願いします。報酬はクビア殿と同等の――……」


「要らん」


「!」


「人間の浅ましい身分くらいなど、俺には邪魔なだけだ」


「……では、私から出来得る限りの事で報酬を御支払いさせて頂きます。貴方の望む報酬を」


「貴様程度に叶えられる望みなど、俺には無い」


「……ッ」


 セルジアスの言葉をエアハルトは突き返し、交渉を受け入れない姿勢を見せる。

 その対応に表情を渋らせるセルジアスだったが、後ろから前に歩み出て来たユグナリスの姿を目にした。


 歩み出たユグナリスはエアハルトの近くまで近付き、一メートル程の距離に留まる。

 そして二人は互いに視線を交えると、ユグナリスは頭を下げながらエアハルトに頼み込んだ。


「エアハルト殿。どうか、御協力を御願いします」


「……」


「俺は、愛する女性を……リエスティアを取り戻さなければいけません。……その為には、どうしても貴方の力が必要なのです」


「……たかだが人間の女一人の為に、何故そうまで尽くす?」


「!」


「貴様は強い。そんな強さを持つお前が、どうして一人の女にこだわり続ける?」


 頭を下げてまで頼むユグナリスの姿を見ながら、エアハルトは怪訝な表情で問い掛ける。

 それを聞いたユグナリスは下げた頭を上げ、互いの顔を合わせながらその返答を行った。


「リエスティアを、愛しているからです」


「……!」


「そして彼女は、俺が助けに来ると信じてくれている。……俺は自分の愛情を、そして彼女の信頼を、裏切りたくありません」


「……あの女と同じか……」


「え?」


 ユグナリスの返答こたえを聞いた後、エアハルトはそうした言葉を口から漏らす。

 その意味を理解できないユグナリスに対して、エアハルトは背を預けていた壁から離れながらはっきりした口調で言葉を発した。


「……いいだろう、協力はしてやる」


「!」


「だが、条件がある」


「……条件ですか?」


「あの男、確かザルツヘルムだったか。奴は俺が倒す。お前は手を出すな」


 エアハルトはそうした条件を述べ、ユグナリスに強い口調で言い放つ。

 それを聞いたユグナリスは僅かに目を見開いた後、真剣な表情を見せながら問い掛けた。


「……失礼を承知で、御聞きします。……勝てますか? あのザルツヘルムに」


「奴を倒せるのは、俺だけだ」


「!」


「本体の匂いは覚えた。奴が纏っている影に惑わされる事はない。お前のようにな」


「……分かりました。ザルツヘルムの相手は、エアハルト殿に御任せします」


 ユグナリスは条件を承諾し、悪魔騎士ザルツヘルムの相手をエアハルトに託す。

 そしておもむろに右手を差し伸べるユグナリスを見て、エアハルトは怪訝な表情を強めた。


「……何のつもりだ?」


「握手をしたいと、そう思ったので」


「……握手それに、何の意味がある?」


「意味という程のことは……。……背中を預けるに足る方と握手を交えたいと、ただそう思ったんです」


「……チッ」


 舌打ちを漏らすエアハルトの様子に、ユグナリスが苦笑を浮かべる。

 そして右腕を引こうとした時、隻腕のエアハルトが右腕を動かし、差し伸べていたユグナリスの右手に近付けた。


「!」


「今回だけだ。二度もやるつもりはない」


「……はい!」


 握手に応じながらも顔を逸らすエアハルトの言葉に、ユグナリスは口元を微笑ませながら差し出された手を握る。

 そして二人は力の籠る握手を交わし、互いに共通の敵を討つ為に協力関係を築いた。


 こうして悪魔を従えるウォーリスを討つ為に、奴隷契約を解除するクビアとエアハルトが協力に応じる。

 絶望の淵に立たされていた帝国の中で、ユグナリスは少しずつ僅かな希望へと前進を見せ始めていた。

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