救済の剣


 新年を祝っていたはずのガルミッシュ帝国の帝都は、今まさに地獄のような惨状が続いている。


 帝都の南側は崩壊しながら東西にも広がり、悪魔化した合成魔獣達が流民街の住民達を喰らいながら市民街の区壁まで到達していた。

 そして貴族街では使役される下級悪魔レッサーデーモン達が影に潜み、生ける者達を狙うように襲撃している。


 まさに混沌と化している帝都の中で、それでも希望の光は消えていない。

 それは絶望の中でも、必死に生き残ろうとする者達の姿があったからだった。


「――……早く、こっちに避難をっ!!」


「地下の避難所は駄目だっ!! 化物共が狙って来るっ!!」


「魔法師部隊は、火力を集中させて応戦するんだっ!!」


 南側に展開していた帝国兵団の七割以上が合成魔獣キマイラの餌となり、一万人ほど駐屯していた帝国兵は五千名弱に低下する。

 更に外壁で指揮していた兵団長や幹部達も犠牲エサとなり、残る兵士長達が個々に状況判断しながら生き残る市民達を避難させていた。


 そして市民街には魔法学園があり、そこに居る学生達も緊急事態に基いて臨時戦力として掻き集められ、避難援護の為に当用される。。

 いずれも実力と経験の乏しい十代が多く、ま緊急時の為に数の纏まりが欠けながらも当用するしかない状況は、防衛網が既に成り立たない程の窮地になっている事を知らせていた。


 襲撃して来る合成魔獣キマイラ達には、物理的な攻撃がほとんど通用しない。

 槍や剣、そして弓矢といった対人武器に関しては言うまでもなく、砲弾の負傷すらも瞬く間に修復してしまう情報は魔道具越しに伝えられ、もはや魔法以外に対抗手段が残されていなかった。


 しかし魔法と言えど、万能ではない。

 特に今回の合成魔獣キマイラに対して、むしろ逆効果となる事を、魔法師達は身を持って味わっていた。


「――……こ、攻撃魔法が効かないっ!!」


「魔法を、吸収している……!?」


 魔法師達はそれぞれの属性で成した攻撃魔法を一体の合成魔獣キマイラに浴びせ、確実な撃破を狙う。


 しかし黒い泥をその身体から溢れさせる合成魔獣キマイラにとって、魔力もまた人間と等価の餌でしかない。

 ゲルガルドと同じく魔力を得た合成魔獣キマイラは、魔法で攻撃を仕掛けた魔法師達を集中的に狙いを定めた。


「ガァアアアアアッ!!」


「うわぁああっ!!」


「た、助け――……ぎゃあっ!!」


 ただ飢えを凌ぐ為の人間エサではなく、芳醇な魔力エサを好む合成魔獣キマイラ達は、抵抗する魔法師達を優先的に喰らっていく。

 精鋭とも言うべき帝国の魔法師団は瞬く間に狙い喰われ、逃げようとする魔法師達は追われながら合成魔獣キマイラを更に奥へ誘ってしまっていた。


 それでも辛うじて、悪魔化した合成魔獣キマイラに耐え凌ぐ者達もいる。

 それは魔法学園に一万人以上の市民街の避難民を集まっていた、学園長を始めとしたホルツヴァーグ魔導国出身の魔法師達だった。


「――……みなものじんかためよっ!!」


「おうっ!!」


 学園長を筆頭とした教師の魔法師達は円形状の塔内に備わる魔導施設に入り、それぞれの術式と大きな魔石を組み込んだ魔導器を起動させている。

 そして学園全体に引いた結界を十層にも重ねて敷いた結界の一つ一つは、帝都全体を覆っていた結界よりも範囲は狭いが、強固に展開している厚い防壁となって合成魔獣キマイラ達の侵攻を阻んでいた。


 しかし魔力を好む合成魔獣達は、展開される結界の魔力を吸収しようと集まって来る。

 侵入こそ阻む事は出来ていた結界だったが、急速に集まって来る合成魔獣達の黒い泥が纏わり付き、徐々に結界を削り吸っていた。


「……学園長っ、第一層の結界が……!!」


「結界を張り直し、持ち堪えろっ!! 本国の、『青』の七大聖人セブンスワンが救援に来るのを待つのだっ!!」


「は、はい……!」


「迎撃用の魔導人形ゴーレムかせますっ!!」


「うむ!」


 結界の維持しながら指揮する学園長は、教師達の応答に応えて指示を飛ばす。

 そして学園内の壁際に設けられた木製や岩で作り上げた人形ゴーレムを起動させ、術者となる教師や生徒達に操らせた。


 小さな人形ゴーレムでも人間程の大きさで、岩などと組み合わせた人形モノは三メートル以上の大きさがある。

 そして結界の魔力と同調させている土塊人形ゴーレムに、学園に張っている結界をすり抜けさせた。


『――……いっけぇっ!!』


 術者を介する人形達ゴーレムは結界に張り付く合成魔獣キマイラに攻撃を加え、結界から殴り剥がす。

 小型の人形達ゴーレムは手に備えた剣や斧などの武器で仕掛け、小型や中型の合成魔獣キマイラに攻撃を仕掛けた。


 それでも合成魔獣キマイラ達は殺せず、再生しながら各人形ゴーレムに襲い掛かる。

 木製で出来た人形ゴーレムは容易く破壊され、土塊や岩で形成された人形ゴーレム達も合成魔獣キマイラが取り付いた後、その内部に埋め込まれた魔石まで黒い泥が侵入し、まるで魔石から魔力を奪い取るように吸い尽くし始めた。


「こ、これは……!」


「怪物達が、人形ゴーレム達に埋め込んでいる魔石の魔力を奪っていますっ!!」


「なにぃ!?」


「……魔力を吸収する魔獣など、人間大陸に居るはず……。……まさか、合成魔獣キマイラかっ!?」


「!!」


「学園長っ、結界の修復が間に合いません……! 第二層、突破されましたっ!!」


「く……っ!!」


 魔道具越しに届いた情報を伝える教師の言葉で、学園長は襲撃して来る異形の魔獣達が合成魔獣キマイラだと察する。

 しかし魔力を好んで学園に押し寄せる合成魔獣キマイラの百匹を超えており、一分も経たない内に一つずつ結界の層が突破され続けた。


 人形ゴーレムを全て破壊された魔法師達は、苦々しい面持ちを見せながら結界越しに迫る合成魔獣キマイラを怯えながら見るしかない。

 そして十層まで築いた重厚な結界も、九層まで吸収されながら維持できずに破壊されてしまった。


「学園長っ!!」


「……最早もはや、これまでか……っ」


 学園長から漏れる苦々しい言葉を聞いた教師の魔法師達も、それに呼応するように悔やむ様子を見せる。


 本国から離れた大陸くにに位置するとはいえ、魔導を極める事を誇りにするホルツヴァーグ魔導国の魔法と技術が、この緊急時に何一つとして役立てられていない。

 ただ帝都ここに者達が喰われ尽くされ、自分すらもその結末を辿るという未来を容易く予測できてしまう現状は、絶望以上に自己の力が足りない事に対する悔いを生んでいた。


 そしてついに、残り十層目の結界にも吸収されながら削り取られ、修復も間に合わずに亀裂を生じさせる。

 残る学生の魔法師達は触媒つえを持ちながら身構えているが、押し寄せる合成魔獣キマイラ異形すがたに怯えていた。

 外に居る避難民達もその光景を見ながら、怯えと絶望を抱き身をすくめるしかない。


 しかしその時、結界越しに見える合成魔獣キマイラに対して、白く巨大な一閃が放たれた。


「な、なんだ……っ!?」


「……化物達が……?」


 突如として起きた白い閃光を見た学生の魔法師達は、何が起こったのか分からず動揺を浮かべる。

 しかし閃光が治まった瞬間に見えたのは、結界に迫っていたはずの合成魔獣かいぶつ達が地面ごと削り取られているような光景だった。


 更に結界を浸蝕し続ける他の合成魔獣キマイラ達も、再び起きる巨大な閃光に飲まれて消滅していく。

 その光景を魔導器に映る映像越しに確認していた学園長や教師達も、驚愕を見せながら言葉を発した。


「な、何が起こった……!?」


「アレは、魔法の光ではない……?」


「この並々ならぬ力は、生命力オーラでは……!?」


「だがアレほど巨大な生命力オーラを幾度も放てる者が、この帝国くににいるのか……!?」


「ほ、本国からの救援っ!?」


「いや、それでも早過ぎる。……いったい、誰が……?」


 学園長を含む全員が安堵よりも驚愕を浮かべ、自分達を救ってくれている者の異常な生命力オーラに驚きを見せる。

 そして生命力オーラで攻撃を受けた合成魔獣キマイラ達の残骸を確認した学園長が、ようやく弱点に気付けた。


「……合成魔獣やつらの再生が起きていない……。まさか今回の合成魔獣キマイラは、禁忌の死霊術で作られている……!?」


「し、死霊術……!? 実在するのですかっ!?」


「ああ、『負』で成される瘴気オーラを用いて死者を操る禁術だ。ならば『正』となる生命力オーラを衝突させれば再生できず、対抗できるのかもしれない……!!」


「!」


「今の内に、結界を修復させる! そして結界の構築式を一部追加し、術者われわれ生命力オーラも流し込む。それならば、結界の魔力が敵に吸収されるのを防げるはずだ!」


「わ、分かりましたっ!!」


「他の避難民達や兵士達にも、学園ここに来るように誘導を! 恐らく魔法学園ここが、最後の防衛線だっ!!」


 合成魔獣キマイラ達が死霊術で操られた死体ゾンビである事を予測した学園長は、教師達に指示を飛ばしながら結界の構築式を書き換えさせる。

 そうした間に結界の層も修復させ、学園の外に集まっていた百匹以上の合成魔獣キマイラが十数秒もしない内に消滅している光景を見ながら呟いた。、

 

「……名も知らぬ者よ。感謝する」


 一方的な感謝を呟く学園長の意思や言葉だったが、礼を言われた者は気付くことなく地獄を広げる帝都の中を跳び進む。

 そして悪魔化し死霊術で操られる合成魔獣キマイラを察知し、逃げ惑う人々を襲うを救う為に生命力オーラの斬撃を振るい続けた。


「――……三百は倒したはずだが、まだいるのか」


 合成魔獣キマイラを屠っていくその人物は、市民街の高い建物の屋根へ足を着けながら周囲を見渡す。

 そして破壊される建物から広がる炎で姿が照らされると、そこに立つのが黒い衣服を纏った黒剣を持つエリクである事が確認できた。


 しかしエリクが浮かべる焦りは、逃げ惑う人々や多すぎる合成魔獣キマイラだけではない。

 それは帝城の上空に微かに見える、思い人アリアに対する心配が大きく占めていた。


「……早く合成魔獣こちらを片付けて、戻るしかない」


 エリクは苦々しい面持ちを見せながらも、アルトリアに頼まれた事を果たす為に動く。

 そして生きる者達を助けながら合成魔獣キマイラを屠り続け、帝都の状況を少しずつ改善させていった。


 こうして窮地に駆け付けたエリクは、悪魔化している合成魔獣キマイラを排除しながら人々を救っていく。

 しかし単身ひとりで各方角に散らばる多くの合成魔獣キマイラに対処するには、比例した多くの時間を必要としていた。

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