憤怒の涙
しかしもう一つの目的である人物自身が、ザルツヘルムの振る剣を止めた。
それは儀礼用の短剣を握るリエスティアであり、その喉元には自分で突き立てる刃が向けられている。
その様子に会場内に留まる帝国貴族の一同も驚愕を浮かべ、戦っていたエアハルトとザルツヘルムを手と足を止めながらそれぞれに思いの籠る声を漏らした。
「チッ、余計な事を……」
「……リエスティア様……」
苛立ちと悪態を漏らすエアハルトに対して、ザルツヘルムは瘴気の甲冑から見える赤い瞳でリエスティアを見つめる。
そして二人が交戦を止める様子を確認したセルジアスは、拡声させた警告を改めて向けた。
「ザルツヘルム殿。その剣を捨て、この襲撃を止めて頂こう」
「……残念ながら、それは出来ない」
「何故だ? 今回の事態は、貴殿が――……」
「この
「!!」
「……お兄様が……ッ」
ザルツヘルムは瘴気の武装を解除する様子は見せず、ただ冷静に今回の襲撃に関する実態を明かす。
そしてウォーリス自身も今回の襲撃を指揮している事を伝え、この帝都に彼が赴いている事を全員に伝えた。
更に対峙するエアハルトから身体の向きを変えたザルツヘルムは、壇上側に足を向ける。
その瘴気の靴底が鳴らす足音が響くと、リエスティアは喉元に刃を近付けながら叫んだ。
「止まってくださいっ!!」
「無意味な演技は御止めなさい。リエスティア様」
「……貴方達やお兄様の目的は、私なのでしょう? だったら、私が死ねば――……」
「貴方が死んだところで、結局は悲劇が繰り返されるだけです」
「……悲劇……?」
「彼は貴方自身ではなく、貴方の肉体にしか興味が無い。ここで貴方が死んだとしても、彼は別の貴方を見つけ出し、再びこのような事態を引き起こす」
「……な、何を言っているんですか……?」
「ここで貴方が死んだところで、結果は何も変わらない。ここに居る全員が死に、そして帝国全土が死に満ちた世界となる。そしていずれは、人間大陸全てがそうなるでしょう」
「……ッ」
ザルツヘルムはそう述べ、リエスティアの命が交渉材料にならない事を明かす。
しかし頭を覆っている瘴気の甲冑は散るように消失すると、黒い眼球に浮かぶ赤い瞳を見せながらザルツヘルムはある事実を伝えた。
「それに、貴方達は小さな事を見落としている。――……言ったでしょう。ウォーリス様の
「!!」
その言葉がザルツヘルムから放たれたと同時に、壇上の赤い天幕の後ろから二人の人物が姿を見せる。
それはリエスティアの護衛として傍に控えていた悪魔ヴェルフェゴールと、侍女を務めている女性だった。
二人は壇上に姿を見せると同時に、リエスティアがいる場所まで歩み寄ろうとする。
それを阻んだのは老騎士ログウェルであり、二人とリエスティアの間に割り込む形で身体を差し挟んだ。
「ここで動き出すかね。悪魔よ」
「いいえ。私が
「……なるほど。では、どうするつもりかね?」
「それは、こちらの
ヴェルフェゴールは今回の事態に対して、命令以外の出来事に介入しないことを伝える。
そして隣に立つ侍女に左手を向けると、侍女はログウェルの前に出た。
それに対してログウェルは真剣な表情を見せ、左腰に携える帯剣の鞘に左手を置きながら話し掛ける。
「お嬢さん、止めておきなさい。お主では、儂に勝てぬよ」
「存じ上げております。貴方様に対して敵意はありません。――……故に
「!」
「
「……お前さん、まさか……」
侍女はそう述べ、敵意の無い自分に対して
それと同時に自分自身の身に付ける上半身の衣服を開けさせた侍女は、背中や胸部に浮かび上がる黒い紋様を明かし、ログウェルや壇上に居る者達に見せた。
「……それは……」
「私はリエスティア様に御仕えするよう、ウォーリス様から命じられていました」
「!?」
「それと同時に、私はウォーリス様の奴隷でもあります。……私の意思に関わりなく、この術式は術者であるウォーリス様の意思を通し、帝都全てを消失させる程の威力で魔法が発動する。そう聞き及んでおります」
「……!!」
「リエスティア様には、私を媒介にした魔法の効果は及びません。……しかし他の方達には、多大な影響を及ぼす事を、御伝えさせて頂きます」
侍女はそうした情報を伝え、自身に施されている術式がどのような
それは『黄』の
それ故に侍女の意思とは別に、秘術の発動権限がウォーリスにある事をログウェルやセルジアスは悟る。
仮に自分達が侍女を殺しても自爆が防げない状況である事を察したセルジアス達は、苦々しい表情を見せながらザルツヘルムの声を聞いた。
「――……御理解は、頂けましたか?」
「!」
「ウォーリス様にとって、貴方達もまた
「ク……ッ!!」
「リエスティア様。その
「……そ、そんな……っ」
ザルツヘルムはそう述べ、既に自分達の状況がウォーリスの手の平に在る事を伝える。
それは『悪魔』という存在だけではなく、
そのやり方は、三千年前の第一次人魔大戦を知るフォウル国の巫女姫レイが述べていた、奴隷を使った爆弾と同じ方法だった。
自らの命を盾に状況の打開を提案したリエスティアだったが、
アルトリアと同様に多くの者達を人質に取られたリエスティアには、震え握る短剣を喉から離し降ろすしかなかった。
しかし次の瞬間、歯を食い縛り憤怒の表情を見せる一人の男が壇上から跳び立つ。
そして自身が携える
「――……クソォオオッ!!」
「ユグナリス!?」
「待て、ユグナリスッ!!」
「ユグナリス様っ!?」
壇上から飛び出しザルツヘルムに襲い掛かるユグナリスに、セルジアスとゴルディオスが驚愕を見せながら呼び止める。
その声でユグナリスが飛び出した事を知ったリエスティアもまた、ユグナリスを止めようと声を張り上げた。
しかし三人が呼び止める声は届かず、怒りで頭の血を滾らせるユグナリスは剣に炎を纏わせ、ザルツヘルムの脳天の割るように振り下ろす。
それを黒い剣で受け止めるザルツヘルムは迫った剣を弾き、ユグナリスは身を翻しながら憤りを見せて怒鳴り付けた。
「クソッ!! ……お前達は……なんで、なんでそんなに……ッ!!」
「……」
「あの
「……ッ」
「それが与えられた仕事だとしても、彼女は誰よりも帝国に来て不安がっているリエスティアに、いつも傍で尽くしてくれている女性だったっ!! そして、リエスティアが最も信頼している女性だったんだっ!!」
「……ユグナリス様……ッ」
「なのに、こんな仕打ちは……あんまりだ……っ。……
ユグナリスは涙を見せながら怒鳴り、この三年間で共に居続けたリエスティアと侍女について語る。
今まで目立つ事は無かったが、帝国に来た時からリエスティアの車椅子を押し、その身辺の世話を行い、ユグナリス以上に彼女に尽くしてくれている存在が傍に居た侍女だった。
その信頼はリエスティアやユグナリスのみならず、妊娠が発覚した際に協力した皇后クレアにも共感を与える。
時には二人を手伝いながらシエスティナの世話も行う
しかしユグナリスの怒鳴りで、
自身が多くの人間を犠牲にする
その姿を見たユグナリスはついに激昂し、そうした行いをしたウォーリスに敵意を剥き出しにする。
「俺は、もう許せない。――……あの男、ウォーリスだけは……絶対に許さないっ!!」
「……」
「
涙を見せながら怒鳴るユグナリスは、明確な敵意をザルツヘルムに向けながら炎を纏う剣を強く握る。
それと同時に全身から白い
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