銃の因縁


 突入を開始した『砂の嵐デザートストーム』は、生き残る村人達に対して二度に渡る手榴弾の爆破によって陣地を崩壊させる。

 そして反撃が出来ない状況となった村人達の陣地に踏み込み、軍靴で足音を鳴らしながら突入を開始した。


 迎撃の為に表に出ていたクラウスとワーグナーを含む三十名余りの村人達は、爆発の影響で半数以上が負傷してしまう。

 更に土煙が舞い爆発の影響で耳が効かない者も多く、その影響が強い者は軍靴の音にも気付けない。


 そうして土煙がまだ舞い残る中、倒れていた村人の一人が身を起こしながら足音の鳴る方を見る。

 更に土煙の中から現れた人影が、その村人の胸に小銃ライフルの銃口を向けた。


「あ――……」


 目の前に敵が居た事に気付いた村人だったが、動くより早く銃口から銃弾が放たれる。

 その村人は二発の弾丸を胸に受け、そのまま強く地面へ倒れた。


 その銃声に、クラウス達や他の村人達も気付く。

 そこでクラウスは更に大声を発し、全員に後退するよう伝えた。


「全員、倉庫まで下がれッ!!」


 クラウスは縫合し布で纏う右足から出血を起こしながらも、大声で命じながら自力で立ち上がる。

 そして銃を構えながら傍に居る者達を起こし、武器庫まで下がり始めた。


 ワーグナーも背中に刺さる破片の痛みに堪えながら、銃を握り身体を起こす。

 そして自分より後ろに倒れている者達が、土煙の中で銃声の犠牲となっている様子に歯軋りをしながらも、クラウスの声に従い倉庫の方角まで下がった。


 しかし村人の中には、銃声が鳴る方へ反撃しようと銃を構えて撃つ者がいる。

 その光景を見たクラウスは、他にも銃を持ち撃とうとする者達を怒鳴って止めた。


「撃つな!」


「なんでッ!?」


「あの土煙なかでは、敵味方は分からん! 逃げて来る味方を撃ってしまうぞッ!!」


「!」


 クラウスはそうして呼び掛け、他の方角に舞う土煙の中から逃げて来る村人達を見る。

 それを聞いた村人達は渋い表情を見せながらも銃口を降ろし、クラウスに従いながら倉庫まで走り下がった。


 それから土煙の中で、幾度も銃声か鳴り響く。

 その銃声が敵の放った音なのか、味方が放った音なのかすら分からないまま、十数名余りの村人達が武器庫前に敷いた防波堤バリケードの内側まで辿り着いた。


 孤児院の少年達もその中に含まれ、全員が無事な姿を見せている。

 しかし再び出血した右足を引きずるクラウスと、破片が刺さり背中から血を流すワーグナーは、疲弊した様子で膝を着いた。

 他の村人達も似通った状況であり、中には銃を失っている者もいる。


 三十名ほど居た村人達は半数以下となり、残る人数はクラウスやワーグナーと少年達を含めても十三名しかいない。

 痛みで疲弊しているクラウスはその状況でも思考を回し、全員に呼び掛けた。


「銃を失った者は、倉庫の中で銃を! 銃を持てる者は、すぐに構えろッ!!」


「で、でも……」


「また、爆発アレを起こす爆弾ってのが来たら……!」


「……もう、おしまいだ……」


 クラウスの命じる言葉に、村人達は絶望の色を深くした表情で反論する。


 敵に爆弾という武器がある以上、複数で投げ込まれてしまえば全て投げ返すのは不可能に近い。

 しかも人員を減らされ全員が疲弊している状況では、再び爆弾を投げ込まれても対応が出来ない。


 僅かな時間で圧倒的な戦力差を見せつけられた者達は、このまま成す術も無く殺される事を察してしまう。

 そうして表情に影を落としながら地面を見つめる者達に対して、クラウスと同じように防波堤バリケードを盾にしながら銃を構えるワーグナーが呼び掛けた。


「お前等!」


「……!」


「このまま死ぬって分かってるんだったら、どっちか選べ! ……連中に一発でも弾をぶち込んでから死ぬか、このまま何もしないで死ぬか!」


「そ、そんな……」


「どのみち連中は、俺達を皆殺しにするつもりだ。……俺達も付き合うから、最後まで抗ってみようぜ……!」


「……ッ」


 ワーグナーは覚悟を決めた微笑みを浮かべ、倒れ伏す者達に呼び掛ける。

 それを聞いた者は自身が死ぬ事を改めて実感し、涙を浮かべながら顔を下げた。


 しかし幾人かは覚悟を決め、顔を上げて再び銃を握る。

 そしてクラウスやワーグナーと共に、防波堤バリケードを盾にしながら銃を構えた。


 それから土煙が晴れていき、視界の先が見えて来る。

 そこには自分達の残した防波堤バリケードや建物を盾として利用し、小銃ライフルを構え持つ傭兵達が微かに見えた。


 しかし傭兵達は銃口を向けながらも、撃つような様子が見えない。

 それを察した村人達は、怪訝そうな面持ちで呟いた。


「……なんだ?」


「連中、撃って来ないぞ……?」


 それぞれが疑問を呟き、敵の傭兵達が撃って来ない様子を訝しげに思う。

 そして先に疑問の答えへ辿り着いたのは、自分達の後ろに建てられた倉庫に視線を向けたクラウスだった。


「……そうか。ミネルヴァだ」


「!」


「この倉庫は木製で建てられているが、板厚は薄い。あの距離から奴等の持つ小銃ライフルで撃てば、倉庫の中まで貫通しかねない」


「……奴等の流れ弾が、倉庫に居るミネルヴァに当たるのを恐れてるってわけか?」


「ああ。……やはり奴等は、ミネルヴァを殺さぬようにしているな」


「じゃあ、連中はあの女ミネルヴァに掛かってる秘術ってのを?」


「知っているのだろう。だから撃てない。……よし」


 敵が撃って来ない様子から、クラウスは『砂の嵐デザートストーム』がミネルヴァに掛けられている秘術を知っていると気付く。

 そして意を決した様子で僅かな溜息を零し、クラウスは敵側に向けて大声を発した。


「――……私の名は、クラウス=イスカル=フォン=ローゼン! 『砂の嵐デザートストーム』の諸君に、警告しようッ!!」


「!」


「大人しく村から離れなければ、こちらで匿っている『黄』の七大聖人セブンスワンミネルヴァを殺す!」


「!?」


「君達が潜り込ませた密偵スパイが、全て教えてくれたよ! お前達は密偵を利用し、ミネルヴァを捕らえようとしていたそうだな。そしてミネルヴァには、この山を消滅させられる程の秘術を『死』で発動するように施している!」


「……」


「我々もこのまま殺されるくらいならば、ただでは死なん! ミネルヴァを殺し、お前達も道ずれにするぞッ!!」


 クラウスは嘘と事実を混ぜ合わせた言葉で、『砂の嵐デザートストーム』に襲撃の意思を挫けさせようと脅迫する。

 しかし敵傭兵達の様子は驚きどころか微細な表情の変化すら見えず、ただ静かに照準金具を覗き込みながら銃口をクラウス達に向けていた。


 むしろ動揺しているのは味方側の村人達であり、クラウスの真意を読み取れずに表情を困惑させている。

 肝心の『砂の嵐デザートストーム』側が脅迫に関して無反応である事を察し、クラウスは渋い表情を浮かべた。

 

 そうしてしばしの沈黙が起き、村側のクラウス達が詰まるように呼吸を止めていた瞬間。

 一人の人物が『砂の嵐デザートストーム』側に位置する建物の影から姿を見せ、倉庫側に向けて声を張り上げながら言葉を返した。


「――……クラウス=イスカル=フォン=ローゼン!」


「!」


「死んだと聞いていたが、こんな場所で死に損なっていたとはな。相変わらず、悪運だけは強い男だ!」


「……!!」


 クラウスはその言葉を聞き、目を見開きながら防波堤の隙間から敵傭兵団が展開している陣地を見る。

 そしてそこに立つ男を間近に見ると、歯を食い縛りながら呟いた。


「スネイク……」


「……それって、アンタが前に言ってた?」


「ああ。……【特級】傭兵スネイク。少々、私とは因縁がある相手だ」


「!」


 クラウスの呟きを聞いたワーグナーは、スネイクの名を聞いて初めて銃の訓練風景を見ていた時を思い出す。

 そして今までとは毛色の違う渋さを表情で見せるクラウスは、銃を握る手の力を強めた。


 こうしてクラウスは、ミネルヴァの『死』を利用して『砂の嵐デザートストーム』を脅迫する。

 しかし『砂の嵐デザートストーム』の指導者である【特級】傭兵スネイクが表に出て来た事で、彼とクラウスの間にある過去の繋がりを明るみになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る