追跡者の正体


 仲間達の死を踏み越える事を選んだワーグナーとクラウスは、気絶した第一王子ヴェネディクトを抱えて武器庫へ戻る。

 クラウスは撃たれた右脚を引き摺るように歩き、ワーグナーは左肩を撃たれたまま第一王子を背負っている為、互いに満身創痍の状態で歩みは遅い。


 それでも数分後には武器庫へ戻り、迎撃準備を整えていたシスターに発見された。


「――……クラウス殿! ワーグナーさんっ!?」


「……第一王子コイツを、頼む」


「ええ。……他の、皆様は?」


「……」


「……そう、ですか……」


 走り寄って来たシスターは、負傷して戻った三名の様子を見て驚く。

 しかし他の団員達の姿が見えず、それを問い掛けたワーグナーから返答が無い状態を察し、彼等が死んだ事を察した。


 それでもやるべき事をすぐに判断したシスターは、第一王子を共に居る孤児院の少年に預け、右足を撃たれたクラウスに肩を貸しながら話す。


「貴方達も治療が必要でしょう。倉庫の中へ」


「だが……」


「迎撃は、私達に任せてください」


「……敵は、手で投げられる爆弾を使っている」


「!」


「爆弾は、地面に落下した後に赤く光り出す。恐らく落下の衝撃を基点に発動するタイプの、火薬と魔石を用いた混合兵器だ。着火してから爆発まで五秒、三秒以内に拾えれば投げ返せる。爆発の範囲は、半径で五メートル程だ」


「……分かりました。さぁ、二人もこちらへ」 


 クラウスから爆弾の情報を聞いたシスターは、そのまま左肩を貸して倉庫へ進む。

 それにワーグナーも付いて行き、三人は倉庫内で弾の摘出と簡易的な治療を受けた。


 第一王子ヴェネディクトは出血量が多く、弾を摘出すると出血によって生命に関わると判断され、止血した状態を保ちながら果実水を与えて容態を窺う。


 逆にワーグナーとクラウスは圧布を口に咥え、互いに撃たれた傷口を短剣で裂き、痛みを堪えながら必死の形相を見せた。

 更に孤児院の少年達に頼み、短剣の先端で食い込んでいた円形筒の弾丸を摘出させる。


 その痛みは想像を絶するモノであり、二人は気を失い掛けながらも辛うじて堪えた。

 そして傷口を塞ぐ為に裁縫針と糸を借り、傷口を縫い合わせた後に布で傷口を締めると、ワーグナーは痛みを堪えた表情のまま口から布を外し、息を大きく吐き出す。


「…はぁ……ッ」


「大丈夫? おじさん」


「……ああ。……状況は?」


「村に残ってる人達は、もうこの中にいるよ。……でも、外に逃げようとした人達は……」


「そうか……。……敵の数は分かるか?」


「分からない。でも村を囲んでるなら、百人以上はいるはず」


「こっちの数は?」


「八十人ちょっと。でも武器を持って戦えそうな人は、三十人も居ない」


「……そうか」


 ワーグナーは少年達に状況を聞き、倉庫内を見渡しながら痛みとは別の渋い表情を浮かばせる。


 百名以上は居たであろう村人の中で、真っ先に逃走を図ろうとした者達は銃撃を受けた。

 それを救おうとした者達も含めて、三十名近くの村人が成す術も無いまま撃たれてしまう。


 そして残るは五十名余りの戦えない女性や老人、そして子供達。

 戦えるのは元傭兵や兵士経験のある男達や、シスターと孤児院の少年少女達の三十名程しか存在しない。


 その中で武器庫にある銃の扱いを心得ているのは、手入れをしていた武具屋の老人だけ。

 村人は銃の扱いに関して素人であり、逆に村を囲んでいる『砂の嵐デザートストーム』の傭兵達は、銃の腕前は勿論として、銃の性能や武器の豊富さが違い過ぎる。


 互いの戦力が正面から衝突すれば、間違いなく村人達は殺される。

 仮に堪える事が出来ても、包囲されたまま籠城できる程に持ち込めた食料や銃の弾数には限りがあった。


 このままではどちらにしても、村人達は全滅する。

 ならば強行突破しか手段は無いが、銃の扱いに長けた熟練プロの傭兵団を相手に村人達を連れて逃げられる可能性は低い。


 何より、知略で頼りになるクラウス自身も右足を負傷した。

 銃を持って撃つくらいならば出来るだろうが、動きながら敵の迎撃は出来ない。


 まさに絶体絶命の状況となっている中で、ワーグナーは敢えて孤児院の少年達に聞いた。


「……敵はこの村を、前から発見していたと思うか?」


「そんなわけないよ! 発見されない為に、シスターや皆で陽動をしてたんだから」


「じゃあ、やっぱり俺達が追跡されたのか……」


「でも、シスターが連れて来たんでしょ? おじさん達も痕跡を消しながら来てたなら、誰でも追跡なんて無理だよ。してても、シスターが必ず気付いたはずだし」


「……そうだ、俺達は基本通りに痕跡を消しながら村まで来た。……だが俺達が来て、お前等が村から出ようとしてた時には、奴等は村を包囲していた」


「!」


「あまりにタイミングが良過ぎる。……まるでこっちの情報を……いや、やり口を知られていたような……」


 ワーグナーはここまで自問自答するように言葉を零し、この状況に陥った理由を考える。

 それが無意味だと理解していながらも、解決策が見出せぬ以上、僅かな手掛かりを見つける為に必死に思考を巡らせた。


 その時、仲間達の顔が再びワーグナーの思考に浮かぶ。

 しかし思考に浮かんだ一人の人物を思い出した時、ワーグナーは目を見開きながら呟いた。


「……まさか」


「おじさん?」


「……いや、まさかアイツが……。……アイツなら、俺達の痕跡の消し方も知ってる。村に侵入して、俺達の会話を聞けたのかもしれない……」


「え……?」


「……くそ……ッ」


「お、おじさん! ダメだよ、まだ休んでなきゃ……」


 ワーグナーはこの状況を引き起こした人物に心当たりを感じ、苦痛の表情を見せながら立ち上がる。

 そして少年の制止を振り切り、倉庫から出ようとした。


 クラウスはそれに気付きながらも、まだ傷口を縫合している為に動けない。

 代わりに気付いたシスターが入り口で止めに入り、ワーグナーを押し留めた。


「ワーグナーさん! その怪我で、何処に行くつもりですかっ!?」


「……どうしても、確認しなきゃいけない事がある」


「今は危険です!」


「そんな事は分かってる。……だが、どうしても確かめなきゃいけない」


「何を確かめるのです……!?」


「……俺達がこの村に来た事を、把握してる奴が敵にいる」


「!」


「そいつが、奴等の中に居るかもしれない」


「それは……誰なのです?」


「……俺とエリクの、弟分だよ」


「!」


 ワーグナーはそう述べると、制止するシスターの手を左手で押し退けながら、村の正面側へ歩み進む。

 戸惑うシスターはその場を残る者達に任せ、ワーグナーの後を付いて行った。


 そして建物伝いに移動し、ワーグナーは始めに死んだ団員が居る場所に戻って来る。

 その死体を改めて見ながら息を整えた後、ワーグナーはその場から森に向けて大声で叫んだ。


「――……俺は、黒獣傭兵団の副団長! ワーグナーだッ!!」


「!」


「お前等の中に、俺の知り合いがいるだろうッ!! ……久し振りに顔を見てぇ、ツラを見せろッ!! ……それとも、名前を呼んで指名でもするかッ!?」


 大声を発するワーグナーは、敵が居る森側に向けてそう呼び掛ける。

 それを聞いていたシスターは困惑していた表情を強張らせ、この呼び掛けに敵が応じる可能性が無い事を悟りながら顔を伏せ、首を横に振った。


 それからしばらくして、シスターは一つの気配が正面の森から出て来た事を察する。

 それに驚きながら視線を上げた後、その気配の人物が声を発して返答した。


「――……ワーグナーッ!!」


「!?」


「!」


「アンタと話をしたい! ……今なら、後ろの連中はアンタを撃たない。出て来てくれ!」


 その声を聞いたシスターは、聞き覚えのある声に驚愕しながらワーグナーを見る。

 しかしワーグナーは声の主が誰かを本当に察していたようで、特に驚く様子も無いまま建物の影から歩み出た。


 そして森から距離を取りながらも、その姿を晒す。

 村側へ立つワーグナーは、森の前に立っているその人物の名前を呼んだ。


「……久し振りだな、マチス」


 ワーグナーの無意味とも思える呼び掛けに応じた、その人物。

 それは黒獣傭兵団の斥候役を二十年以上に渡って務め、ワーグナーやエリクと共に黒獣傭兵団の仲間として活動して来た小柄の男。


 ワーグナーやエリクにとっては昔馴染みの弟分、マチスがその場に姿を現した。

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