終焉の希望へ


 シスターの村に身分を隠して潜み暮らして居た、旧ベルグリンド王国の第一王子ヴェネディクト=サーシアス=フォン=ベルグリンド。

 彼を発見したワーグナー達とクラウスは、脅しに近い形で仮宿にしている集会所の建物内まで連れ込む。


 そして待機していた他の団員達と合流し、ヴェネディクトの周囲を黒獣傭兵団が取り囲む。

 脅しを掛けられ逃げる事も出来ず怯えた様子で床に座らされるヴェネディクトに対して、椅子に座るクラウスは不遜ながらも落ち着いた様子で事情を聞いた。


「――……では、ヴェネディクト殿下。君達に何が起こり、どうして君だけがこの村に行き着いたのか。その事情を聞かせてもらおうか」


「……い、言ったら。帝国へ、亡命させてくれるのか?」


「君の知る情報に価値がある内容であれば、考えてやろう」


「……は、話す。話すから、この国から……私を出してくれ……」


「なら、さっさと話してしまえ」


 クラウスはそう促し、ヴェネディクトが話すのを拒んでいた事情を聞く。

 そして怯えを強くしながらも覚悟を決めたヴェネディクトは、自分自身が体験した話を一行に伝えた。


「……わ、私は……帝国と戦争した後、北方領土のツェールン侯爵家に匿われていたんだ……。そしてツェールンは他の傘下貴族達と共に、私を王太子として再起できる機会をずっと待っていた……」


「ほぉ。それで、再起の時が二年前に訪れたわけか?」


「……ああ。ツェールンは密偵を通じて、王都に騒乱が起きた事を知った。ウォーリスの奴が罪人になった傭兵団を追う為に王都の戦力を割いて、王都の中に居る者達も騒ぎでまとまっていないと、そう聞いて……だから……」


「ウォーリスを討ち、王と王都を手中に収める。その絶好の機会だと思い、ツェールン侯爵は挙兵したわけか」


「そ、そうだ……。……でも万全を期す為に、別の貴族家に匿われていた第二王子ジェレミアと協力することになった。……父上がウォーリスに移した王位継承権を私達に戻す為の、一時的な共闘だった」


「なるほど、今まで集めた情報と辻褄は合う。そして掻き集めた五万程の兵力を伴い、両王子の勢力同士で王都へ侵攻し始めたわけか」


「……」


「だが、お前達は敗北した。しかも討たれたお前達の軍には、生存者の報告も無いと聞く。……いったい、何があった?」


 クラウスは話を進めさせ、五万の兵力が生存者も無く消えた理由を尋ねる。

 その時、ヴェネディクトの表情に怯えが増し、身体を震わせながら自身の両手を両腕に掴ませながら首を小さく横に振った。


「……わ、私も……よく、分からない……。……全部、兵士や……ツェールン達が、言ってたことで……」


「それで構わん。反抗勢力おまえたちに、何が起こった?」


「……ば、化物……」


「化物?」


「……途中で、夜営をしてたら……化物に襲われたんだ。……兵士や騎士、ツェールン侯爵を始めとした貴族達も……そして、ジェレミアも……。……みんな、その化物に喰われたんだと思う……」


「お前は、その化物を実際に見たのか?」


「……少しだけ……。……始めは皆、魔物か魔獣だって言ってたのに……。……でも、そうじゃないって報告が届いた後に……化物が、私達の居た陣を襲ったんだ……」


「それで、その化物はなんだったんだ?」


「……分からない……。……色んな動物が混ざったような、ドス黒い化物達が……兵士や騎士達を、喰ってた……」


「!」


「喰いながら、地面の下に……暗闇に入り込んで……。なのに、化物が喰ってる音が周囲に響いてて……。アレが何なのか、何も分からなくて……」


 ヴェネディクトは怯えて震えながら涙を流し、自身の理解を超えた惨状を話す。

 そうして口が止まりすすり泣くヴェネディクトに対して、クラウスは更に質問を重ねた。


「お前が言っていた、悪魔の男。それは誰の事だ?」


「……ウォーリスの奴が、いつも傍に置いていた……。何度か、見た事がある男……。黒髪で、青い瞳の……」


「アルフレッドと名乗っているウォーリスか」


「な、名前までは知らない……。……アイツが、あの化物達と一緒に、私達の目の前に来たんだ……」


「なに……!?」


「アイツは、こう言ってた……。私達おまえら生贄いけにえだって……」


「……!!」


「そう言った後に、アイツはいきなり消えて……。……そして、黒い化物達が一斉に襲って来て……。……ツェールンは、あの男を悪魔だって言った……」


 弱々しく語るヴェネディクトは、自分自身に起きた出来事を語る。

 それは黒獣傭兵団の面々には想像し難い光景であり、少数ならともかく五万以上の兵力に生き残りが発生しない程の襲撃が起きたという話に、少なからず困惑していた。


 しかしクラウスだけは冷静にヴェネディクトの話を聞きながら情報を分析し、次の問い掛けに移る。


「それで、他の者達が喰われている中。どうして君だけが生き延びた?」


「分からない……。……隣で走っていたジェレミアが、化物に首を噛みちぎられて……。ツェールンが足を化物に喰われて、暗闇に引きずり込まれながら、何か魔道具を使って……。そうしたら、私達の周囲がいきなり光り出して……。……目を開けたら、誰もいなくて。さっきまで、居た場所とは違う場所に居たんだ……」


「……まさか、そのツェールン侯爵とやら。転移魔法の魔道具を持っていたのか」


 クラウスはヴェネディクトが生還した理由に、ツェールン侯爵が持っていた物に関わりがあると理解する。

 そして話を聞く限り、それが転移魔法の類だとすぐに察する事が出来た。


 親国であるフラムブルグ宗教国家から過去のベルグリンド王族に向けて、一人分の転移魔法を道具アイテムを与えられていても不自然ではない。

 どういう理由でツェールン侯爵家が魔道具それを保有するに至ったかは謎だが、万が一の状況に備えて用意はしていたのだろう。


 しかし魔道具を使ったツェールン侯爵本人と第二王子ジェレミアは間に合わず、第一王子ヴェネディクトだげが転移する。

 それを聞いて何かを察したクラウスは、僅かに眉を顰めながら続きを話すヴェネディクトの言葉に耳を傾けた。


「……それから、ずっと彷徨って……。食事も、水も無くて……。我慢できずに、その辺に食べてる草や木の実を食べて……何度も吐いて……。何十日もそうして彷徨って、もう無理だと思って倒れたんだ……。でも……」


「彷徨って行き倒れているお前は、ある村の人々に発見された。そして、命を繋いだということだな」


「……でも、私は怖くて……。あの悪魔の男が、私が生きてると知ったら……。また化物と一緒に、襲って来るかもしれなくって……」


「それで身分を明かさず、ウォーリスの派遣した兵士達からも逃げ、ここまで辿り着いたというわけか」


 クラウスの尋ねる言葉にヴェネディクトは頷き、涙ながらに自分に起きた事情を伝える。


 それを聞いていた黒獣傭兵団の面々は、現実離れした話をにわかに信じられない。

 しかしクラウスは椅子から立ち上がると、床に座るヴェネディクトの隣で膝を着き、そのか細く弱々しい背中を右手で強く叩いた。


「っ!!」


臣下しんかの思いを無碍むげにせず、よくそ生き残った」


「……え?」


「君が生き残ったのは、君自身の運もあるのだろう。……だが君に尽くしていたツェールン侯爵は、最後まで諦めずに君を生かそうとした。間違いなど無く、彼は君の忠臣だった」


「……!!」


「命を懸けて主君の命を守る。彼は忠臣として役目を果たし、君は生き残った。そして我々に、君の持つ真実じょうほうを伝える事が出来たのだ。……これは臣下ツェールンの御手柄だ、ヴェネディクト=サーシアス=フォン=ベルグリンド。君はベルグリンド王族として彼を讃え、彼のような忠臣を持てた君自身の幸運を誇るといい」


「……う、ぅ……。うぅうぅ……ッ」


 クラウスは強い意思を秘めた青い瞳を向け、ヴェネディクトの背中を再び強く叩いてそれを伝える。

 それを聞いていたヴェネディクトは涙を流しながら呆然とした表情を見せた後、今度は怯えとは違う悲哀の涙を見せながらむせぶように泣き始めた。


 こうして生き延びた第一王子ヴェネディクトによって、ベルグリンド王族を擁した反抗勢力の結末が語られる。


 それはクラウス達とは異なる、ウォーリスの反抗勢力が辿った終焉。

 しかしその終焉から逃れた一つの希望ヴェネディクトが別の希望に合流し、新たな奇跡つながりの道が拓けた瞬間でもあった。

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