思わぬ出会い
クラウスの持っていた『聖魔石』の粉末によって、呪印を施されていたミネルヴァは辛うじて目を覚ます。
しかし朦朧とした意識の中で彼女が呟いた言葉は、ウォーリスという男の素性に関して新たな疑問を生じさせる事になった。
ミネルヴァの回復を待つ一行は、その間に僅かながらも村人達との交流を行う。
そしてシスター以外からの今までの事情を聞き、情報に齟齬が無いかを確認した。
しかし王都の貧民街に暮らして居た者達とは別に、他の村や町に居た人々から黒獣傭兵団の脱走後に起きた各地方の話を聞くことが出来た。
「――……
「そしたらね、警備隊や傭兵団を正式な兵士として雇うって。ウォーリス王子が言ったそうなの」
「兵士になりゃ、傭兵団をやってるよりも給金も安定する。警備自体が仕事になりゃ、それで食っていける。だから大体の連中は、兵士になる事を選んだんだ」
「それからしばらく、兵士になるって連中を訓練って事で町や村から連れ出してさ。んで、来た兵士達が代わりに町を守るようになって、村長とか町長はそれに従って、兵士達に任せたんだ。……でも……」
その事を話す村人達の表情は僅かに曇り、不安の瞳を見せる。
そして全員の口から、共通する事が述べられた。
「それから、貴族達がウォーリス王子を討つって話で挙兵したり。それが治まったと思ったら、すぐに帝国に戦争を仕掛けるって話になって。兵士の訓練をするって連れて行かれた人達が、戦いの為に集められたんだって思ったの」
「俺の息子も、その時に連れて行かれちまってな……」
「ウォーリス王子が寄越した兵士達にその事を聞いても、何の問題も無いって一点張りで取り合ってくれないしよ……」
「……それから、帝国との戦争が終わって。兵士として連れて行かれた人達が、一度は戻って来たの。ほとんどは無事だったみたい」
「でも一ヶ月もしない内に、また訓練があるって連れて行かれちまった」
「また戦争があるんじゃないかって思って、私達は思ったの。黒獣傭兵団の件といい、ウォーリス王子の……いや、その時にはもう王様になってたんだ。ウォーリス王の事を信用できなくなって……」
「でも、そういう事を言ってたらさ。兵士達が町長に命じて、俺達を町から追い出したんだ」
「荷物を纏めさせられて、町や村から退去させられてさ。……行き場が無くなった俺達は
村人達はそう述べ、黒獣傭兵団の脱走から始まるベルグリンド王国内の各村や町で何が起こっていたかを話す。
それは常識のある者ならば眉を
しかもそうした不安や不満を述べる人々をウォーリス指揮下の兵士達は許さず、生きる場所を追い出される。
そうした中には盗賊に堕ちた者達も居たらしいが、すぐに兵士達に討たれたという話も伝え聞いたという。
それを聞いた黒獣傭兵団の面々は、ウォーリスの所業に対して確かな憤りを抱く。
そうした面々の中で一つの懸念を思い出したワーグナーが、村人達にある情報を聞いて回った。
「――……
「い、いや……」
「生き残りが居たなんて、初耳だわ」
「村人全員、死んだって聞いたけど……」
「……チッ、やっぱりかよ……」
村人達の話で、襲撃を生き延びていた者達も殺されている事が判明する。
表では国民に誠実な姿を見せる王として、裏では
茶髪の
これで黒獣傭兵団の無実を証明できる人間は、共和王国内では既に存在しない事が分かる。
そして夜が訪れる村の中で、仮宿として与えられている集会所に再び集まった黒獣傭兵団の面々は、自分達の集めた情報を整合させながら話し合った。
「――……そうっすか。あの
「あの事件が起こった村の住人が殺されてるんなら、自力で俺達の無実を証明するのは無理っすかね……」
「やっぱりクラウスの旦那が言ってるみたいに、各国に協力してもらって、ウォーリスの野郎を討つしかないんでしょうか?」
「でも実際問題、そうなったら犠牲になるのはウォーリスの野郎だけじゃない。移民して来た連中と、
「銃って武器を持った十万の兵士と
「そうならない為には、ウォーリスの野郎と
団員達は今までの情報を精査し、ウォーリスの野望を打倒する為の手段を模索する。
まずウォーリスの抱える戦力は、移民して来た者達や各地方から集った共和王国の兵士達。
合計すれば十万を超えるだろう兵士数に加えて、矢や弩弓より威力と射程のある『銃』という人を殺し易い武器が大量に製造され続けている。
それだけでも十分に脅威となる戦力であり、普通の国であれば対抗する事も難しい。
更に女子供でも銃を扱えるようになれば、共和王国民の全てが兵士と同等の戦力となる可能性も存在していた。
ウォーリスを討つ為には、共和王国の人々を切り離す事が必要になる。
その為にはウォーリスを信用できない人物だと共和王国の人々に広める方法もあるのだが、村人達から聞いたウォーリスの支持層にそれを植え付けるには、今の共和王国の状況は不可能だろう。
団員達が講じる手段には大規模な人員が必要であり、やはり各国の協力が必要。
更に共和王国内にも大規模な味方が必要であり、ウォーリスの支持層に対抗できるだけの反対勢力が不可欠となる。
そうして話が収束しながら行き詰まる中、一人の団員が何かを思い出してある話題を向けた。
「……そういえば」
「ん?」
「いや、ここの人に聞いた話なんっすけどね。村の奥の方に暮らしてる奴が、少し変な奴らしいんっす」
「変な奴?」
「話だと、王国軍が帝国に侵略しようとしてた時期だったらしいんすけど。その話を聞いた人が居たに村に、その変な奴が行き倒れて運び込まれたらしくて。目が覚めた後は怯えっぱなしで、まともに話も出来ない状態だったみたいっすよ」
「……そいつも、何か
「それは分かんないっすけど、でも怯え方が尋常じゃなかったらしいっす。それから、兵士が来た村からも一緒に逃げてきて、ここで皆と一緒に暮らしてるらしいっす。でもあんまり、ここの人達とは親しくやってない感じらしいっすけど」
「今はまともに話せてるのか?」
「さぁ。いつも家に籠ってるか、人が少ない朝に鶏の小屋掃除をさせられてるみたいっす」
「なるほどな。……そいつに、少し話を聞いてみたいな」
「明日の朝、尋ねてみますか?」
「行ってみるか」
その人物の話を聞いたワーグナーは、何かウォーリスを追い詰める為の情報を得られる可能性を考えて話を聞きに行く事を選ぶ。
それを聞いた団員達も頷き、鶏の小屋掃除を行う早朝に少人数で尋ねる事にした。
その話を聞いていたクラウスは、僅かに視線を細める。
そしてその日を就寝して終えた一行は、夜が明ける早朝に起きて、ワーグナーと話を聞いた団員の二人がその人物が働く鶏小屋へ向かった。
「――……ここらへんが、鶏小屋っすね」
「結構、鳴いてるな」
「あぁ、卵とか焼いて食えるかなぁ」
「村の連中が大事にしてる食料源だ。勝手に盗るなよ」
「盗らないっすよぉ」
そうした話を交えながら、ワーグナーと団員の二人は鶏小屋に向かう。
円形状の柵に囲まれた小屋には鶏が飼われ、既に起き始めながら鳴き声を発している様子が見えた。
その中には一人の男が作業を行っており、小屋内に敷き詰められた枯草や藁と共に羽根や鶏の糞を掻き出しながら掃除している様子が窺える。
それを見たワーグナーは、柵の外から男に声を掛けた。
「おはようさん。調子はどうだい?」
「……?」
「ちょっと、アンタに聞きたい事が――……えっ?」
掃除をしている男は声に気付き、後ろへ振り返る。
そしてワーグナーが話を聞こうとした時、昇った日の光によって男の顔がはっきりと見えるようになった。
そして男の顔を見た時、ワーグナーは思わず表情を強張らせる。
そうした様子を見せるワーグナーは、驚きの声を漏らしながら呟いた。
「……まさか、コイツは……!?」
「あの人、知ってる人っすか?」
「……王子だよ」
「えっ」
「ベルグリンド王国の王子……。……確か、第一王子だ」
「えっ。……えぇっ!?」
ワーグナーはそう呟き、団員は驚愕の声を露にしながら男の姿を見る。
そこに立つ人物こそ、旧ベルグリンド王国の王子にして、ベルグリンド王族の正当な血筋を継ぐ者。
過去に黒獣傭兵団が窮地を救った事もある第一王子、ヴェネディクト=サーシアス=フォン=ベルグリンドだった。
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