逃れし者へ
ワーグナーは団員達に決別の意思を見せ、ウォーリスの野望を破るクラウスと共に行動する事を決める。
そして訪れたシスターや団員達と共に、オラクル共和王国内で得た情報を互いに伝え合った。
集会所の建物内で一同は介し、話が行われる。
そうして先に得ていた情報を口にしていたのは、クラウスとワーグナーの二人だった。
「――……これが、ここまで知った我々が得た共和王国の現状だ」
「国内の西側はともかく、東側は外国からの移民が圧倒的に多い。王都の住民も、ほとんどが外国人になっちまってた」
ワーグナーは作成した地図を広げながら机に広げ、シスターに見せながら現状の共和王国がどのようになっているか伝える。
それを静かに聞いていたシスターは、渋い表情を見せながら呟いた。
「……そうですか。……私達が王都を離れている間に、この国はそのようなことに……」
「シスター。アンタ達が王都を出たのは、
「……
「そんなに早く……!?」
「貴方達が王都を出た後、様々な事がありました。……黒獣傭兵団の虐殺事件について王都の人々は様々な対立を見せ、治安が極端に悪化したのです」
「……!」
「
「……そうか。……すまん」
「いいえ。私も、そして貧民街の人々も。
「……ッ」
「幸い、貴方達の逃亡を手助けした私が『
「……王都を出てから、真っ直ぐ
「はい。始めは野営などを行いながら暮らしていたのですが、安全面や物資面でもそれを続けるのは難しいと考え、三十年以上前の反乱から復興されていない
「……凄いな、アンタも。たった二年で、こんだけの村を一つ作っちまえるんだからな」
ワーグナーはシスターの話を聞き、素直に思った事を伝える。
そしてクラウスにも視線を向け、互いに場所は違いながらも二年余りで村一つを作り上げた功労者へ口元を微笑ませながら賛辞を送った。
シスターはそれに対して微笑みを浮かべて返したが、すぐに真剣な表情となって話を戻す。
「……ただ、その間にも王国内では波乱が起こっていました」
「波乱?」
「王国貴族達がベルグリンド王族の第一王子と第二王子を擁して協力し、ウォーリス王子の王位継承を認めない事を喧伝し、各領地の戦力を纏めて王都へ進軍したのです」
「!?」
「
「五万だと? ……そりゃ、兵士や傭兵の数だけじゃねぇな。民間人も徴用したのか」
「そう聞いています。……しかし、そこからの話ですが。少し奇妙なのです」
「奇妙?」
「王都に進軍していた各王国貴族領の戦力が、王都に到着する前に壊滅したそうです」
「……壊滅って、五万の兵力がか!?」
「はい。伝え聞いた話では、ウォーリス王子の側近アルフレッドなる者が討伐軍を指揮し、進軍中の王国貴族達を討伐したという事になっています。……しかし、そのような討伐軍を誰も見てはいないのです」
「討伐軍を、見てない?」
「王都からも、そしてウォーリス王子が拠点としていた東側の領土からも、五万の軍勢を討伐できる戦力が集められたという話がありません。しかし事実として、ベルグリンド王族を擁した王国貴族の勢力は壊滅し、生存者が戻ったという報告もされていないそうです」
「!?」
「その後は、正式にウォーリス王子が王位を継承した事が伝わりました。そして北方領土を掌握した事も宣言しています。……反乱決起から鎮圧まで、僅か一ヶ月も満たない期間です。反乱が起きた事すら知らなかった者が、王国内では大半だったでしょうね」
「一ヶ月で鎮圧だと……。……前に
「ええ。……だからこそ、奇妙な話なのです」
シスターの話を聞いていたワーグナーを含む団員達は、顔を見合わせながら表情を困惑させる。
反旗を翻した五万の兵力を討伐軍も無しに殲滅し、更に一ヶ月のも満たない期間で北方領土を治めたと宣言したという話。
それが本当であれば、とても常識では考えられない出来事が起こったとしか思えない。
戦争経験が豊富なクラウスも同様の疑念を持って眉を
「それから半年も経たない内に、ウォーリス王の名によって帝国への侵攻を行う戦力が各地方から集められ、帝国との国境に向かったと聞きます。それから帝国と和平を結んでから二年目……つまり昨年。この国はベルグリンド王国から名を変え、オラクル共和王国となりました」
「……!」
「その頃からでしょうか。
「十万……!?」
「
「……!!」
「
「……シスター。まさかアンタ一人で、その陽動を……!?」
「いいえ、一人ではありません。……孤児院の子供達を、覚えていますか?」
「あ、ああ」
「彼等も、私の手伝いをしてくれています。ただ私のように一人では厳しいので、集団で行動させていますが」
「あのガキ共が陽動って、大丈夫なのかよ?」
「確かに未熟ではありますが、彼等はこの二年で更に成長し強くなりました。むしろ心配されているのは、私の方かもしれません」
「……ははっ。そりゃ、すげぇな……」
ワーグナーや団員達は苦笑いを浮かべ、シスターに育てられた子供達がどのように成長したか想像して末恐ろしく思う。
それでも高齢のシスターだけにしか頼れない村ではないと知り、僅かな安堵の息を吐いた。
しかしそうした中で、クラウスは冷静な表情のままシスターに問い掛ける。
「――……『例の奴』。『
「そうでしょうね」
「なるほど、それは理解した。……だが一つ、私は追跡者達が喋っていた話で気になる事がある」
クラウスは考え込むような表情を見せながら、シスターに問い掛けようとする。
その際にワーグナーが疑問を、その事に対してクラウスに尋ねた。
「気になる? てか、アンタは奴等の言葉が分かったのかよ」
「まぁな。……シスター。どうして奴等が我々の死体を回収しようとしていたか、その理由に心当たりはあるか?」
「!」
「奴等は
「……」
「奴等の奇妙な行動について、貴方は何か情報を得ていないか?」
クラウスはそう尋ね、『
それを聞いていたシスターは神妙な顔を浮かべた後、顔を俯かせながら口を開いた。
「……彼等は、死体を集めています」
「死体を?」
「南方領の都付近に、古い廃城があります。
「!」
「そして冷蔵室に収められた死体は、ある事に利用されています」
「利用?」
「あらゆる魔法の実験。そして、ある秘術を用いた死体の利用です。……貴方達に伝えるのならば、死体を操る魔法を用いている。そう言った方が伝わりますか?」
「!」
「!?」
「彼等は集めた死体を操り、まるで生きた人間のように扱います。……
シスターの突拍子も無い話を聞き、ワーグナーと団員達は唖然とした表情を困惑させる。
そうした中でも冷静な表情を見せるクラウスは、死体を操る魔法に関して思い出しながら呟いた。
「……もしや、死霊術か?」
「
「……だとしたら、死体を集めさせているのも合点がいくな。例え死んだとしても、死体さえ回収できれば利用価値が生まれる」
「その通りです。だから追跡者達は、貴方達の死体も回収しようとした」
「……なるほど。ならば
「スパイ?」
「帝国から共和王国へ幾人か
「……半年ほど前ですが。旅行者風の者達が発見され殺されていたという話は、子供達から聞いています」
「なるほど。おそらくそれが、
クラウスは僅かに歯軋りを見せながら、帝国の
それを聞いていたワーグナーは何かを思い出し、座っている団員達へ顔を向けながら尋ねた。
「……おい。お前等、覚えてるか?」
「え?」
「俺達が嵌められた、マチルダの……あの虐殺が起こった村。……あの村を襲った連中が奇妙だって、ケイルの奴が言ってたよな?」
「……あぁ、確かに言ってたような。生気とか、意思が無いとか、そんな感じのこと……」
「もしあの襲撃を起こした奴等も、その死霊術ってのに操られてた死体だったとしたら?」
「!?」
「だとしたら。その死霊術ってのを使った奴が、あの村の連中やマチルダを殺して、俺達を嵌めた奴ってことだ……」
クラウスとシスターの話を聞いていたワーグナーは、あの虐殺事件が死体を操った死霊術師によって起こされた出来事である可能性を見出す。
団員達もまたその可能性を知り、全員が目を見開きながら驚愕を見せた。
それを聞いていたクラウスは、再び浮上した疑問をシスターへ訪ねる。
「シスター。貴方はかなり深い
「……」
「死霊術の存在。まさにウォーリスが隠したかったのは、この秘密だろう。銃の生産やその訓練を行う訓練兵は、言わばその秘密を隠す為の
「!」
「陽動役にしては、少し過剰に探り過ぎている。……貴方は何か、まだ明かしていない事情があるな?」
クラウスは何かを見破ったように、シスターが深く探りを入れている理由を問い掛ける。
それを聞かれたシスターは僅かに沈黙し、席を立ちながら扉へ向かった。
「……その事を知りたければ、私に付いて来てください」
「!」
「貴方達の来訪が、神の導きなのだとしたら。……あの方を救える者こそ、貴方達なのかもしれない」
「……?」
シスターはそう呟きながら、建物を出て行く。
それを見ていたクラウスも席を立ち、シスターの後を付いて行った。
ワーグナーもまた二人の後を追い、建物から出て行こうとする。
そして疑問を浮かべた団員達も待機したままではいられず、三人の後を追って建物から出た。
そして一行はシスターに案内され、ある建物に入る。
そこは補強しただけで窓も無い小屋であり、その扉を開けて中に入ったシスターに続き、一行も小屋の中に入った。
するとそこには、一つの粗末な寝台が置かれている。
そしてその上に横に寝かされているのは、
ワーグナーは眠りながら
「シスター、この人は……?」
「……私の師であり、フラムブルグ宗教国家に所属する『黄』の
「!!」
「なに……っ!?」
その場に寝かされている人物の一同が驚き、その中でも特にクラウスが驚愕の声を漏らす。
それはクラウスにとって、共和王国に赴いてから初めて予想できていない出来事を目の当たりにした瞬間だった。
こうして一行は、シスターの案内で思わぬ人物に引き合わされる。
それはウォーリスに単独で挑んで敗北し殺されようとしていたはずだった、『黄』の
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