暗雲の出発


 各国で貿易品を中心とした運び屋を営む、大商人リックハルト。

 彼と取引し協力者に仕立て上げたクラウス達一行は、『旅の運び屋リックハルト』の傘下商会に加わる事を認められる。


 更に同盟都市建設の行商団に代理の搬送作業員を雇い入れ、数日の時間制限を設けられていた一行は行商団の縛りから解放された。

 話し合い自体もリックハルトが表に立った事で順調に進み、政府ともある程度の関係性コネクションを築き上げていた事もあり、クラウス達一行は共和王国の商人として登録するに至る。


 クラウスとワーグナーはそうした手続きに同行し、交渉の取り決めを果たす様子を見届けた。

 そして手続きを終えてから数日が経つと、約束事として定められていた最後の情報をリックハルトの店内に設けられた客室で聞く。


「――……貴方が知りたがっていた、南方で暮らす者達についてですが……」


「何か分かりましたか?」


「ええ。人伝ひとづてではありますが、そうした者達を見かけた話があるそうです。そこは過去に起きた王国内の内乱で廃された元王国貴族領だそうで、どうやらその領地内の何処かに住み着いているのではないかと」


「内乱……。あの時のか……」


 リックハルトの情報を聞いていたワーグナーは、王国内で起きた過去の反乱を思い出す。

 三十年ほど前にベルグリンド王国の南方を治めていた貴族が反乱を起こし、若き日のワーグナーと幼いエリクも黒獣傭兵団の一員として反乱の討伐軍に参戦していた。


 そして敗北した反乱領地は討伐軍にかなり荒らされ、領地の人々も様々なモノを奪われながら逃げるか殺されるかという運命を辿り、反乱を起こした貴族とその一族は処刑される。

 それから各領地の貴族達が喰い合うように領地を貪り、結果として残ったのは復興されずに、放置され続ける寂れた土地と廃墟郡が残る土地になった。


 確かにその南方の土地ならば、人の赴かない場所も多い。

 そこに貧民街の人々が移り住んでいる可能性があると考えるワーグナーは、リックハルトがある物を取り出しながら話す姿に視線を戻した。


「これは、共和王国こくないの大まかな地図です。都市建設や開発などで今は国内の動きは盛んなので、検問所なども多く設けられていますが。ただそうした事業が進んでいるのは、王都や港を中心とした東方部分。帝国に隣接している西方や南方は、まだ手付かずの部分も多いです」


「なるほど。南方に目は少ないか」


「いえ。南方に向かう際に、より注意して頂きたいこともあります」


「?」


「共和王国政府は現在、多くの兵士を内外から募っています。そうして集められている兵士ですが、共和王国内で訓練を施されていると噂されているのです。その場所が南方の何処ではないかと、我々のような商人は推測しています」


「噂で、推測か?」


「はい。確定ではありませんが、我々が知り得た情報から見て間違いないかと。物資や人員の流通から考え開拓状況があまり進んでいないはずの南方に、そうした流れが奇妙な程に多い。なので兵士達の訓練は南方の領土で行われているのではないかと考え、我々のような外来の商人達は南方への行商は控えています」


「なるほど。確かに、その噂話は信憑性が高そうだ」


 リックハルトが得た情報を聞き、クラウスは納得を浮かべながら考える。


 もしその話を帝国の内偵達が知れば、南方を探ろうと行動しただろう。

 しかし内偵は数ヶ月も行方を途絶えさせ、セルジアスの耳にはそうした情報が届けられていない。


 つまり南方を探ってしまった為に、帝国の内偵達は共和王国の手に堕ちた。

 そうした繋がりを導き出したクラウスは、リックハルトを見ながら頼みを告げた。


「リックハルト殿、私達は南方に向かう。その為にも、共和王国から発行している通行許可証を、なんとか取り付けてくれ」


「……分かりました。ただ通行証は、安全の保障には出来ませんよ?」


「分かっている。自分達の身は、自分達で守るとしよう。……それと交渉の件だが、マシラ共和王国を経由しローゼン公爵家と連絡を取るといい。時間は少し掛かるだろうが、我が息子が必ず約束を果たすだろう」


「承知しました。……確かに貴方は、あのむすめさんの父親ですな」


「む?」


「私は貴方のむすめさんとも、こうして向かい合った事があります」


「ほぉ、それで?」


「あの娘さんもまた、末恐ろしい部分を私に見せました。……貴方とこうして向かい合えば、その末恐ろしさが重なり記憶から蘇ってしまいますよ」


「ふっ、なるほど。そういう部分は、私と似たかもしれんな……」


「こうして貴方に御会いした事も、何かのえんと思いましょう。……どうか、御気をつけて」


「こちらも良い商談をさせてもらった。娘も世話になった様だし、今回の事も含めて感謝しよう。リックハルト殿」


 クラウスとリックハルトは互いに立ち上がり、右手で握手を交わす。

 そして二日後、リックハルトの小間使いから通行許可証を受け取ったクラウスとワーグナー達は、南方に赴く為の準備を始めた。


 更に二日後、南方までの順路を定めて準備を終えたクラウス達一行は堂々と王都を出立する。

 そして目的地である南方の元貴族領地へと向かい、荷馬車の車輪と馬の足を進めさせた。


 そうして南方へ向かう途上、ワーグナーは騎乗したまま荷馬車を扱うクラウスに話し掛ける。


「――……敢えて、今まで聞かなかった事があるんだが」


「む?」


「あのリックハルトとかいう商人が、アンタの脅迫おどしが嘘だと見抜いていたら。そして、俺達を裏切って共和王国の奴等に報告してたら。どうする?」


「その時には、どうしようもないな」


「おい……」


「南方に向かう為には、この方法しかなかった。別の手段を用いていれば、共和王国は私達の潜入はすぐにあばかれただろう。……それにこの方法ですら、我々の正体が暴かれるのは時間の問題だ」


「!」


「帝国から来た商人が、共和王国に所属する事がそもそも不自然なのだ。少し頭の回る者ならば、私達が帝国から来た密偵スパイである事をすぐに理解するだろう」


「じゃあ、まさか。もう監視が……!?」


「付いているかもしれんな。私はパールのように気配の読みが優れているわけではないから、よほどの手練れだと察する事も出来ん」


「こっちも、そういう野生の勘は持ってないんでね。……こういう時に、エリクやマチスがいればな……」


いるのも結構だが。では、どうする? このまま大人しく帝国に戻るか、それとも南方に向かうか。お前に選択肢は任せている」


「……予定通り。東側を迂回して、南方へ向かおう」


「いいのか?」


「ああ。……南に行った連中を拾って、帝国むこう亡命わたさせなきゃいかんしな」


「ふっ。その為に、リックハルトから新たな馬車と馬を購入したのだ。無駄には出来んさ」


 クラウスはそう述べ、自身が操る荷馬車の後ろから追従する二台の大型荷馬車を見る。

 それを操っているのは黒獣傭兵団の団員達であり、ワーグナーもそちらへ顔を向けながら口元を微笑ませた後に口を開いた。


「……しかし、こうなるんだったら。もうちょい、団員かずを連れてくりゃ良かったかな。六人で荷馬車を三台も守る事のは、流石にキツイぜ」


「帝国に苦渋を飲ませた黒獣傭兵団おまえたちだ。信頼しているぞ」


「へっ、そりゃどうも。……シスターが無事なら、あの人に護衛を手伝わせるのもアリだな」


「その修道女シスターは、護衛を出来る程に強いのか?」


「強いぜ、あのシスターは。俺や後ろの団員れんちゅうよりも、よっぽどな」


「ほぉ。……フラムブルグ宗教国家の修道女シスターで、貴様より強いのか。……まさか……」


「ん? どうした」


「……いや、なんでもない。――……無駄話はそろそろ切り上げて、護衛としての務めを果たせよ」


「へいへい」 


 クラウスは一瞬だけ何かを考えたが、それを晴らすようにワーグナーに命じる。

 それを呆れ気味に応じたワーグナーは荷馬車から馬を離し、護衛を行う為に他の団員達と共に周囲の監視を行った。


 こうしてクラウスとワーグナー達は、東側へ向かいながら南方の領地へと迂回する順路を進む。

 順調にも見える彼等の旅路が暗雲とした空と同じ様相を見せている事を知るのは、極少数の者達だけだった。

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