罵声の助け


 アルトリアが父クラウスの墓前にて、僅かな時間ながらも本人クラウスと邂逅した翌日。

 ローゼン公爵家の本邸に滞在しているゲルガルド伯爵家の親子もまた、面会の場を設けていた。


「――……体調はいかがですか? リエスティア様」


「は、はい……」


 面会が行われた場は、リエスティアが過ごす寝室内。

 その場にはリエスティアとウォーリスの他にも、帝国皇后クレアと皇子ユグナリス、老騎士ログウェルとローゼン公セルジアス、そして悪魔ヴェルフェゴールといった混沌とした面々が姿を見せている。


 このローゼン公爵領地に集まる重要人物達のほとんどが一同にかいした場の雰囲気は重く、まだ見えない目ながらも雰囲気を察してリエスティアは緊張している。

 逆に『オラクル共和王国の国務大臣アルフレッド』として接するウォーリスは、他人行儀で冷たくすら思える声を見せながら話を続けていた。


「貴方が懐妊したという知らせを受けた時は、非常におどろかされました」


「……ッ」


「私としましては、あまりこうした事を貴方に述べたくはありません。しかし、敢えて言わせて頂きます。……軽率なおこないをなさいましたね」


 ウォーリスの声は一段と低くなり、リエスティアに対して責め立てる言葉を口にする。

 それを受けたリエスティアは唇を噛むようにすぼめ、身を震わせながら瞼を閉じた表情を不安の色に染めた。


 しかし、二人の会話に声を差し挟む人物が歩み出る。

 それは壁際に控えていたユグナリスであり、ウォーリスはそれに気付き鋭い視線を向けた。


「――……アルフレッド殿。リエスティアの妊娠について、彼女を責めないで頂きたい」


「……」


「貴方に正式な婚約を認めて頂く前に。こうした結果に及んでしまった事は、全て私の責任です。この場を御借りし、その謝罪を行いたい。……本当に、申し訳ありませんでした」


 歩み出たユグナリスはウォーリスの数歩先で立ち止まり、頭を深々と下げながら謝罪を行う。

 それに対してウォーリスの青い瞳と表情に憤怒の色合いが見えたが、気を落ち着けるように一息を漏らしながらその謝罪に対する返答を行った。


「こうなってしまった以上は、致し方ないでしょう。しかし皇子あなたを始めとしたガルミッシュ帝国に対する信頼を、我々が失っている事だけは承知して頂く」


「……はい」


「そして先日、リエスティア様が滞在する帝国の状況にも不安を持つ事態が起きた。その点に対する信頼も低下しています」


「ここが襲撃された件ですね」


「そうです。しかも襲撃された際、貴方達は成す術も無く敵勢力の侵入を許し、リエスティア様の居る寝室まで踏み込まれたとか。事実でしょうか?」


「……その通りです」


「懐妊の件を含めても、襲撃を防げなかった件に関しても、今の帝国にリエスティア様を預けられる程の信頼を置くことは厳しいと、我々共和王国は判断せざるを得ません。本来ならば、今すぐにリエスティア様を共和王国こちらに連れ戻すことも考えています」


「それは……!!」


 ウォーリスの言葉にユグナリスは焦りの色を濃くし、その内容が実行される事を止めようとする。

 しかしその声を出させる前に、ウォーリスは右手を軽く上げてユグナリスを制止しながら続きを話した。


「しかし懐妊中のリエスティア様を共和王国まで移動させるのは、様々な危険があります。それを回避する為には、少なくともリエスティア様が出産し落ち着いた時期を待つしかありません」


「……」


「ただ、それでは不安のある帝国の中にリエスティア様を残すことになる。本来ならば私が御傍について御守りするべきですが、私は国務大臣としての務めで色々と責任のある仕事を任されている身。長く帝国こちらに留まることは出来ません。それは帝国宰相たるローゼン公爵殿も同様でしょう」


「――……ええ、確かに」 


 ウォーリスはユグナリスから視線を逸らし、佇みながら様子を見ていたセルジアスに話し掛ける。

 それを受けて同意するセルジアスは、言葉を続けながら自分達の現状を伝えた。


「政務もそうですが、同盟都市建設の責任も他者に委ね続けるのは望ましくはありません。今は襲撃を受けた事で一時的に帰還しましたが、事が落ち着けば我々は現場に戻る事になるでしょう」


「そうです。しかし我々が離れた後に、再びここが襲撃される可能性も否めない。かと言って、共和王国こちらからリエスティア様の護衛となる多くの軍兵を派遣すれば、共和王国が帝国に対して不安と不満の意思を持つ事を周知させる結果となるでしょう。それでは、公爵殿や帝国の名誉を更に傷付けてしまう事になる」


「……ッ」


共和王国われわれも帝国と和平を結ぶ上で、そうした状況を望みません。……そこで私は、共和王国こちらからリエスティア様の護衛として腕利きを少数、傍に付ける事を提案します」


「!」


「その一人目として、彼を推挙しましょう。――……ヴェルフェゴール」


「――……はい、アルフレッド様」


 ウォーリスはそう述べ、傍に控えていた悪魔の名ヴェルフェゴールを呼ぶ。 

 ヴェルフェゴールは契約主であるウォーリスを偽名アルフレッドで呼び、丁寧な対応を見せながら応じた。


「彼には、リエスティア様の護衛を兼ねた執事を務めさせて頂きます。彼はどのような状況でも、リエスティア様を守る事が出来る手段を備えていますので。……共和王国こちらの提案を、お受け頂けますか? ローゼン公」


「……分かりました。彼がこの屋敷に身を置く事を、許可します」


「ありがとうございます」


 ウォーリスの提案にセルジアスは応じ、こうして表向きの形で悪魔ヴェルフェゴールがリエスティアの護衛に付く事が認められる。

 予定調和としてこの提案が叶えられた状況であり、この件を知るセルジアスとログウェルを始め、その伝手で事前に聞いていた皇后クレアや皇子ユグナリスもその提案を受け入れていた。


 そして最後の確認をする為に、ウォーリスはリエスティアに視線を向けながら伝える。


「リエスティア様も。それでよろしいですか?」


「……はい。分かりました」


「では、今日から彼も侍女と共にリエスティア様の御傍に付きます。そして後程ですが、他の護衛も共和王国こちらから派遣させて頂きます」


「!?」


「彼一人では、護衛をする上で手がりぬ事もあるでしょう。その上で護衛の人員を少数、共和王国こちらからリエスティア様の周囲に配置させて頂く。それも御認め頂けますか? ローゼン公」


「……その者達が来る際に、正規の形で御越し頂ければ」


「分かりました。それでは彼等にオラクル共和国王ウォーリス様の書状を持たせた上で、正規の手続きでこの領地に赴かせましょう」


 ウォーリスが更なる護衛を赴かせると伝えると、セルジアスは条件を付ける。

 それは今回のように唐突に姿を見せた悪魔ごえいではなく、帝国側で把握できる存在を赴かせるようにという皮肉も籠っていた。


 それに応じるウォーリスは、セルジアスに対して自分の提案を全て飲み込ませた形を整える。

 そして最後に、ウォーリスは誰もが話さなかった話題を口にした。


「……これで、リエスティア様が出産するまでの形は整わせて頂きました。……しかし問題は、無事に出産した後でしょうね」


「!」


「リエスティア様が無事に子供を出産したあとのことですが。……オラクル共和王国は、彼女リエスティアとその子供を共和王国こちらへ戻す事を求めます」


「!?」


「な……!?」


殿下ユグナリスとリエスティア様の婚姻は、約束事として定められ決まる予定でした。しかし約束事それがこのような形で破られた以上、リエスティア様とその子供を共和王国こちらで引き取り育てるのは、当然かと思いますが?」


「そ、そんな……!! いくらなんでも、それはあまりにッ!!」


「貴方が先ほど仰った通りですよ、ユグナリス殿下。……これが貴方に対する、責任の負わせ方です」


「……ク……ッ」


 ウォーリスは出産後のリエスティアとその子供について、共和王国じぶんの下で引き取る姿勢を強く示す。

 それを聞いたユグナリスは反論しようと表情を強張らせたが、強弁を振るうウォーリスの言葉を跳ね除ける事が出来ない。


 そして周囲の者達も、ユグナリスに対して誰も助け船を出さず、また出す事も出来ない。

 自業自得の事とはいえ軽率な行動をしたユグナリスから、共和王国ウォーリスがリエスティアと子供を取り上げるという事態は、誰もが予想できる事だったのだ。


 周囲の誰もがウォーリスの言葉に意を唱えず、ユグナリスと寝台に座るリエスティアを互いに表情を悲しみを宿しながら顔を伏せようとする。

 しかしその時、寝室の扉を大きく開け放つ音が室内に放たれた。


「!?」


「!」


「――……私がない場所とこで、勝手に話を進めるんじゃないわよ!」


 一同が会する寝室の扉を開け放ち、堂々とした振る舞いで一人の女性が声を張り上げる。

 その女性は扉の堺から歩み出ると、全員が集う寝室の場にその姿を晒した。


 そしてその場に参戦した女性の名を、ユグナリスは口にする。


「ア、アルトリア……!」


「……まったく。アンタは馬鹿のくせに、簡単に相手の口車に乗せられてるんじゃないわよ。ユグナリス」


 ユグナリスに悪態を述べた後、その場に現れたアルトリアは仁王立ちの姿勢で鋭い視線を向ける。

 そして鋭さの衰えないアルトリアの青い瞳は、この場の中心となっていたウォーリスの青い瞳と視線を重ねながら睨み合う形を見せた。


 こうしてリエスティアと宿った子供を奪われそうになったユグナリスに、思わぬ助けが入る。

 それは元婚約者であり、誰よりもユグナリスに罵声と悪態を向け続けたアルトリアだった。

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