悲哀の舞台


 ハルバニカ公爵家に擁される形でルクソード皇国の皇王候補者に名を連ねたクラウスだったが、事態を交渉でおさめようとする祖父ゾルフシスの意向に懸念を持つ。

 そうした中で現皇王エラクの妹ナルヴァニアに個人的な面会を求められ、それに応じる形で庭園へと訪れた。


 互いに自己紹介を終えたクラウスとナルヴァニアは、共に青い瞳を向けながら顔を見合う。

 そして沈黙を見せたその場で先に声を発したのは、先に面会の申し入れを行ったナルヴァニアの方だった。


『――……クラウス殿。こちらの席へどうぞ』


『そうですね』


 ナルヴァニアは東屋ガゼボに設けられた椅子に再び座り、対面の席へ右手を差し向けながらクラウスを誘う。

 それを受けたクラウスは淀み無く了承し、ナルヴァニアの傍へ近付く為に足を進めた。


 クラウスの護衛を務めている三人の従者も警戒を抱きながら後を付いて行こうとするが、それをクラウスは振り向かずに止める。


『俺一人でいい』


『!』


『武器も持たない淑女じょせいを、複数の男で取り囲むものではない』


 そう述べながら歩くクラウスの言葉を聞き、護衛の従者達は意表を突かれながら足を止める。

 

 ナルヴァニアは武器らしい物を身に付けておらず、また護衛と呼べる者も少年ザルツヘルムだけ。

 ほぼ無防備に近いナルヴァニアを、クラウスを始めとした屈強な男達が近づいて取り囲んでいる光景は、他者に見られれば外聞の良い話とはならないだろう。


 その外聞が広まりでもすれば、この状況はクラウスを擁するハルバニカ公爵家に不利益となる。

 それを一瞬で判断し警告したクラウスの思考力と判断力を、護衛していた従者達は驚愕させられていた。


 クラウスはそのまま歩き、ナルヴァニアの傍に辿り着く。

 そして一礼した後に対面の椅子に腰掛け、改めてナルヴァニアと視線を重ねながら向かい合った。


 ナルヴァニアはその視線を動かし、近付かないクラウスの護衛達に向ける。

 そして微笑みを浮かべながらクラウスへ視線を戻し、落ち着いた面持ちで話し掛けた。


『――……彼等を傍に寄らせないのは、い判断をしますね。クラウス殿』


『いえ。ただ要らぬ事で、御互い有りもしない事を言われるのは嫌でしょうから』


『その配慮に感謝しましょう』


『恐縮です。……それで、私にどのような御用なのでしょうか?』


 護衛を近付けないクラウスの思考と判断を一瞬で読み取ったナルヴァニアは、それを褒めるように述べる。

 それを受け取り一礼を述べた後、クラウスは真摯な表情と声色でナルヴァニアに面会の理由を尋ねた。


 ナルヴァニアは正面の石机に置かれた黒い扇子せんすを右手で静かな動作で掴み、小さな動作で広げる。

 そして離れた護衛達から口元を隠すように扇子せんすを顔に近付け、クラウスに理由を述べた。


『クレアは、向こうで元気にしていましたか?』


『!』


『帝国におもむかせた、クレア=フォン=ルクソードの事です。……貴方とは、あまり交流は無かったのかしら?』


『……クレアを赴かせた?』


『ええ。妹クレアを帝国に赴かせたのは、私が兄エラクに進言した事ですから』


『!?』


『表向きの理由は、婚約者であるゴルディオス殿と交流を深めてから成人する十五歳で結婚式を迎えて貰う為でした。……しかし裏の理由としては、クレアをこの内乱から遠ざけたかったからですが』


『……!!』


 ナルヴァニアの言葉を聞いたクラウスは、目を見開きながら驚愕する。


 ゴルディオスの婚約者に定められた十四歳のクレアがガルミッシュ帝国に訪れたのは、およそ一年前。

 まだ現皇王エラクが病で倒れていない時であり、内乱の兆しなどルクソード皇国内部では見えていない頃だった。


 しかし今、ナルヴァニアは内乱を予見していたかのようにクレアを帝国へ送り出す進言をしたと述べている。

 その矛盾に驚愕したクラウスは、一瞬で自身の思考をある結論に辿り着かせた。


『まさか、貴方が……』


『頭が良い子ね。――……そう、私が兄エラクに毒を盛りました』


『!!』


『もし皇王である兄上エラクが倒れれば、絶好の機会だと考える各皇国貴族達は自分が擁する皇族達を後継者へと推そうとくわだてる。……今の皇国は、私が予想していた通りの状況になりました』


 ナルヴァニアは扇子せんすで隠す口を動かし、自分自身で自供するように皇王あにエラクが倒れた原因を述べる。

 しかもその理由が、まるで各皇国貴族達に内乱を起こさせる為だったかのように語るナルヴァニアの言葉に、クラウスは驚きながらも訝し気に尋ねた。


『……貴方が皇王陛下に毒を盛り、権力を得ようとする各皇国貴族達を決起させた。……そういう事ですか?』


『そうです』


『何故、そのような事を……。そして何故、それを私に明かすのだ?』


『それを述べる前に、幾つか私からも御聞きしましょう。……クラウス殿。貴方はハルバニカ公爵家の要請により、ガルミッシュ帝国から皇王後継者の一人として送り出された。そうですね?』


『……その通りです』


『その理由が、ハルバニカ公爵家が後ろ盾となれる候補者が今の皇国に居なかったから』


『そう聞いています』


『……それが既に、不自然だとは思いませんか?』


『え……?』


『確かにルクソードの血脈を持つハルバニカ公爵家の候補者は、帝国の兄弟あなたたちだけだったでしょう。……けれど、わざわざ傘下国の皇太子を引き抜いてまで後継者として迎える事に、不自然さを感じませんでしたか?』


『……権力を維持する為に、自分の血縁者を皇王に置きたいと思うのは、普通の考え方ではありませんか? 実際、今の各皇族達を擁する皇国貴族達がそうであるように』


『確かに、それは普通の考え方です。……しかし、ただ御飾りの皇王おうしか欲していないハルバニカ公爵家が、本当に血縁の後継者にこだわるのかしら』


『……何をおっしゃりたいのです? 貴方は……』


 クラウスは怪訝な表情を強め、疑心を含んだ瞳を向ける。

 それを受けるナルヴァニアは、瞼を閉じて自身の口からある事を伝えた。


『私には、皇族名が無いの』


『!』


『皇族名は、本来ルクソードの血を継ぐ皇族に必ず与えられる。生まれた頃に与えられ、そして新たな皇王となる際の継承権を持つ証明となる。そこは、理解をしていますか?』


『……はい』


『皇族名が皇族から取り除かれる場合は、一つだけ。……それは、皇位継承権を放棄した時。妹のクレアは十二歳になった時、貴方の兄ゴルディオスに嫁ぐ為に皇位継承権を自ら放棄した。だから今現在は継承権を持たないけれど、この場合は現皇王に申し出て許可を貰えれば皇族名は返上される。……クラウス殿、貴方のようにね』


『……ならば、貴方も皇族名を放棄しているのですか? ナルヴァニア=フォン=ルクソード』


『いいえ。私には元々、皇族名など無かったのよ』


『え……?』


『私は皇位継承権を持たない。返上される皇族名も無い。……だから今回の出来事がどのように進むにしても、候補者に名を連ねる事は無いでしょう』


『……どういう事なのです? 貴方は皇王陛下の妹だ。何故、貴方だけ皇族名を……皇位継承権が与えられていないのです?』


 クラウスは思考を困惑させ、ナルヴァニアが述べている事を理解できずに問い掛ける。

 それに対して再び寂しげな笑みを浮かべたナルヴァニアは、瞼を開けて青い瞳を向けながらクラウスに伝えた。


『私が、ルクソード皇族の血を継いでいないからです』


『!』


『私も、この結論に至ったのは極最近の事でした。……本来ならば、ハルバニカ公爵家は貴方を呼ばずとも、私に皇族名を返上して候補者に立てれば済む。それをしないという時点で、現ハルバニカ公爵家当主ゾルフシスも私がルクソード皇族の血縁者ではない事を知っているということでしょう』


『……』


『そして各候補者達を擁している各貴族達も、私を排除するなり、抱え込む様子もない。……その理由も、分かりますね?』


『……各貴族家も、貴方がルクソードの血を引いていない事を知っている。つまり、脅威として認識していない。そういうことですね?』


『そうです。――……私が本当のルクソード皇族では無いことは、皇族の上流貴族達に共有された情報だった。……私はそれも確認する為にこの決起を促し、各貴族家の対応を確認したのです』


『……!!』


 ナルヴァニアは声を震わせながら再び瞼を閉じ、その隙間から小さな涙を一筋だけ頬を伝わせる。

 それを見たクラウスは驚愕を浮かべながら、この事実を知ったナルヴァニアの悲しみを目の当たりにした。


 こうしてクラウスは、ルクソード皇国で起きようとする内乱の発端を知る。

 それは自身の出生を知ったナルヴァニアが、その確信を否定したいが為に起こした悲しみの舞台だった。

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