兄の思い
数年ぶりに再会したローゼン公爵家で生まれた
そして
それを微笑みながら迎えるセルジアスもまた、右手で黒駒の
そうして始まった
「……これは……」
バリスは似た顔立ちと金色の髪を持つ兄妹が進め動かす駒を見ながら、盤上で進む戦況に感嘆を漏らす。
アルトリアは記憶こそ失いながらも、忘却しているのは国や人物の固有名詞と、それに関連する記憶だけ。
目覚めてから今まで
そして互いの駒が見合う形となりながらも、この時点でどちらも一つの駒も打ち倒してはいない。
しかし駒を動かし相手の陣形に踏み込みながら斜め前の
「……そういうところは、昔と変わらないな」
攻め込んで来たアルトリアの白駒の
陣形で配置していた
しかしその攻めを無視したセルジアスは先程と同じ
それを見たアルトリアはセルジアスを一睨みし、
跳躍した
しかしそれを嘲笑うかのように、
更に
こうした一進一退の攻防が盤上で続き、互いの持ち駒を少しずつ削り合う。
アルトリアは序盤こそ
逆にセルジアスは序盤に
堅実に守りを固めながら削る兄セルジアスと、大胆な動きと攻めで翻弄しようとする妹アルトリア。
同じ血を分けた兄妹ながらも真逆の動きを見せる盤上を傍らで見ていたバリスは、僅かな納得を浮かべながら互いの駒を動かす二人を見ていた。
「……チッ」
始めこそ白駒を得て先制し攻め込んでいたアルトリアだったが、小さく舌打ちを鳴らす。
何度も攻め込み白の大駒を用いて少しずつ黒駒を削りながらも、その都度に弱い黒駒が壁となって立ち塞がり、少しずつ大駒の身動きが取れなくなってしまっていた。
逆にセルジアスは生かした
そして互いに動かさずに鎮座させていた
それを見たセルジアスは、微笑みながらアルトリアに話し掛ける。
「……良いのかい? 逃げてしまって」
「!」
「
「……ッ」
「先に攻め込んで来た君が王を逃がす時点で、君は負けているんだよ。アルトリア」
「!」
セルジアスはそう話し、逃げた
自陣の守りに残していた
それに対応しようとアルトリアも
たった数手で一気に形勢が悪化した白陣営は守りを欠き、ほぼ
そこでアルトリアも温存していた
そうして
中途半端な位置で援護できずに浮いている大駒の
そしてセルジアスが再び白陣営に食い込ませていた
「……負けました」
「ありがとうございました」
アルトリアは周囲を覆う黒駒の状況を見て、
その言葉を受けたセルジアスは僅かに頭を下げ、
始めこそ互角にも見えた
その結果に眉を顰めながら表情を渋らせている妹アルトリアに対して、兄セルジアスは再び微笑みながら話し掛けた。
「どうだった?」
「……強いわね」
「そうだね。確かに私は強いけれど、君の方が少し弱くなったのも原因だろう」
「!」
「少なくとも今の君は、七歳頃のアルトリアと同じくらいの技量だと思う。十三歳頃の君とした最後の
「……ッ」
「それを考えれば、確かに君の記憶は完全に戻っていないらしい。……そして多分、そうした経験も戻ってはいないのだろう。違うかい?」
「……」
セルジアスの問い掛けにアルトリアは答えず、ただ視線を横に逸らしながら椅子の背もたれに体重を預ける。
それを見て呆れ気味に鼻息を漏らしたセルジアスは、
「……私が小さな頃。丁度、七歳になった頃かな。……君が生まれた」
「……!」
「私はその時から、君の兄として相応しいように努力を重ねてきたつもりだった。……だが君の才覚は、少なくとも力量と呼べる点では、私よりも多くの才能に恵まれていた」
「……」
「私はそれを目の当たりにし、
「……!」
「だから私なりに、時間を惜しまず自分自身の研鑽は積んだ。父上も同じ気持ちだったようで、私と共に君を恐れないように鍛錬を行った。……だからこうして、家族として自信を持って君に接する事が出来ている」
「……」
「私と君は、血の繋がった家族だ。……例え離れ離れになったとしても、君を一人の妹として心配もするし、家族として愛し続ける。……それだけは、知っておいて欲しい」
セルジアスはそう述べながら微笑むと、椅子に降ろしていた腰を上げて席を立つ。
そして再び
そのセルジアスの言葉を受けたアルトリアは、微妙な面持ちを見せながら眉を顰めている。
しかし部屋を出て行く際、セルジアスは振り返らずにアルトリアへ声を向けた。
「――……アルトリア。これは兄として、注意しておくよ」
「……?」
「今この屋敷に、アルフレッドと名乗る男が来ている。……あの男にだけは、決して気を許さないようにするんだ」
「アルフレッド……。……確か、それって……」
「あの男は、おそらく私以上に読めない人物だ」
「!」
「彼と
「……まさか、負けたの?」
「いいや、勝ったよ。……だが彼は、君や父上と同じように、盤上で定められた
「……どういうこと?」
「あの男は、今見える盤上には無い
セルジアスはそう伝えると、部屋を出て行く。
それを見送る形となったアルトリアや老執事バリスは、セルジアスにそこまで語らせる男の存在を
こうして数年ぶりにローゼン公爵家の
その反面、屋敷に訪れたウォーリスに対する警告が向けられ、誰もがウォーリスの動向を危惧している状況となっている事をアルトリアは理解したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます