重なる存在


 謎の人物と交戦した後、目覚めたアルトリアは奇妙な様子を見せる。

 そして自身の意思でリエスティアの居る部屋に赴き、治療を施すことを申し出た。


 それを承諾し治療を受ける覚悟を決めたリエスティアに、アルトリアは子供の頃と同様の治癒を施す。

 体内に取り込んだ魔力マナを自身の生命力に変換し、それをリエスティアに分け与えながら細胞を活性化させ見えない目の癒した。


 視力を失い白い瞳を見せていたリエスティアは、治療を終えて再び瞼を開ける。

 それを見た皇后クレアと皇子ユグナリスは、驚愕の表情をあらわにした。


 その理由は、彼女リエスティアか実兄ウォーリスの青い瞳とは異なる黒い瞳を持っていたからに他ならない。

 更に傍に控えていた老執事バリスも、改めて黒い瞳と黒髪を持つリエスティアを見て違う意味で驚愕していた。


 しかし治療を施したアルトリアだけは、それを予想していた様子を見せながら納得した表情で声を向ける。


「――……やっぱり、そういうことね」


「え……? あ、あの……。まだ、目が……よく視えなくて……」


「衰えていた部分を活性化させたのよ。これから少しずつ見えるようになって、何週間か経てば完全に視力は戻るわ」


「そ、そうなんですか……。すぐには、見えないのですね……」


「そうね。落胆した?」


「そ、そんなことは……。……ただ、皆さんの御顔を見てみたかったので……」


「すぐ見れるわよ。……足の治療だけど、とりあえずは視力が戻ってからね。話を聞いた限りじゃ、脊髄と神経の方に問題があるんだろうけど。目と違って原因が分かり難いから、しばらく私に診察させて」


「は、はい。……ありがとうございます、アルトリア様」


「様付けは要らない。アルトリアでいいわ。もしくは、アリスでもいい」


「えっ。で、でも……」


「私も、貴方の事はクロエと呼ぶ。それでいい?」


「クロエ……。……クロエオベールというのは、やはり私の事なんですね……?」


 まだ視力を取り戻していないリエスティアは、焦点の合わない瞳を動かしながらもアルトリアの声が聞こえる方を見る。

 そして自分の事を『クロエオベール』と呼ぶアルトリアに、その名の意味を聞いた。


 それを尋ねられたアルトリアは、微妙な面持ちを見せながら立ち上がる。

 そして皇后クレアに視線を向け、無言で問い掛けた。


「……分かりました。彼女の視力が戻るのなら、隠し通せる事ではないでしょうから……」


「そうね」


 クレアは諦めた表情を見せながら頷いて話し、『クロエオベール』という名の意味を語る事を承諾する。

 それを聞いたアルトリアは改めてリエスティアの顔を見下ろし、自分の知る思い出の一部を語った。


「『クロエオベール』。昔の貴方は、私にそう名乗ったのよ」


「……昔、ですか?」


「子供の頃よ。私が二歳だった頃、貴方と会った事があるの」


「えっ。で、でも……私は、孤児院に居て……」


「それは聞いてる。貴方がその孤児院に行く前に、私達は会ってたということ」


「……ごめんなさい。孤児院に居た頃より前の記憶が、私には無くて……」


「そうでしょうね」


「え……? ……ぅ……っ」


 話している最中、リエスティアは僅かに表情を歪めながら両手で両目を抑えるように覆う。

 それを見て歩み寄ろうとしたユグナリスを左腕を伸ばして牽制したアルトリアは、リエスティアの肩に手を触れながら優しく話し始めた。


「目の細胞が活性化してるのよ。しばらく違和感が続くだろうから、今はゆっくり休みなさい」


「で、でも。まだ、御話の途中ですから……」


「話なら、後でたくさん出来るわよ。今は休んでなさい」


「……分かりました」


 アルトリアに優しい声色で促されたリエスティアは、導かれるように寝台ベットへ寝かされる。

 それを受け入れ黒い瞳を閉じるように瞼を落としたリエスティアは、そのまま息を整え横になった。


 それからアルトリアは立ち上がり、自分達の様子を見ていた三人に視線を向ける。

 僅かに顎を動かして部屋の外に出るよう促す素振りを見せたアルトリアに、三人は微妙な面持ちを見せながらも応じる形で部屋の外に出た。


 その際ユグナリスだけはリエスティアに歩み寄り、一声を掛ける。


「……ティア。ちょっと部屋から出るけど、すぐに戻るから」


「はい。ユグナリス様」


 ユグナリスとリエスティアは互いに微笑み、情愛を持つ声を向け合う。

 それを傍で見て苛立ちの表情を浮かべたアルトリアは、先に寝室から出て行った。


 それから居間に控えていたリエスティアの侍女が入れ替わるように寝室へ赴き、リエスティアの世話を行う。

 そうした間に、皇后クレアと皇子ユグナリス、そして老執事バリスを交えてアルトリアは別室である話を行っていた。


「――……あの子は、私が子供の頃に会ったクロエオベール。それで間違いないわ」


「それは確かなの? アルトリアさん」


「ええ。黒い髪と黒い瞳。帝国ここじゃ珍しいかったし、特徴的だったもの」


 アルトリアはリエスティアが自分の知る友達クロエだと断言し、三人の前でそれを証言する。

 その様子に驚いた皇后クレアだったが、その傍に控え立っていたバリスが続くように尋ねた。


「……アルトリア様。まさか、記憶が戻られたのですか?」


「……違う。私が思い出したわけじゃない」


「!」


「その話はいいのよ。……それより、皇后あなた馬鹿皇子そっちが問題にしてるのは、クロエの瞳の事でしょ?」


 バリスが記憶の事を尋ねると、アルトリアはそれを否定するように首を横に振る。

 それを見て怪訝そうな表情を浮かべたバリスだったが、話を逸らすようにアルトリアが前に座る二人にそう尋ねた。


 尋ねられた二人は表情を渋らせながらも、その問いにクレアが答える。


「……そうね。……あの子の兄であるウォーリス君は、黒い髪と青い瞳よ。でもリエスティアさんは、黒い瞳だった」


「そう。……やっぱり、あの時にあった男の子が……」


「男の子……?」


「私は多分、そのウォーリスとも子供の頃に会ってる」


「!」


「その時に会った男の子は、黒髪と青い瞳だった。私とクロエが居た部屋に来て、私と擦れ違ったのよ」


「……じゃあ、あの子とウォーリス君は、本当に兄妹……?」


「多分ね。クロエは兄が迎えに来るって言ってたし、あの男の子がウォーリスで、兄だった可能性はある」


「……では、瞳が違うのは両親どちらかの遺伝で……?」


「そういうワケじゃなさそうよ」


「!」


「貴方だったら、あの子の容姿が兄と異なる理由を知ってるでしょ? ――……バリス」


「!」


「!?」


「……」


 アルトリアは顔を向けないまま、後ろに控え立つバリスにそう尋ねる。

 それを聞き驚愕した様子で視線を向けた二人に対して、バリスは僅かに視線を落としながら思考を深めつつ話し始めた。


「……もし仮に、私の予想が正しかったとしても。それは様々な事柄に矛盾が生まれてしまいます」


「そう? 案外、それが当たってるかもしれないわよ」


「……アルトリア様。やはり貴方は、記憶が戻って……」


「その話は後よ。今は貴方の意見が聞きたいわ」


「……私は最近、リエスティア様に似た子供を見た事があります」


「!」


「その子供もまた、黒い髪と黒い瞳を持っていた。……しかもその子供は、家族とは異なる容姿で生まれた為に迫害され、孤児奴隷として扱われいました」


「……な、何の話をしてるんだ……? その子供が、リエスティアと何の関係が……」


「ユグナリス。アンタは黙って聞いてなさい」


「!?」 


 バリスの話す言葉を遮るように、ユグナリスは疑問の声を出す。

 それを跳ね除けるようにアルトリアは嫌悪の表情を見せながら苛立ちの声を向け、ユグナリスはそれに気圧されて口を閉じた。


 そしてバリスに話を続けさせるように、アルトリアは促す。


「それで。貴方が知ってるその子供は、どうして家族と容姿が異なるのか。その理由は?」


「……その子供は、ある特殊な理由が原因となり、家族と異なる容姿で生まれたそうです」


「特殊な理由……?」


「彼女の魂は、幾度も転生を繰り返す存在。その魂が宿った胎児は血筋に関係なく、黒髪と黒い瞳に変質し生まれるとか」


「……!?」


「そうした子供は生まれた頃から忌み子として扱われ、不遇な生い立ちをする事が多いそうです。……あのリエスティア姫の生い立ちと、家族あにとは異なる黒い瞳を持つこと。偶然にしては重なりが深いように見えます」


「そうみたいね。……バリス。貴方はその子供とクロエオベールが、同じ存在のように思えてるのね?」


「……しかし、ありえません。それは……」


「いいえ。貴方の考えは、おそらく正しいのよ」


「!!」


「……な、なんの話をしているんだ? 貴方達は……」


 アルトリアとバリスが交わす会話がどういう意味なのか分からず、ユグナリスは困惑した様子で問い掛ける。

 皇后クレアもまた困惑した様子を見せていたが、二人の会話を聞き嫌な予感だけは感じ取っていた。


 そうした疑問を向ける二人に対して、バリスは改めて自身の推測を伝える。


「――……リエスティア姫。もしかしたら彼女は、人間の中で特殊な生まれ方をする存在。……『黒』の七大聖人セブンスワンと、同じ生まれ方をしている可能性があります」


「!?」


「……く、『黒』の七大聖人セブンスワン……? リエスティアが……!?」


「しかし、それはありえない。『黒』の七大聖人セブンスワンだった彼女こどもは、二年程前に亡くなったばかりだと聞いています。……アルトリア様。貴方は何を根拠に、リエスティア姫が『黒』だと……?」


 バリスの答えにユグナリスとクレアは困惑し、眉と表情を顰める。

 そしてバリス自身もまた、その答えに信憑性が無い事を自覚しながらアルトリアに問い掛けた。


 それに対して、アルトリアは冷静な面持ちを見せながら伝える。


「――……『黒』の七大聖人セブンスワンは、生まれて来る胎児に魂を宿らせて、その肉体を黒髪と黒い瞳に変質させる。……それじゃあ、その魂が変質した肉体から消失したら、どうなるんでしょうね?」


「……!?」


「クロエオベールは、孤児院で暮らして居た五歳から前の記憶が無い。……もしその記憶が失われている原因が、魂の方にあるとしたら?」

 

「……ま、まさか……」


「私は記憶を失ってはいるけれど、魂は無事のまま。だから何となく、記憶が無くても過去に感じていた郷愁や嫌悪が分かる。……でも魂を失ってしまったら、それすら感じなくなるでしょうね」


「……まさか、リエスティア姫に記憶が無い理由が……魂を消されたからだと……?」


「そういうこと。――……誰かがクロエオベールをさらい、その肉体から『黒』の七大聖人セブンスワンの魂を消し去った。……そして残った身体。それこそが、今の彼女リエスティアだということよ」


「!!」


 アルトリアは自身が導き出した結論を三人に明かし、それぞれが驚愕した表情を見せる。

 その言葉はあまりにも突拍子がなく、更に不可解な要素が多すぎる結論だった。


 こうしてリエスティアの瞳が治療されながらも、新たな謎と思わぬ存在が関与してくる。


 それは二年前にアルトリア達の旅に同行した、『黒』の七大聖人セブンスワンクロエの存在。

 その彼女に友達クロエと同じ名前を付けた過去の自分アリアが何を思っていたのか、それを現在のアルトリアが解明しつつあった。

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