主従の姿 (閑話その八十七)


 リエスティアの見えない瞳と動かない足を快復させ正式に結ぶ許可を得る為に、ガルミッシュ帝国皇子ユグナリスは老騎士ログウェルと共にアリア捜索の手掛かりをつかむ為にルクソード皇国へ旅立つ。


 それから数週間後。

 婚約の許可を求められガルミッシュ帝国から発った使者アルフレッドは、旧ベルグリンド王国にして新生オラクル共和王国の王都へと帰国した。

 そして戻った直後から政務に打ち込み、和平で取り決められた事を各所に伝達し、更に帝国側の回復魔法と医術を学ぶ人材を選び出す。


 その政務に打ち込む表情は普段とは異なり、少し険しさを宿している。

 しかし周囲の者達は普段から表情の起伏に乏しいウォーリスの様子から、誰もその変化に気付けない。


 その中で一人だけ、ウォーリスに変調が起きている事に気付いた者も居る。

 それは彼にとって幼馴染であり、王城の王室にて執務をこなしていた現オラクル共和王国の国王を務める本当の従者アルフレッドだった。


「――……ウォーリス様、どうされたのですか?」


「……ああ。少しな」


 王室に訪れ長椅子ソファーに腰を下ろしたウォーリスの雰囲気に気付き、アルフレッドは席を立ち戸棚に保管していた二つのワイングラスと白葡萄酒ワインを丁寧に持つ。

 そして互いに顔を向け合う形で椅子に腰掛け、グラスに白葡萄酒ワインを注ぎながら聞いた。


「帝国で、何かありましたか?」


「……リエスティアが、帝国の皇子に惚れた」


「はっ?」


「しかも、皇子の方も本気らしい。……まさか今のリエスティアにあそこまで入れ込む男が居たのは、私の計算違いだった」


「……ウォーリス様は、世事せじまつりごとにはけていますが、そうした事には疎いですから」


「どういう意味だ?」


「リエスティア様は、十分に魅力的な女性ですよ。特に甲斐甲斐しさをくすぐられる男であれば、リエスティア様を放ってはおけないでしょう」


「……」


「だから言ったのです。本当に、帝国にリエスティア様を預けて良いのかと。……それに関してだけは、失策でしたね」


 アルフレッドは呆れた様子で溜息を吐き出し、腰を下ろし口元を微笑ませる。

 それに対してウォーリスはあからさまに不機嫌な様子を見せながら白葡萄酒ワインが注がれたグラスを持ち、特に味わう事も無く一気に飲み干した。


 普段は誰にも見せないように荒れた様子を見せるウォーリスに、アルフレッドは苦笑を浮かべながら尋ねる。


「それで、どうされたのです?」


「……アルトリアを帝国に戻し、リエスティアの目と足を治せば婚約を認めるという条件を出した」


「それは……」


「分かっている。……あの時の私は、どうかしていた」


「それだけ動揺されたのでしょう。……しかし直球でアルトリア嬢を要求してしまうのは、帝国側にこちらの意図を気付かせてしまった可能性はありませんか?」


「いや。どうやら向こうは、違う思惑があるとこちらに抱いたらしい」


「違う思惑?」


「現状、アルトリアは行方不明だ。その消息を知るのは、匿っている者達と私達くらいだろう。向こうは行方が分からないアルトリアを要求に出され、実兄である私が妹可愛さに婚姻を正式にさせないよう無理な要求を突き付けたと考えているようだ」


「あながち、それも間違いでは無いのではありませんか?」


「それを言うなよ」


 再び苦笑を浮かべるアルフレッドはそう述べ、ウォーリスはからにグラスに自身で白葡萄酒ワインを注ぐ。

 それを見ながらアルフレッドも自分のグラスを手に取り、口に白葡萄酒ワインを含み味わいながら飲んだ後に口を開いた。


「……それで、貴方とリエスティア様の素性を明かして、帝国むこうはどのような反応を?」


「予想通りだ。向こうはリエスティアを通して、私達がゲルガルド伯爵家の血縁者だと予測していた」


「それはそれは、とても優秀ですね」


「ああ。お前が話していた通り、あの男の跡を継いだ優秀な公爵殿セルジアスが探り当てたのだろう。僅かな情報だけで、大したものだ」


「それで、目論見の方も?」


「ああ、目論見の一端は教えた。……皇帝ゴルディオスの方はそれを信じていた様子だったが、公爵殿セルジアスはまだ半信半疑と言ったところだろう」


「やはり、油断は出来ませんか」


「いや。例えこちらの真の目論見に辿り着けたとしても、もう遅い」


「!」


帝国やつらは今、受け身に入っている。私が七大聖人セブンスワンを退けられるだけの戦闘能力を有している可能性を考え、共和王国側こちらに何か仕掛ける事は出来ない。諜報自体を止める事は無いだろうが、逆にこちらが形成していく出来事を傍観する以外に手段が無い」


「『緑』の七大聖人セブンスワン。ログウェル=バリス=フォン=ガリウスが、何かする可能性は?」


「奴は帝国から離れる。帝国皇子ユグナリスと共にな」


「!」


「今の帝国には、共和王国側こちらと対する備えを怠れない。外国に居るアルトリアの捜索までは出来ないだろう。だからと言って、あの皇子ユグナリスがリエスティアを諦めるとは思えない」


「……なるほど。帝国は既に、貴方ウォーリス悪魔ヴェルフェゴールに繋がりがある可能性を考えている。しかし悪魔ヴェルフェゴールに攫われようとした皇子ユグナリスがアルトリア嬢の捜索に出れば、再び悪魔に狙われる可能性を捨てられない。だからアルトリア嬢を捜索するだろう皇子ユグナリスと共に、悪魔に対抗できるログウェルも帝国から離れる」


「その通りだ」


「そこまで予測して、アルトリア嬢を連れ戻すように帝国側に要求を?」


「ああ。単なる動揺と意地悪だけで、咄嗟にあんな間抜けな要求はしないさ」


 嘲笑を浮かべるウォーリスは、再びグラスに注いだ白葡萄酒ワインを飲み干す。

 それに小さな鼻息を見せながら微笑むアルフレッドは、同じく酒を飲み干した後に報告を述べた。


「……では、本題に入りましょうか」


「ああ」


「各地から傭兵達が集まりつつあります。その中には、【特級】の傭兵も含まれています」


「なるほど。特級傭兵スペシャリストとは、実に頼もしい」


「ウォーリス様が言うと、皮肉に聞こえますね」


「そんな事は無いさ。それで?」


「昨年から例の国で、銃の生産も行い始めています。三ヶ月以内には、一定数の銃が届くでしょう。それまで兵士達や赴いた傭兵達には、基礎訓練を実施する予定です」


「銃の指導は?」


あらかじめ勧誘していた、【特級】傭兵団『砂の嵐デザートストーム』に依頼しています。無法国に所属している彼等ですが、銃の腕前は人間国家の中でも随一です」


「良い人選だ。その案件はそのまま進めよう」


「ありがとうございます。他にも【結社そしき】から引き抜いた者達を、王国ここへ召集中です」


「【結社】やフォウル国から気取られてはいないか?」


「どちらも動きはありません。皇国で起きた騒動で各国が険悪な関係を示している為、物流以外にも情報が滞っているようです」


「これも、御婆様ナルヴァニアのおかげというわけだな」


「そうですね。それと、こちらで回収し揃えていた手駒も、既に肉体の修復を終えています」


「そうか。魂の方は?」


「ある程度は、悪魔ヴェルフェゴールが回収済みです。また回収できなかった魂に関しても、マシラ共和国で得たマシラ一族の秘術を解析し、死者の世界から回収できないか実験を始めています」


「研究はそのまま進めてくれ。……死んだ者達にも、協力してもらおう。我々の目的にね」


 アルフレッドは計画の経過を伝え、ウォーリスはその情報を下に思考を組み立てていく。

 そうした話をしている最中、二人が居る王室の扉を三度ほど叩く音が聞こえた。


 それを聞き二人は話を止め、互いに扉を見る。

 二人は顔を見合わせ頷くと、ウォーリスは席を立ち扉へ向かった。

 扉に施していた防音を含む結界の術式を解き、外界から隔離されていた王室の扉をウォーリスは開けた。


 扉を叩き訪れたのは、礼服を来て左腰に長剣を携えた背の高い白髪の男性騎士。

 その騎士が入室すると、扉を閉められ再び王室内に結界が展開された。


 それを確認した騎士は、二人に報告を述べる。


「――……あの者が目覚めましたので、御報告に参りました」


「そうですか。御伝え頂き感謝します」


 その騎士が届けた情報を聞き、アルフレッドは長椅子ソファーに腰掛けながら礼を述べる。

 そしてウォーリスは騎士に対して、後ろから声を掛けた。


「身体の調子はどうですか?」


「少し、首と右腕に違和感はありますが。問題はありません」


「そうですか。これからの共和王国では、貴方の働きも重要となってきます。御婆様の下に居た時のように、その働きを期待していますよ。――……ザルツヘルム殿」


「はい。ウォーリス様」


 訪れた騎士は『ザルツヘルム』と呼ばれ、その騎士もまたウォーリスを本当の真名で呼び応える。


 二年前、ルクソード皇国にて第四兵士師団を纏めていた師団長にして騎士ザルツヘルム。

 幼い頃にナルヴァニアの騎士になる事を夢としながら努力を重ね、彼女ナルヴァニアが女皇に就いてから直属の騎士となった人物。


 しかし二年前、皇国で事件で合成魔獣キマイラ合成魔人キメラの製造を秘かに指揮し、元傭兵グラドを含めた新兵達を使い合成魔人キメラの性能実験を行っていた。

 その最中に青髪の少年まじんマギルスによって実験は妨害され、それを討とうとしながらも、逆に首と右腕を切り落とされ絶命したはずの男。


 その現場にいて後に捕縛された研究者達の証言から死亡が確認されていたザルツヘルムが甦り、共和王国の騎士として忠誠を誓った女性ナルヴァニアの孫に平伏する様子を見せていた。

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