猪突の愛情 (閑話その八十三)


 次の日、予定通り皇帝夫妻と皇子ユグナリスを交え、呼び出された使者アルフレッドとリエスティアが共に同じテーブルに着き、夕暮れの会食を行う。

 その場に同席するはずだった宰相セルジアスだったが、和平に必要な提出書類の作成が遅れているという知らせを受け、会食の場には来れない事が伝えられていた。


 そして先に会食の場に着いたのは、一緒に赴いたリエスティア姫とユグナリス。

 二人は机を挟む形で向かい合う席へ給仕に導かれ、対面するように座る事となった。


 その数分後、扉が開けられ次の者が訪れる。

 それは会食に招かれたオラクル共和王国の使者アルフレッドであり、リエスティアの実兄であるウォーリスの名を持つ青年だった。


 給仕は訪れたウォーリスを導き、リエスティアの奥隣の席に案内する。

 目の見えないリエスティアは自分の周囲を歩く足音に気付き、隣に座る気配と音を聞いて瞼を閉じたまま顔を向けて声を向けた。


「――……御久し振りです。アルフレッド様」


「御久し振りです。リエスティア様」


「お兄様は、御元気ですか?」


「ええ。リエスティア様は、少し体調が良くなられたようですね」


「そう見えますか?」


「ええ。一年前に御会いした時よりも、肌の色が良さそうに見えます」


「そうなんですか。自分では見えないのですが、確かに最近は体調も良いです。熱もあまり、出さなくなりました」


「そうですか。それは良かった」


 二人は微笑みを浮かべながらそう話し、互いの様子を確かめ合う。

 それを向かいの席で見ていたユグナリスは、初めて並び見る二人の姿を見比べ、確かに似た髪質と顔立ちから二人が血の繋がりが有る事を感じていた。


 その視線を感じ取ったのか、ウォーリスは鋭さを宿す青い瞳をユグナリスに向ける。

 互いの視線が交わった僅かな時間の中で見つめ合うと、先に声を向けたのはウォーリスだった。


「初めまして、ユグナリス殿下。私はオラクル共和王国から使者として参りました。アルフレッド=リスタルと申します」


「初めまして。ユグナリス=ゲルツ=フォン=ガルミッシュです」


「此度は、リエスティア様を婚約者候補として迎えて頂き、感謝しております」


「いえ。私も彼女と接し、有意義な時間を過ごせました。こちらこそ、どれほど感謝してもし足りません」


「そうですか。しかし、ユグナリス殿下には別の婚約者様がいらっしゃると聞いています。殿下の婚約者候補にリエスティア様を推してしまった立場ですが、殿下にとっては御迷惑な話になっていないかと心配しておりました」


「別の……ああ、アルトリアの事ですか。アレとはリエスティア姫が赴く前に、婚約は解消されております。問題はありません」


「そうですか。……アルトリア様は聡明で優秀な魔法師であり、将来を期待されていた方だったとか」


「……そうですね」


「しかし今は、ルクソード皇国に留学されていると聞いています。……時にその皇国では、一昨年から騒動が続いていたそうですが。御留学しているアルトリア様は御健在なのでしょうか?」


「え、ええ。元気にしているそうですよ」


「そうですか。それは良かった」


 ウォーリスは口元を微笑ませながらそう述べ、ユグナリスとの挨拶を終える。

 悠々とした表情を浮かべるウォーリスに反して、ユグナリスは嫌な汗を掻きそうな言葉が続いて小さな息を漏らした。


 そして改めてユグナリスは、ウォーリスに視線を向けながら考える。


 然も知らぬように語っていたが、ウォーリスは皇国で起こった変事の真意を知っている。

 女皇ナルヴァニアが望んだ憎しみの終止符を、皇族の落胤らくいんであるランヴァルディアに行わせた一昨年の騒動。

 それを把握した上で、どうして皇国に留学しているとされているアルトリアについて尋ねたのか。


 現状、帝国側でもアルトリアの動向は掴めていない。

 去年の始め頃にそれらしい名前と姿絵の女性が各国で賞金首の指名手配にされたが、それも去年の暮れには撤回されている。

 故にアルトリアの消息を帝国では誰も掴めておらず、その行方を追えなくなっていた。


 ならば共和王国側ウォーリスも、アルトリアの行方を追えていないのか。

 だからアルトリアの行方を自分ユグナリスに尋ねたのかとユグナリスは考えたが、ナルヴァニアと同じ青い瞳を持つウォーリスに不穏さを感じ取り、その真意を量れずにいた。


 そうして三名が席に着く室内に、皇帝ゴルディオスと皇后クレアが訪れる。

 二人は黙ったままユグナリスを見た後、同じ列席に座るリエスティアとウォーリスを見て声を向けた。


「――……よく来てくれた。リエスティア姫、そしてアルフレッド殿」


「今日は御招き頂き、ありがとうございます。皇帝陛下」


「うむ」


 椅子を引き席を立つアルフレッドは、頭を下げながら感謝を述べる。

 それに合わせてリエスティアも座ったまま頭を下げると、ゴルディオスは頷きながら妻クレアと共に上座の席へと腰を降ろした


 それから数名の給仕役を務める執事達が動き、ナプキンを各人に渡し敷く。

 机や食事に着く者達に、食前酒である葡萄酒ワインを用意したグラスに注いだ。


 そして食事が運ばれて来る前に、ゴルディオスは改めてウォーリスに話し掛ける。


「――……アルフレッド殿。今から食事を行うのだが、その前に話しておきたい事がある」


「何でしょうか?」


「実は、リエスティア姫とユグナリスの関係についてだ」


「関係、と申しますと。婚約に関わる事でしょうか?」


「うむ。……実は、ユグナリスはリエスティア姫に本気で入れ込んでいる」


「!」


「そこで先日、リエスティア姫を交えて婚姻を正式なモノとするか、我々で話し合った。しかし共和王国の状勢をまだ把握できていなかった為に、共和王国の和平次第という事で二人の婚約に関する話を留めた」


「……」


「議会で述べられた通り、其方達も帝国側も和平に対する異論は無い。故にリエスティア姫とユグナリスの婚約を進展させるか、改めて貴殿を交えて話を行いたい」


 ゴルディオスの話す言葉に、ウォーリスは僅かに驚いた様子を見せる。

 そしてユグナリスに視線を流した後、リエスティアが居る隣に青い瞳を向けながら口を開いた。


「皇帝陛下の述べられている事は、本当ですか? リエスティア様」


「……はい。……そして私も、ユグナリス様に好意を持っています」


「!」


「私も、ユグナリス様の婚約を正式なモノにしたいと考えています。……そして出来れば、アルフレッド様とお兄様にも、それを認めて頂きたいのです……」


 弱々しくもそう述べるリエスティアの言葉を聞き、ウォーリスは驚きを濃くした様子を顔に浮かべる。

 それから数秒ほど顔を伏せ息を一度だけ吐き出した後、顔を上げたウォーリスは改めてゴルディオスに返答を向けた。


「……私は、ウォーリス王の使者として和平の交渉に訪れました。しかしリエスティア様の婚約を正式なモノにするという話であれば、ウォーリス王の御意見も聞く必要があるでしょう。この場で私個人の意見だけで事を進めてしまう事となる為、それに賛同する事も反対する事も述べられません」


「……なるほど。確かに、それがすじであろうな」


「この件は帰国後、改めてウォーリス王に御相談させて頂きます。その返答に関しても、使者を赴かせる事で改めて交渉するということで――……」


「――……アルフレッド殿」


「!」


 二人の婚約に関して返答を行わず、次の交渉の場でそれを取り決めようとするウォーリスに対して、ユグナリスが声を向ける。

 二人は再び青い瞳から放たれる視線を交えて重ね、今度はユグナリスから言葉を発した。


「この婚姻に関して、私はウォーリス王よりも貴方の意見を重要だと考え、御伺いしたいと思っています」


「!」


「貴方はウォーリス王の腹心であると聞かされている。ならば貴方の答えは、ウォーリス王と同じ意思でもあるはずだ」


「……」


「既に私とリエスティアは、一年近く前から婚姻を正式にしたいと望んでいました。先日はその申し出を行う機会を父上や母上に設けて頂き、やっとその意思を伝える事が叶ったのです」


「……ですから、その返答を行う為にも共和王国こちらには準備が必要なのですよ」


「その準備を待つ間に再び一年も保留されてしまうのは、私達には不本意なのです」


「……」


「私は彼女を愛し、将来を共に生きる事を誓いました。……この事をウォーリス王に問う前に、貴方に賛同できる意思があるのかどうか、確認したいのです」


 ユグナリスは敢えてそうした言い方をし、ウォーリスに対して答えを問う。


 共和王国の使者アルフレッドにではなく、リエスティアの実兄であるウォーリスに婚姻の許可を取る。

 それを重要視して答えを尋ねられている事を察したウォーリスは、少し不快な表情を見せた。


 その言葉の意味を深読みされてしまえば、リエスティアが隣に居る人物アルフレッドこそが本物の実兄であると気付いてしまう。

 幸いにもリエスティアはそれに気付いた様子を見せていないが、これ以上の事を述べられてしまえば気付かれてしまうかもしれない。


 それを嫌うように目を細めたウォーリスは、ゴルディオスに対して視線を向ける。

 しかしユグナリスの両親であるゴルディオスとクレアは、この会話を止める様子を見せなかった。

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