瞳に宿る思い (閑話その八十一)


 ゲルガルド伯爵家の血を継ぐ事が明かされた、ウォーリスとリエスティアの出生。

 それはルクソードの血を引いていない二人の祖母ナルヴァニアに起因する、迫害の人生だった。


 それを語るウォーリスは、僅かに顔を傾けるように伏せ苦々しくも重々しい言葉を続ける。


「……そして、祖父が病死した十五年前。あの事件が起こりました」


「事件……?」


「叔父が、私達の父を殺しました」


「!」


「そして私を拘束し、リエスティアを奴隷として他国の奴隷商に売り飛ばしたのです」


「……!!」


「拘束され拷問を受けていた私は、従者であり親友だったアルフレッドに逃がされた。しかし逆に、私は叔父を殺害した。そして父を殺すのに手を貸し、リエスティアを奴隷として売るのに手を貸したあの男の妻や家令達も、全て殺しました」


「……君が、一人で……?」


「はい」


 ゴルディオスの問い掛けに、ウォーリスは動揺する事も無く答える。

 逆に動揺した様子を見せたのはゴルディオスであり、それに対して僅かに口元を微笑ませたウォーリスは言葉を漏らした。


「……私は、復讐によって手を血に染めた殺人者です」


「!」


「父を追い詰めて殺し、そして妹を奴隷として売り飛ばしたゲルガルド伯爵家の者達を、殺す程に憎みました。そして、自らの手でそれを成し遂げた」


「……ッ」


「アルフレッドは、彼の父や母を殺した私を許してくれた。彼もまたリエスティアを売る事に手を貸した父や母の行いを許さず、妹を取り戻す為に協力する事を約束した。そして私の友として、ここまで共に歩んでくれました」


「……しかし、幼い君達がどうやってその後を乗り越えたのだ……?」


「祖母である、女皇ナルヴァニアに頼りました」


「!」


「祖母もまた内乱を通じて、自分の血が偽りである事を隠していたルクソード皇族に対する復讐を行っていた事を私は理解していました。そして何とか接触し私の正体を明かし、祖母の後ろ盾を得ました」


「……では、王国に流れていた膨大な資金は……?」


「全て、祖母が援助してくれていました資金ものです」


「!」


「私達はその資金を元手に手を広げ、祖母の伝手を使い様々な商いを行いながら勢力を増やしました。……そして十年前、リエスティアの行方を掴みました」


「……彼女を妹として引き取り、王国へ招いた時か」


「はい。リエスティアが孤児となりある者達に引き取られた事を知り、妹を取り戻せた。……けれど、私の手は既に多くの血で染まっている」


「……だから君は、目の見えないリエスティア姫に、本当の兄だと名乗らないのか?」


「……妹は幼い頃の記憶も曖昧で、私を含めたゲルガルド伯爵家での生活を覚えていなかった。けれど、自分の兄が復讐者として血に塗れた人物である事を知られるよりも、多くの者達から慕われる王の妹で在る方がいい。……そう考え、アルフレッドや周囲の者達に口裏を合わせさせ、私がリエスティアの本当の兄である事を教えていません」


「……」


「今回は御二人にもその事を御願いする為に、この場を用意させて頂きました。……私が実兄あにである事をリエスティア自身に決して伝えないで頂きたい。そして彼女の辛い生い立ちを、決して教えないように。それを御願いする為です」


 ウォーリスは強張る表情と口調で頼み、頭を下げる。

 それを聞いたゴルディオスとセルジアスは驚きながらも深い納得を浮かべ、真実を話した理由に納得を浮かべた。


 既に自分達がリエスティア姫の素性に辿り着いている可能性を考え、更にウォーリス自身の姿まで目にした。

 そしてリエスティアとウォーリスを共に並べ話を行えば、確実に血の繋がりを探る会話を行う事になる。

 それを危惧したウォーリス側が先に事実を説明し、リエスティアとの関係性を彼女の前では語らない事を頼む為に、この場に赴いた事を二人は理解した。


 ゴルディオスはそれを理解しながらも、重々しい声でウォーリスに尋ねる。


「君は、それでいいのか?」


「……私には、まだ目的が残っています。――……祖母ナルヴァニアの一族を反乱の嫌疑を掛けさせた実行犯と、妹リエスティアを求めて奴隷として売買した者達。兄妹わたしたちの人生を狂わせた【結社】を壊滅させるという、目的が」


「……!」


祖母ナルヴァニアは自分に皇族としての血が流れていない事を知り、自分の生い立ちを調べました。そして自分が生まれた年に処刑された皇国の貴族家があり、その当主が祖母の義父にあたる皇王と交友が深い人物だった事を知ったそうです」


「……ナルヴァニアは、自分で自分の一族の素性を探り当てたのか?」


「はい。祖母は幼い頃から持っていた薄紅の雛菊デイジーが縫われた手巾ハンカチと、その貴族家の華家紋が同じだった事で気付いたそうです。そしてそれが、祖母の実母ははが縫ったであろう手巾ハンカチだと教えてくれました」


「……なるほど。一族は処刑されたが、家族の遺品は残されていたのだな……」


「祖母は本当の家族が処刑された経緯と、その原因を調べ上げた。……その原因こそ、各皇族を有する皇国貴族達だったそうです」


「!」


「祖母の貴族家いえは、交友の深かった当時の皇王と親しい間柄にありました。それを妬んだ者達は、就寝中の皇王に暗殺者を送り込み殺そうと演技を行い、その暗殺者の雇い主を偽造した証拠と共に祖母の一族に押し付けた」


「……まさか、その復讐の為に……?」


「そうです。祖母はそれに関わった貴族家を調べ上げ、根絶やしにする為にルクソード皇族同士の内乱を起こした。……そして皇族同士の争いに表立ったクラウス殿の影で、それ等の者達を殺した」


「……!!」


「その時点で、一族の処刑を計画した者達に対する祖母の復讐は終っていました。しかし、皇王の暗殺を実行した者の正体だけは分からなかった。……祖母は復讐を行う中でそれ等の者達に拷問を加え、その人物を聞き出したそうですが。結局はその相手の名は分からず、聞き出せたのは【結社】に属する者だったということだそうです」


「……では、ナルヴァニアが【結社】に与していたというのは……?」


「【結社】を探る為に自ら女皇に立ちながら皇国を支配し、【結社】を招き寄せて暗殺者の正体を探ろうと考えたようです。その為に、【結社】の課す実験にも協力していたと聞いています」


 ゴルディオスとセルジアスは、自分の知る女皇ナルヴァニアがどのような思惑を持って皇族同士の内乱を起こし、更に【結社】に組する行動をしていた理由をウォーリスから聞く。


 それは権力争いによって貶められ処刑された一族の復讐を果たす為であり、同時にルクソード皇族の血に狂わされた為の復讐劇。

 まさに皇后クレアが語った通り、憎悪と悲哀が入り混じった青い瞳を宿すナルヴァニアと、同じ復讐を目的とするウォーリスの青い瞳が重なった理由に納得を浮かべた。


 その祖母と同じ復讐者であるウォーリスは、ナルヴァニアに関して言葉を続ける。


「しかし、祖母の目的を果たせずに命を落とした。……いえ、自ら復讐に費やした人生を終わらせました」


「……どういうことだ?」


「祖母は、長年に渡る復讐に疲れていました。元々優しい女性かたであり、精神がそれ等の行いに耐えられぬモノではなかった。……けれど、自分が始めた復讐ことです。最後に復讐すべき相手を見つけられず、自分の復讐を自ら終わらせる事は出来なかった」


「……」


「だから祖母は、自分の復讐を終わらせる存在を見出した。……それが先皇アレクの隠し子。義甥おいだったランヴァルディアです」


「!」


「彼に復讐心を植え付け、それによって終わりの見えない自分の復讐を終わらせる事を祖母は望んでいた。……ルクソード皇族の血を継ぐ彼ランヴァルディアに引導を渡してもらい、祖母は復讐に染まった人生を終えられたのです」


「……復讐の人生を、自分で……」


「私の目的は、私達に大恩ある祖母が探し続けた暗殺者を見つけ出し殺すこと。そして妹リエスティアの誘拐に関与した【結社】を、この世から壊滅させること。……それが私にとって、生きる上でやり遂げるべき目標です」


「……ッ」


「そんな私にも、願いがあります。……それは妹が、辛い過去や私と関りの無い場所で生き、静かな余生を過ごしてくれることです」


 ウォーリスは復讐者が宿す暗く怒りが宿る瞳を見せながらも、妹に対する願いで優しさを宿した瞳を見せる。

 手を血に染める復讐者として、そして妹を愛する兄として両方の瞳を宿すウォーリスの在り方に、ゴルディオスとセルジアスは渋い表情を見せ、ログウェルは窓の外を眺めながら小さな溜息を吐き出した。


 こうしてウォーリス自身から、エリクやアリア達が関わっている今まで出来事の真相が語られる。

 それは復讐を誓った者達が歩む覚悟の道であり、それに関わる者達にとって様々な心情を抱かせる内容だった。

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