真実を晒す者 (閑話その七十八)
新生オラクル共和王国の使者として訪れたアルフレッドは、それまでに至った経緯を説明していく。
その中で『黄』の
それを確認しセルジアスの述べる油断の無い様子と言葉を受けた後、改めて皇帝ゴルディオスはアルフレッドへ視線を戻す。
そして騒然とする周囲を鎮めるように、低く重々しい声を発した。
「――……では、貴殿が一人でミネルヴァを退かせたと。そう申すのだな? 使者アルフレッド」
「はい。皇帝陛下」
「聖人であるミネルヴァを退かせたということは、貴殿もそれだけの実力を秘めた強者だと。そう述べているように聞こえるが?」
「はい。私はミネルヴァと同じ、聖人ですので」
「!!」
「私が聖人である事は、今までウォーリス王以外の者は知りませんでした。しかしミネルヴァを退かせた後に、ウォーリス王自身から私が聖人である事を国の者達に伝えております」
「……なるほど。つまり君は、ウォーリス王にとって隠していた王国の最大戦力だったという事か」
「そのように考えて頂いて構いません」
「だが、ますます腑に落ちな。既に貴殿が王国内で聖人だと明かされているのなら、君自身が兵士を鍛え上げればいい。傭兵を招き入れる必要は無いはずだ」
「いいえ。私個人が聖人としての強さを有していたとしても、それを上回る脅威が発生すれば国民や兵士達が脅威に晒される事に変わりはありません。また私自身もウォーリス王と国を支える政務を行う為には、兵士達に教練を施せる人材が必要でした」
「なるほど、
「……」
「何故、ミネルヴァが貴国の王都を襲撃したのか。そして何故、聖人たる貴殿がウォーリス王に仕えているのか。説明される度に、腑に落ちぬ話が増えていく。……それもどのように説明してくれるのか、期待してもいいのかね?」
ゴルディオスはそう述べ、威圧を込めた声をアルフレッドに向ける。
あまりにも新たな情報が多く、更に聖人の存在を隠しミネルヴァに襲われた王国側の在り方に不自然さを感じ取ったゴルディオスは、使者として赴いたアルフレッドとそれを仕向けたウォーリス王に不信感を抱き始めていた。
そのゴルディオスに対して再びアルフレッドは微笑みを浮かべ、不穏さが漂う謁見の場で臆する事の無い説明を行う。
「皇帝陛下の懸念は、当然の事と考えます。……まずミネルヴァの襲撃に関してですが、我々にはその理由に心当たりがあります」
「ほぉ。『黄』の
「はい。……実は王都や王国内の一部には、フラムブルグ宗教国家が設営した幾つかの教会があります。しかし宗教国家の大陸から離れたこの国では普及活動が継続できず、宗教国家に戻る修道士達が多いのです。ウォーリス様が王となる前から、王国貴族達はそうした宗教家達に対する支援や寄付を怠っていました。それ故に廃れも早く、ウォーリス王が治政を務めるようになった時には指で数える程の教会と修道士が国内に残っているだけとなっていました」
「……それで? その教会や修道士が、その襲撃とどう関係する?」
「私やウォーリス王も先年まで知らなかった事ですが。ベルグリンド王族は納税された一部の資金を、教会や宗教国家への上納金として支払っていたそうです。それが前代までも滞りがちであり、知らぬとは言えウォーリス王の代となって完全に止まった為に、宗教国家の怒りを買いミネルヴァを送り込んだのではないかと、ウォーリス王と私は考えています」
「……つまり
「それ以外の理由を、我々は考えられません。もしくは今まで帰還した修道士達が信仰心を失っている王国の状態を報告し、過激な手段としてミネルヴァを
「……ふむ」
アルフレッドの話す言葉に、ゴルディオスは幾つか納得を浮かべてしまう。
百年前に四大国家を退いたフラムブルグ宗教国家は、各国で様々な問題行動を起こす事が多かった。
特にミネルヴァはその問題を起こす筆頭であり、フォウル国と敵対してからは信仰心を
また魔人を庇う者達を異端者と定めて制裁を加えるなど、かなり過激な事を行っているのが他国でも知られていた。
そのミネルヴァであれば、上納金を納めず信仰心を欠如させたベルグリンド王国に制裁を加えるべく攻め込む可能性は否定できない。
アルフレッドの言葉に幾らかの信憑性がある事を認めるように、ゴルディオスは次の質問に移った。
「……確かにその話が本当であるならば、ミネルヴァが襲撃に赴いた理由にはなる。それは貴国とフラムブルグ宗教国家の問題と考え、言及はすまい」
「御理解を頂けたようで、幸いです」
「だが、もう一つの疑問には必ず答えてもらおう。――……アルフレッド=リスタル。聖人である貴殿が、何故ウォーリス王に付き従う?」
ゴルディオスは重々しい言葉と共に、アルフレッドに質問を投げ掛ける。
それに応じるように平伏したアルフレッドは、頭を下げたまま自身の生い立ちを話し始めた。
「……二十年ほど前。幼い頃の私は、とある裕福な家で従者の息子として生まれました」
「!」
「父はその家に務める執事長であり、母はその家に務める侍女でした。その二人の間に生まれた私は、仕える家の跡継ぎを支える執事としての教養を身に付けるべく、父から教育を受けました。勿論、主を守る為に必要な戦闘訓練も受けていました」
「……」
「そして私は七歳になると、従者見習いとしてその家の子供に付き従うようになりました。……それが、ウォーリス様です」
「……!!」
「しかしその家は、ある事故で家人を含めた人々が死んでしまいました。私達の両親もその時に亡くなり、十歳程の私達は天涯孤独の身となってしまった。……しかしウォーリス様と私は協力し身を立て、伝手を使いベルグリンド王に自らの才覚を売り込みました。そしてウォーリス様はその才格を買われ養子と言う形で王国の王子と成り、私と今でも主従関係にあります」
「……では、貴殿が聖人になったのは?」
「五年ほど前。ウォーリス様が預かる王国の領地にて魔獣騒ぎがあり、それを討伐した時です。その頃から容姿に変化が起こらず、また身体能力も劇的に飛躍した変化を遂げました。私自身もそうした自分の状況をおかしいと考えて調べ、自身が聖人に至った事をウォーリス様に伝え、その事を周囲に秘密としていました」
「……なるほど、幼い頃から過酷な状況に身を置き心身を鍛える。確かにそうして聖人に至る事例もあると聞く。貴殿がその一例だということか」
アルフレッドの説明を聞き終えたゴルディオスは、そう呟きながら視線を流してセルジアスに瞳を向かわせる。
それに応じるようにセルジアスも僅かに頷きを見せた後、視線を戻したゴルディオスは改めて膝を着いているアルフレッドと他の使者達に向けて労いの言葉を向けた。
「――……貴殿等の話は理解した。和平の続行については、こちらも検討する必要がある。今日はこれにて話を終え、後日に検討の答えを返そうと思う。それで宜しいか? アルフレッド殿」
「
「うむ。では使者殿には緩やかに休んで頂こう。部屋を用意しているので、そこで長旅の疲労を癒すといい」
「ありがとうございます」
アルフレッドはそう述べ、使者達は感謝の意思を見せるように深々と頭を下げる。
そして脇に寄っていた執事と騎士達が歩み寄って来ると、使者達を案内するように謁見の間から退室しようとした。
その際に、ゴルディオスは思い出したように帽子を被り直したアルフレッドに問い掛ける。
「――……そうだ。まだ一つ、聞きたい事が残っていた」
「何でしょうか?」
「リエスティア姫だ。彼女について、ウォーリス王や共和王国側はどのように望んでいるのか?」
「……リエスティア姫に関しては、引き続き和平の証としてユグナリス殿下の婚約者候補として扱って頂く事を望みます」
「そうか。実はその事に関しても、幾らか話を行いたい事もある。後日に貴殿を交え、会談を行いたい。宜しいかな? アルフレッド殿」
「御随意に」
「では後程、日程を決めるとしよう。出来るだけ早めにな」
ゴルディオスはそう述べながら席を立ち、皇后クレアと宰相セルジアスを伴いながら横側に備えられた皇室用の出入り口に向かう。
それを見送る形でアルフレッドと視線を流すと、すぐに他の使者達と共に案内役に伴われながら謁見の間を退室した。
皇室用の出入り口を出た皇帝ゴルディオスは、後ろを歩くセルジアスに向けて顔を向けずに話し掛ける。
「――……セルジアス」
「はい」
「先程のアルフレッドなる者の話、どう思う?」
「……本当の事でしょう。ただし、別の人物の
「別人の
「はい。――……恐らく、ウォーリスと名乗っていたあの男と、アルフレッドと名乗る彼は。互いの素性を入れ替え、互いの立場を演じている」
「!」
「彼が纏う雰囲気は、間違いなく
「やはり、君もそう考えるか。……だが、何故わざわざこの場に赴き、我々に姿を見せた? あれではまるで、我々に自分の正体を明かしに来ているようにしか思えん」
「明かしても構わないと判断したのでしょう」
「!」
「向こうも、我々がリエスティア姫からナルヴァニアやゲルガルド伯爵家の繋がりを得ている事を確信していた可能性が高い。更に敢えて血縁者と思われる彼も姿を見せる事で、我々の疑惑を確信に導き、動揺を誘ったと考えた方が自然です」
「我々を動揺させ、何を得ようと?」
「和平です」
「!」
「彼が使者として赴けば、必ず我々が彼とリエスティア姫の素性を聞き出す為に、和平の席に着く。そう考えるのが妥当だと思えます」
「……セルジアス、和平の検討を行う場を用意してくれ。そして万が一の場合に備えて、ユグナリスとリエスティア姫の警備を強化しておくように」
「分かりました」
「それと、ログウェルにも声を掛けておいてくれ。……もしかしたら、彼の手を借りる事になるかもしれぬ」
「はい」
ゴルディオスはそう伝え、セルジアスの今後の事を任せる。
その二人の会話を聞いていた皇后クレアは、少し悲しそうな表情を浮かべながら謁見の間に意識を向けていた。
こうしてオラクル共和王国の使者達は、無事に和平の交渉に帝国側を着かせる。
しかし席に着かせる最大の理由となった人物の行動が読めない皇族達は、不安の芽を残したまま事に望む事となっていた。
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