樹海の強者 (閑話その六十三)


 名を改めたオラクル共和王国はウォーリス王の名の下に、再びガルミッシュ帝国との和平を望む。

 その報告が書状を通じて伝えられた帝国皇帝ゴルディオスは、ウォーリス王の申し出を受けて和平の使者を招く事を了承した。


 そしてオラクル共和王国側が出す和平の使者に関して、新たな情報が届けられる。

 それを聞きゴルディオスに届けたのは、若き帝国宰相セルジアスだった。


「――……ふむ。オラクル共和王国が出す使者の名は、アルフレッド=リスタルという者か」


「はい。どうやら共和王国内では、ウォーリス王の腹心として名高い人物のようです」


「その者の素性は?」


「ウォーリス王と幼い頃からの友人であり、旧王国の政治体制と政策の大半はその人物の主導によって行われたとか。また国民からの信頼も高く、特に女性からの人気も高いという事です」


「なるほど、君のような人物ということか」


「前半はともかく、私は後半部分と無縁ですよ」


「それだがね。セルジアス、君も二十五歳になったろう。そろそろ身を固めるつもりは?」


「当分、そのつもりはありません」


「各所から、見合い話が舞い込んでいると聞いているぞ?」


「全てねさせて頂いております。政務に支障が無いように努めておりますので、御安心ください」


「……余の立場としては、それが不安なのだがな」


 オラクル共和王国が送り出す使者の話にかこつけた伯父ゴルディオスの話に、甥セルジアスは興味を抱く様子は無い。


 クラウス亡き後にローゼン公爵家を継いだセルジアスは未婚であり、婚約者すら存在しない事は帝国内部で有名な話となっている。

 各同盟領主達から頻繁に見合い話などは舞い込んでいるが、復興作業や同盟都市開発を理由にそうした話を全て撥ねているセルジアスに、うわついた話が無い。


 女性から好意を寄せられないという事も無く、セルジアス自身の容姿は妹アルトリアと同じく美麗であり、女性に対する接し方は可もなく不可もなくという紳士的な対応を見せている。

 そんなセルジアスは貴族令嬢達からの人気も高く、裏側では凄惨なセルジアスを巡る女同士の争いが繰り広げられてもいた。


 帝国皇帝であり伯父の立場に在るゴルディオスは、そうした甥セルジアスの状態や周囲の状況を良くは思っておらず、最近はそうした話を促すようにしている。

 それを悉くあしらうセルジアスの様子に困るゴルディオスは、思い出したように尋ねた。


「……使者と言えば、彼女は?」


「彼女? ……ああ、パール殿ですか」


「そう、そのパールだ。彼女はどうしているだろうか?」


「ガゼル子爵と共に、故郷の樹海に帰郷しましたからね。盟約の内容を部族全員にも伝えて、賛同を得られた場合には改めて赴くと、子爵を通じて伝えられています」


「そうか。……時に、彼女をどう思う?」


「……そうですね。良く言えば『素直』、悪く言えば『単純』な方でしょうか」


「そうではなく、女性としてはどうかという意味だ」


「……どのような意図があって、それを御聞きしているかは尋ねないようにしましょう」


「是非、尋ねて欲しいのだがね」


「私にその意思はありません。勿論、彼女にもありませんよ」


「そうかね? 最後に見た時には、君に興味津々な様子だったが」


「……アレはまた、他の方とは違う意味ですよ」


 ゴルディオスの問い掛けにセルジアスは渋るような表情を見せる。

 実は樹海の使者として訪れたパールは、ゴルディオスに交渉を持ち掛け交渉そのの席に着く事を認められた後、些細な問題を生じさせていた。


 帝都まで赴いたガゼル子爵と、帝都に就く各官僚達は議会室に呼ばれ、樹海の部族と盟約を結ぶ議題がゴルディオスから出される。

 そして盟約の結ぶ上で重要となっている樹海の資源が交易対象であると伝え、それ等には魔物や魔獣の素材も含まれている事が語られた際に、人間大陸で絶滅種とされている翼竜ワイバーンが今も樹海に存在している話が述べられた。


 その情報に驚かされ疑心を持つ議会の一同は、更に信じられない事を聞かされる。

 交渉の席に着いた使者の女性パールが翼竜を倒せる実力者であり、再び翼竜を倒す機会があればその素材を交易品に加えるというのだ。


 絶滅種であり上級魔獣に位置する翼竜が樹海に存在する情報も事乍ことながら、その翼竜を目の前にいるパールが倒したという情報に、一同が騒然となる。

 そうした中には、猜疑を持ち疑心を露にしながら異を唱える者もいた。


『――……信じられませんな。人間大陸では絶滅したとされる翼竜ワイバーンが、この大陸に今も生息しているなどと……』


『陛下は、そのような話を信じておられるのですか?』


『例え翼竜があの樹海内に今も生息しているのが事実だとしても、その女性が魔法や兵器を用いずに身一つで倒したなどと、とても信じられる話ではありません』


翼竜ワイバーン小蝙蝠レッサーバットと見間違えたのならば、話は別ですがな』


 そうした疑問と猜疑の声を上げながら嘲笑を浮かべるのは、主に帝都に就く文官と軍部の高官達。

 彼等の中には翼竜の存在を前提に置いても、交渉の席に着くパールが上級魔獣に定められる翼竜を一人で倒したという話を信じず虚言であると決め付けた。


 その態度と言葉がパールの癪に障り、この言葉を出させるに至る。


『――……フンッ。どうやらこの国の男共も、口だけは達者なようだな』


『……なんだとっ!?』


『こんな者達に合意を得なければならないとは、この国の上に立つ者達も苦労しているようだ』


『ッ!!』


 パールは難癖を付けた者達を見ながら嘲うようにそう述べ、その言葉を受けた者達が憤怒の表情を見せながら立ち上がる。

 互いに一触即発の状況に陥り、交渉すらも破綻させかねない状況に、皇帝ゴルディオスは両者に低い声でかつを入れた。


『――……静まれ!』


『!』


『この者は余が正式に使者と認め、この席に着かせるに足る資格を有すると判断した。それに異を唱えるならばまだしも、中傷を向けるような発言を許可した覚えは無いぞ』


『……失礼しました。陛下』


『パール殿。彼等が礼に失する態度を行ったとはいえ、先程の発言は我が臣下を侮辱した言葉だ。謹んでもらいたい』


『断る』


『!』


『奴等の言葉は、樹海もりで最も強き者として選ばれた私を侮辱する言葉だった。そして奴等が向ける目は、今も私を侮っている』


『……』


『私はこの国の慣習に今まで従い、交渉ここに赴いた。だがこのような侮辱を受けてまで交渉の場に居られる程、我慢強くはない』


 パールはそう述べながら憤慨し、議会の場から出ようと席を立つ。

 そして扉へ歩き出て行こうとすると、席に着いていた帝国宰相セルジアスがパールに声を向けた。


『――……パール殿。御待ちを』


『……なんだ?』


『この場から去れば、交渉は決裂という事になるでしょう。盟約は定められず、貴方達と樹海の状況は変わらない』


『……ッ』


『だからと言って、貴方の矜持プライドをこの者達が傷付けた事実は確かです。それに対しては、皇帝陛下同様に私からも謝罪させて頂きます』


『……それで?』


『しかし、この者達にもまた矜持プライドがある。このまま交渉を進めたとしても、互いにわだかまりが残る事になるでしょう。……そこで一つ、私から貴方に提案があります』


『提案?』


『彼等が選ぶ我が国の強者と、立ち合って頂きたい』


『!?』


『……ほぉ』


『貴方の実力を証明し、翼竜を倒すに足る実力があることを見せれば、それが正しい事だと認めさせ彼等を地に伏させながら貴方に謝罪を行わせます。また盟約に関する内容に、貴方の出す条件を幾つか確約いたします』


『宰相閣下!?』


『逆に貴方が彼等の出す強者に敗北すれば、地に伏しながら彼等に謝罪し、また交渉に置いても我々に得のある条件を受け入れて頂く。そういう条件で、彼等が集める強者と立ち合って頂くのはどうでしょうか?』


『……』


『もし承諾できないのであれば、私もこれ以上は御引き留めするつもりはありません。……どうですか? パール殿』


 セルジアスが述べる提案に、皇帝を含めた一同は驚きを見せる。

 逆にパールは分かり易くなった事の成り行きを理解し、憤りを含んだ笑みを向けながらセルジアスに返答した。


『――……いいだろう。要は、どちらが強いか決めるのだろう? その方が小難しい話よりずっと分かり易いし、慣れている』


『ありがとうございます』


 パールとセルジアスは異なる笑みを浮かべながら了承し、交渉の場は一時中断する。

 そして数日後、交渉に異を唱えパールを侮辱した帝国高官達が話し合い、ガルミッシュ帝国内で強者と呼ばれる騎士達を数名ほど招集された。


 帝城内に設けられた広い訓練場で、動き難く堅苦しいドレスを脱ぎ捨て身軽な格好となったパールは、刃を潰し布を巻いた軽めの槍を貸し与えられ軽く振り回す。

 そして相対するように用意された騎士達も刃を潰してある剣や同様の槍を持ち、幾つか防具を身に付けてパールと戦う事になった。


『――……それでは、樹海の使者パール殿と、帝国騎士達の御前試合を始めます!』


 審判役となった騎士は、訓練場の外周に位置する部分に席を置かれ腰を下ろす皇帝ゴルディオスを含んだ高官達に開始を告げる。

 

 一人目の帝国騎士は、現在の帝国で騎士団長を務める男。

 交渉の席でパールを侮辱した者の一人であり、その騎士団長は鉄製の円盾と槍を持ち、腰に剣を帯びた重装装備で前に出た。


 逆にパールは防具を何も身に付けず、頑丈ながらも軽めの槍一つしか持っていない。

 それを見て向かい合う騎士団長は、嘲笑を含んだ声をパールに向けた。


『――……皇帝陛下の認めた使者だからと言って、一切の容赦はせんぞ。小娘が』


『……フッ』


 受けた言葉を一蹴するように鼻で笑うパールに、騎士団長は苛立ちを強める。

 そして審判役の騎士は互いに立ち合う二人の横目に、右手を振り上げた。


『――……始めッ!!』


 振り上げた右手を切るように下ろした審判の合図に、騎士団長から始めに動く。

 重装装備で圧を加えるように迫りながら左手に構える円盾を顔と胸部分に覆い、右手に持つ槍がパールを突いた。


 その時、パールは迫る槍を易々と避ける。

 そして瞬く間に懐に潜り込み、円盾で塞がれた騎士団長の視界を利用して消えたように見せた。


『――……なっ!?』


 兜と盾で視界を狭めている騎士団長は、見失ったパールを探す為に槍と円盾を持つ腕を振り回す。

 その動きはパールにとって酷く鈍重に感じられる程に遅く、容易く振り回される腕と槍を避け、短く持った槍の刃先で顎の上がった騎士団長の首を突き込んだ。


『ガ、アッ……!!』

  

『……弱い』


 パールはそう述べ、槍を離して跪き悶え苦しむ騎士団長を見下ろす。

 しかし苦痛を耐え気力を振り絞るように左腰に携えた剣を抜き斬ろうとした騎士団長に向けて、パールは兜を叩き割るかのような勢いで槍を振り降ろした。


 騎士団長は兜越しに頭部を叩き落とされ、地に伏す。

 その威力と衝撃は意識を一瞬で刈り取り、跪き許しを乞わせるような騎士団長の姿勢を作り上げた。


 観客に徹していた皇帝ゴルディオスは驚きを見せ、各官僚達は唖然とした表情を浮かべる。

 しかしセルジアスだけは微笑を見せ、席から立ち上がりゴルディオスに何かを述べた後にその場から離れた。


 唖然とする周囲と同じように、審判も呆然としながら伏した騎士団長を見ている。

 そんな審判にパールは呼び掛け、試合の終わりを教えた。


『おい、もう終わったぞ?』


『……えっ』


『なんだ、トドメを刺す必要があるのか?』


『……あっ、いえ! ――……勝者は、樹海の使者パール殿です!』


 審判は改めてそう告げ、勝者のパールに手を向ける。

 こうしてパールはガルミッシュ帝国の騎士団長を叩きのめし、自ら地に伏せさせる形で勝利を収めた。


 その後もパールは腕利きの帝国騎士達を容易く叩き伏せ、完全な勝利を魅せる。

 その技量と実力は観衆達に文句や侮辱を差し挟む事も許さず、パールを侮辱した者達は自ら地に伏す形でパールに謝罪する事となった。

 

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