修羅編 閑話:裏舞台を表に

閃光の来襲 (閑話その六十)


 この出来事は、エリクとマギルスがフォウル国の足元と呼ばれる大陸に赴いた一日後のこと。

 ベルグリンド王国がフラムブルグ宗教国家から独立し、新生したオラクル共和王国となる変化を齎した原因の話。


 その日、ベルグリンド王国の王都外壁から少し離れた場所に一筋の黄色い光が地面に突き刺さるように降り立つ。

 その衝撃音と空から降り注いだ極光は外壁付近に就いている王国兵達を驚愕させ、その異変に対応させた。


「――……な、なんだっ!?」


「デカい音が、外壁の外側むこうから……?」


「……見ろ! 空から光が……!?」


「!!」


「全員、装備を整えろッ!!」


 外壁内部に設けられた各所で、外を見れる小窓部分を覗き込み異変に備えるように叫ぶ兵隊長の声を聞く。

 それに応じるように兵士達は鎧を備え槍や剣を携え、盾や弓などを始めとした武装を整え始めた。


 そして数十秒もしない内に空から降り注いだ黄色い光が閉じるように消失し、光の下に現れた人物が晒される。

 そこに現れたのは、黄土色ブロンドの髪を靡かせ、右手に旗を纏った大槍を持ち、神々しくも物々しく白銀の武装を身に纏った一人の女性が立っていた。


 彼女の名は、『黄』の七大聖人セブンスワンミネルヴァ。

 エリク達をフォウル国へ送り、その後に宗教国家フラムブルグの秘宝とされる白銀しろがね神霊武装しんれいぶそうを身に付けたミネルヴァは、あの未来の元凶である【悪魔】を倒す準備を整えてベルグリンド王国に転移して来たのだ。

 

 そして転移の光が消失した後、ミネルヴァは緩やかに立ち上がる。

 その立ち上がる姿は力強く、また身に纏う白銀の兜から覗き込む眼光は射貫くような鋭さを宿しながら、王都の外壁に設けれている壁門に身体を向けた。


「――……ここに、【悪魔】がいるのか」


 ミネルヴァはそう呟き、壁門の方へ歩き始める。


 それに連動し、突如として現れた人物ミネルヴァに気付いた王国兵士達は壁内や壁外で陣形を組みながら各々に武器を構え、異様な武装を身に纏う相手に警戒を示す。

 そうした状況で騎兵の小隊が壁門に設けられた小扉を潜り抜けると、ミネルヴァの方へ駆け寄って来た。


「――……そこの者、止まれぇっ!!」


「……」


 正面から駆け寄り大声で呼び掛ける騎兵達を見て、ミネルヴァは進めていた足を止める。

 そして近付いて来る騎兵は一定の距離を保ちながら立ち止まると、ミネルヴァと向かい合う形で訝し気に尋ねた。


「――……先程の音と光は、お前が起こした者かっ!?」


「その通りだ」


「素性をあらためる! お前の身分を保証する物と、入国証を提示してもらう! それを示せぬ場合、不法入国者と見做しらえる! 抵抗や反抗する様子があれば、王国守備兵団の誇りに賭けて死を覚悟せよ!」


「……」


 先頭で騎乗している兵士はそう叫び伝え、ミネルヴァに警戒の目を向ける。

 それに対してミネルヴァは右手に備えた手甲を外し、手袋を外して手の甲を見せた。


 そこには盾にも似た黄色の聖紋サインが刻まれており、それが仄かに光を発しながらミネルヴァは声を張り上げながら告げる。


「――……我が名はミネルヴァ! フラムブルグ宗教国に属し、『枢機卿すうききょう』の位を法王に授けられている! また四大国家の下において、『』の称号を持つ七大聖人セブンスワンに任じられている者だ!」


七大聖人セブンスワン……!?」


「あれが……!?」


「お、御伽噺おとぎばなしでしか聞いたことないぞ……? 七大聖人セブンスワンなんて……」


「その証明として、この右手を見よッ!! この聖紋こそ、七大聖人セブンスワンの一人である証だ!」


「……!!」


 騎兵達は七大聖人セブンスワンと名乗るミネルヴァに困惑した様子を見せ、右手の甲に宿る聖紋を見ても微妙な面持ちを浮かべる。


 皇国ルクソード魔導国ホルツヴァーグ、そして宗教国家フラムブルグと違い、この大陸では七大聖人セブンスワンを目にする機会は無い。

 各国の人間達には御伽噺おとぎばなしとしての語り草で七大聖人セブンスワンを知る者は居ても、実在する七大聖人セブンスワンと宿る聖紋を見分けられる人物が限られてしまう。


 その為、この兵士達も目の前で見せられている聖紋が本物なのか、そしてその聖紋を見せる人物ミネルヴァが本物の七大聖人セブンスワンなのか、判断できずに困惑した様子を見せていた。

 そうした様子を抑えるように、先頭に立つ兵士がミネルヴァに声を向ける。


「――……我々では、貴殿が名乗る素性の真偽を判別できない! 真偽が行える者が来るまで待って頂く! それを承諾できず進み続けるのであれば、我々も武器を向けざるを得ない!」


「いいだろう。ただし過ぎる時間次第では、こちらは歩みを再開する。そこで武器を向けるのであれば、我が神の鉄槌がお前達を迎えると述べておこう!」


「……ッ!!」


 ミネルヴァは騎兵に対してそう告げ、妥協はしながらも容赦は見せない意志を晒す。

 それが脅しではなく言葉の強さとミネルヴァの身に纏う異様な殺気から本気だと感じ取った騎兵達は、きびすを返し外壁の方へ戻って行った。


 それから時は流れ、三十分程が時間が経つ。

 立ち尽くしていたミネルヴァは地面に突き刺していた旗槍を引き抜き、壁門に向けて大声を放った。


「――……これ以上は待たない! 武器を向けるならば好きにするがいい。だが貴様達の刃が我に届くより先に、お前達に神の鉄槌がくだる覚悟をせよッ!!」


 ミネルヴァは魔法で響かせた声を壁門の兵士達まで届け、それから歩みを再開する。

 それに合わせて壁内の弓兵と門前に控えていた兵士達が武器を持ち構え、緊張感を高めながらミネルヴァに警戒を向けた。


 兵士達が警戒が敵意へと変わる、僅かな時間。

 

 その刹那のような瞬間、ミネルヴァは悪寒に似たモノを壁門の向こう側から感じ取り立ち止まる。

 そして大門に設けられた小扉が開け放たれると、そこから一人の青年らしき人物が歩み出て来た。


 それを見たミネルヴァは、逆立つような肌の感覚と悪寒を強めながら瞳を見開く。

 そして門の外に出て来た青年はミネルヴァの方へ歩み寄り、二十メートル程の距離を保ちながら立ち止まった。


 その青年は微笑むような表情を浮かべながら、礼節に則った動作と良く通る声でミネルヴァに話し掛ける。


「――……『きん』の七大聖人セブンスワン。ミネルヴァ殿ですね?」


「……お前は……?」


「お待たせして申し訳ありませんでした。――……私の名は、アルフレッド=リスタル。ウォーリス王に仕え、このベルグリンド王国にて国務大臣を務めている者です」


「……アルフレッド……!」


 目の前に現れた青年の名を聞き、ミネルヴァは自身の感覚とエリクから聞いた情報を合致させる。


 肩口まで伸びる黒い髪を分けず、後ろへすきあげた髪型。

 蒼玉サファイアを思わせるような深みのある碧眼と、薄い肌色と美麗な顔立ちが目立つ長身の青年。


 そして鞘に納めた一つの剣を左腰に帯びながらミネルヴァと対面した青年こそ、未来でアリアを【悪魔】に変えた元凶とされている人物だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る