武を極める為に


 月夜の下で酒を飲み交わす師弟の中で、ケイルは自身の本音を吐露させながら眠りに落ちる。

 そんなケイルを見守るように膝で寝かせるともえは、横目を向けた。


 すると新たな酒瓶と盃を持って戻って来た武玄ぶげんがその場に訪れ、眠るケイルと膝枕をしているともえを見下ろす。

 それに対して何か述べるわけでもなく、静かに腰を下ろした武玄ぶげんは新たに用意した盃に酒を注ぎ、ともえに差し出した。


「……すまんな。相手をさせて」


「いいえ。こういう役目は、親方様には不向きでしょうから」


「……儂が言えることではないが、軽流こやつも不器用なのは変わらずといったところか」


「そうですね。惚れた男の為に世を救おうなどと、度を越した不器用としか言い様がありません」


 武玄ぶげんから差し出された盃を右手で受け取ったともえは、左手でケイルの赤い髪を撫でながら盃を口に運ぶ。

 そして酒を飲み交わす二人は寝ているケイルの顔を見つめた後、視線を上げて互いの顔を見ながら口を同時に開いた。


「親方様」


ともえ


「……どうやら、考えている事は一緒ですか」


「そのようだ。……明日、また軽流けいるを連れて親父殿に会いに行く。お前は他の者達を招集しておけ」


「分かりました」


「……身と心をにする弟子の為にも、師である儂等も備えようぞ」


「はい。親方様」


 二人はそう話し合い、夜空を見上げながら互いに酒を注いだ盃に口を付ける。


 こうしてその日の夜は終わり、ケイルは目覚めると部屋の布団に戻されていた。

 そしてうっすらと記憶に残る昨夜の出来事を思い出し、酒に呑まれ醜態を晒したことを羞恥しながら起き上がる。


 それから着替え昨夜の事を謝ろうと武玄ぶげんの部屋を訪ねた時、武玄ぶげんが身支度を整えた状態で待っていた。


「――……起きたか?」


「あっ、はい。……昨晩は、すいませんでした」


「それはいい。それより、お前も支度を整えろ」


「え?」


「またきょうの、親父殿を尋ねる。お前も来るのだ」


「え? は、はい。分かりました」


 武玄ぶげんの唐突な言葉に驚きながらも、ケイルはそれに従い支度を整えに部屋へ戻る。

 脱力からの技法に行き詰まっていたケイルは、再びナニガシとまみえる機会きっかけを得られると考え、特に疑問を持たないまま武玄ぶげんに連れられて屋敷を離れた。


 その際、屋敷に千代ちよともえに挨拶をしようと少し探したが、二人は不在であることを知る。

 そして屋敷の外門を潜った後、武玄ぶげんの後ろを歩きながらケイルは尋ねた。


「――……師匠。千代さんと巴さんは?」


「野暮用を頼んでおる」


「そうですか。……それで、今日は何用で?」


「親父殿に頼みがあってな。お前にも関わることだ」


「アタシにも……?」


「付いて来れば分かる。……ちと、雨が降りそうだ。走るぞ」


「あっ、はい!」


 武玄ぶげんはそう述べながら西の空を見て、黒く染まる雲が流れて来るのを視認する。

 そして凄まじい加速を見せながら走り始める武玄ぶげんに、ケイルは追うように駆け出した。


 それから一時間にも満たぬ時間で、二人はきょうへ訪れ貴族院の区画に入る。

 そして再び後宮の門を潜ると、ナニガシが暮らしている屋敷の一室に訪れた。


「――……なんじゃ? また来たのか、お主等」


 小雨が降り始めている庭を眺めながら酒瓶を傍に置き盃を口に傾けるナニガシが、武玄ぶげんとケイルに声だけを向ける。

 それに対して武玄ぶげんは部屋の中に入ると、畳の上で正座の姿勢になりながら頭を下げた。


「……親父殿、頼みがある」


「?」


軽流けいるに、修練を施してやってほしい」


「え……!?」


「ほぉ?」


 武玄が突如として頼んだ言葉に、後ろに控えていたケイルは驚きを浮かべる。

 逆にナニガシは興味深そうな声を漏らし、顔を振り向かせ武玄ぶげんに聞き返した。


「儂が、お主の弟子に修練を施せと。そう頼んどるのか?」


「そうだ」


「修練ならば、お主が施してやれば良い。それでも足りんなら、他の流派師範にでも頼むと良かろう。……それでもか?」


「俺や他の師範では、軽流けいるが求めるモノに応じられぬ。しかし親父殿ならば、それを与えられる」


「……カッカッカッカッ!!」


 武玄ぶげんの言葉にナニガシは笑いを浮かべ、右手に持った盃を下に置く。

 そして身体を向きを変えながら改めて二人に向かい合い、胡坐の姿勢を見せながら告げた。


「……息子おまえが頭を下げてまで頼む事。聞いてやらんこともない」


「!」


「だが儂は、国の守護と各流派の指南役以上の役割を持たず、今後は直弟子を持たんと公言しとる。その言を破る気は無い。……だが、従者つきびとを傍に置く分には問題は無かろう。儂を傍で見ながら、勝手に技術ものを学ぶ分には誰も咎めぬし、咎める筋合いのことでもない」


「感謝する。親父殿」


「……しかし、『赤』が儂の従者つきびととなることを良しとするかな?」


 武玄ぶげんの頼みにナニガシは条件を付けて応じ、改めてケイルに視線を向ける。

 唐突な状況にケイルは困惑染みた表情を浮かべていたが、師である武玄ぶげんが頭を下げてまで自分の望みに助力してくれているのだと考え、決意を秘めた瞳を見せながら跪いた。


「……以前に見せて頂いた技法を学ぶ機会が得られるのであれば、是非とも御願いします」


「うむ。……では対等な『赤』ではなく、改めて軽流けいると呼ぶ。お主を儂の従者つきびととして傍に居ることを許可しよう」


「ありがとうございます!」


 ケイル自身もナニガシから技法を学ぶ為、従者として傍に置かれる事を望む。

 それに応じる形で、ナニガシは改めてケイルを従者として傍に仕えさせる事を認めた。


 『赤』の七大聖人セブンスワンとなったケイルは、こうして『茶』の七大聖人セブンスワンナニガシの技術を学ぶ為に従者となる。

 それはケイルが望む大きな力を得られる出来事モノではなかったが、大きな変化を彼女自身に与える機会きっかけとなった。


 同時に、ケイルの行動がアズマ国の強者達を動かす。

 未来に起こるだろう出来事に対して、アズマ国の強者達もまた備える動きを見せ始めていた。

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